第4話 見ただけで殺した男
地上へ戻されてから、二時間近く経っていた。
管理棟の確認室は、椅子が多いだけの部屋だ。壁際で岸本が救護担当に肩と首を触られている。別班の三人は先に事情聴取から戻ってきて、支給された紙パックのお茶を飲んでいた。
大きな怪我はない。転んだ一人が、膝と手のひらを擦りむいた。それだけだ。
ギルドの職員が、部屋の隅でずっと無線を握っている。聞こえてきたのは「侵入経路の特定を優先」という言葉だけだった。俺たちを放って帰る大人はいない。ただ、説明してもらえる順番はいちばん後らしい。
「変な感じなんだよな」
岸本が誰にともなく言った。
「あんだけ来て、俺、一発も撃ってねえ。それで全員無事で帰ってきた。……なんも起きなかったみたいじゃん」
起きたことは起きた。ただ、こいつの側に痕が残っていないだけだ。
俺は答えなかった。答えると、話が長くなる。
何を答えても、岸本のほうが上手く言い直す。
◇
高梨のスマホは、さっきから震え続けている。
配信は切った。アーカイブも限定公開にした。それでも通知は止まらない。読み終わる前に、上から新しいのが積み上がっていく。
配信を見ていた人数より、終わってから見た人数のほうが、もう比べものにならないらしい。
「終わったのに、増えるんだ」
高梨が独り言みたいに言った。
同じ映像に、見たこともない字幕がついていた。俺が線の手前に立っているところで低い音が鳴り、ゴブリンが一体倒れるたび、太鼓みたいな効果音が入る。赤い矢印が、俺の背中を指している。
題名は、どれも似ていた。
『見ただけで、ゴブリンの群れを全滅させた男』
見てはいない。前を向いていただけだ。
◇
「久住くん、ちょっと見て」
高梨が画面をこちらへ倒した。元の配信のタイムラインが並んでいる。
「学校は隠せない。私も岸本くんも顔を出してるし、三人とも制服だから。学校名を言わないだけで、そこは最初から割り切ってる」
「……俺は」
「顔も名前も出てない。外の人には、まだ誰だか分からない。でも、うちの学校の子は別」
鑑定の日に笑った顔がいくつか浮かんだ。
「切るのは、別班の子たちの顔と声。あの子たちの許可、まだもらってないから。久住くんに矢印つけてる切り抜きは、削除の申請を出してる」
高梨の指は止まらない。俺の分も他人の分も同じ速さで片づけている。
「……消せるのか」
「全部は無理」
高梨は顔を上げずに答えた。
「上がったやつを追いかけても追いつかない。だから、元の動画を直す。悪質なのだけ通報する。原本は編集しないで学校とギルドに出す」
一度息を吸って、言い直した。
「全部は無理。でも、増やさないことはできる」
増やさない。
俺が思いつきもしなかった数え方だった。
「……ありがとう」
自分の声で言った。言えるとは思っていなかった。
「うん」
高梨は顔を上げなかったし、手も止めなかった。特別なことを言われた顔もしなかった。たぶん、そこがいちばん信用できる。
俺のためにやっている、と思いかけて、やめた。そういう人なだけだ。
そう思っておくほうが、間違えずに済む。
「あと、これ」
高梨が別のタブを開く。
「動画より、こっちのほうが速い」
◇
【謎】初心者ダンジョンの配信、ゴブリンの群れが勝手に全滅した件★3
1:名無しの探索者
前スレが埋まったので立てた
元配信は非