11.対峙
ラジーニアを肩車したディーは、アイリスの後をついて音楽堂の集会に到着し、マルガからカウポナ山の地図に沿った詳しい説明を受けた。
その後は、ひたすら山道を歩くだけだ。
「どうしてドラゴンはクラウだけをさらって飛び去ったんだろう? 人間を襲うのが目的なら、いくらでも周りにいたのに」
「ごめんね、分からない。人間を襲ったり食べたりっていう話はゼロじゃないけど、ドラゴンは本来人里に近づかないものなの。だから、竜狩り師の仕事はドラゴンと戦うより、捜す方が長かったりするし」
アイリスの返事になるほど、と得心がいった。ディーはポケットに入れたドラゴンの牙をまさぐり、クラウのことを思い返してみる。
――初対面の時から、ディーをドラゴンだと指摘した。
――ドラゴンの牙を持っていた。
――人里に近づかないはずの、ドラゴンにさらわれた。
「なぁ、アイリスよ。黒いドラゴンは山頂にいるのだろう? いくら二手に分かれるとはいえ、丸見えなのでは?」
「そんな事言われたって、普段の仕事はもっと、事前準備に時間をかけるし……」
宙に浮く女神に向かって『人間は空飛べないわよ』とアイリスが文句をたれた時、それはやってきた。
羽ばたく音と、視界を覆う影。
武器を構える竜狩り師たちに、言葉が投げかけられる。
「我が名はイグニフェル。人間ども、何の役にも立たない道具をしまえ。心配せずとも、食ったりしねぇよ」
クラウを両手に抱えたドラゴンが舞い降り、地面が震えた。
自らが人語を解すドラゴンである、ディーにとってはどうということはないが、アイリスたち人間は驚きを隠せないようだ。
ディーはポケットから牙を取り出し、黒いドラゴンとクラウに歩み寄る。
「君の忘れ物を届けにきた」
ディーが手を伸ばして牙を差し出すと、黒いドラゴンは目を細めてクラウを降ろした。宝物でも扱うように、そっと。
「……ありがとう」
しゃがんで牙を返すと、クラウは大事そうにポケットにしまう。
彼はアイリスの――竜狩り師たちの前にに歩いてゆき、こう宣言した。
「お前たちに教えといてやるよ。このカウポナ山はもうすぐ噴火する。なんだっけ? かざんばいとようがんってやつが、町を飲み込むのを見てるといいさ」
一方的に言い渡されたアイリスは、黒いドラゴンと山頂に交互に見て、大きなため息をついた。
「それじゃ、あなたはどうするの? ここにいたら、あなたも助からないと思うけど」
「俺のことは、父ちゃんが助けてくれるから大丈夫。お前は自分の心配だけしてろよ」
黒いドラゴン――イグニフェルは、振り返ったクラウと目が合うと、口の端をつりあげて笑った。
「でも、ディートハルトは死なせたくないな。俺は、お前に仲間になって欲しいと思っているんだ」
「それは、君がドラゴンに育てられた人間で、自分が人間の姿をしたドラゴンだからか」
無邪気な笑みを浮かべ、クラウは問いかけにうなずいた。
「ちょ、ディー……あなたがドラゴンだとか、クラウがドラゴンに育てられたとか……なんの話?」
「お前らが殺したのが俺の母ちゃんだったって話だよ」
「……まさか、そんな」
ガラン、と音を立ててアイリスの武器が地面に転がった。
「奴隷商人の馬車から逃げて、雪山で死にそうになってた俺を、母ちゃんは助けてくれた。いつか人里に帰る時が来るからって、人間の言葉も教えてくれた! それなのに……お前らは、勝手に巣穴に入ってきて、殺したんだ! 俺の母ちゃんを!」
アイリスの父親も、他の竜狩り師たちも、茫然自失という体である。膝をつく者もいた。
彼らにとっては、誇りをもって仕事を全うしたことが、別の人間にとっては耐えがたい傷をつける結果になってしまったのだから。
「これだけは言っとくぞ、俺は母ちゃんを殺したやつと同じ人間なんかじゃない! 銀雪のエリーリャの息子、ドラゴンだ! 人間の町も、ドラゴンを狩るやつも、みんなつぶれちまえ!」
クラウの血を吐くような叫びは、ディーの胸をえぐるかのようだった。
肩をたたく女神の手に、うつむいていた顔を上げる。
大きく息を吸って、はいた。
◇
「アイリス」
「なに!」
赤毛の少女に声をかけると、噛みつかんばかりの表情で返され、思わず笑ってしまった。
「今までありがとう。君がいてくれなければ、自分はこんなにもたくさんの人に助けられた、幸せな生活を送ることはできなかっただろう。……自分はドラゴンなんだと、黙っていてすまなかった」
何か言いたげに手を伸ばすアイリスに背を向け、女神と目をあわせて、頷く。
「依代をこちらへ」
その場の面々から十分に距離をとり、ペンダントを渡す。
紐の部分がはじけて消えて、牙は女神の手中に収まった。
「ディートハルト、わが信徒よ。お前に与えた仮の姿を返してもらう。本来の姿に戻るがいい」
女神の手のひらが額に触れると、目の前が真っ白に光って何も見えなくなった。匂いも音もない。
あるのはただ、体が拡散しどこまでも広がっていくような――今までせまい箱に押し込められていたものが本来の大きさを取り戻すような、そんな感触だけ。
「終わったぞ」
女神の声で目を開ける。
開いた手にはカギ爪、背には翼。力を入れるとしっぽがうねる。頭のてっぺんからしっぽの先まで、ぶるぶるっと一振り。ウロコが二、三枚飛び散った。
右に首を動かせば、だいぶ下の方にあるアイリスの顔。
左を向けば、地面に寝転がって片目を開けただけのイグニフェルと、口を引き結んだクラウの姿。
「……クラウ。君が、町を潰し人間を殺すというのならば、味方することはできない」
「な、なんで? お前はドラゴンだろ!」
「人間が好きだからだ」
ぽかんと口を開けるクラウの後ろで、イグニフェルが両目を開けた。
「私は人間に育てられたドラゴンで、言葉は父がたわむれに教えてくれたものだ。君と同じで、私の父も殺されたよ、人間に」
「なら、どうして!」
泣きそうな顔で叫ぶクラウの声に、ディーは目を閉じた。
まぶたの裏に蘇る父との別れ。
熱くて、焦げくさく、何もかもめちゃくちゃで、悲鳴と物の壊れる音、そして――赤。
『お別れだよ、ディー』
父の言葉を聞いたあの時。本当は自分が何を言いたかったのか、何をしたかったのか。思いはするりと、口をついて出た。
「それでも、自分は人間が好きなんだ。クラウ、アイリス、ロルフさんにペトラさん、街の皆も。守りたいと思っているんだよ、君を含めた人間を」
アイリスが息をのむのが分かった。
「だから、君の味方はできない。町を潰すなんてやめてくれ、クラウ」
「なんで……なんでだよ! 俺もお前もドラゴンなのに……あいつらは、ドラゴンを殺すんだぞ?」
「ドラゴンが人間を殺す時だってあるだろう。それに」
ディーは頭を垂れて、クラウに鼻先をこすりつけた。
「君だって分かっているんだろう? 我々は……自分以外の何かにはなれない」
「そんな事ない! ドラゴンが人間になる方法があるなら、その逆だって!」
「あれはそんな都合のいい方法じゃない。見た目を変えるだけで、本質は変わらないんだ」
クラウの懇願するような眼差しに、ディーがかぶりを振った、その時。
地面がはじけんばかりの揺れが、その場にいる面々に襲いかかった。
今まで時折起きていた地震とは比べ物にならないほどの、激しい揺れだ。
「あれを見ろ、ディートハルト」
くちびるを噛む女神の指さす先。
カウポナ山の火口が、灰色の噴煙を噴き上げていた。




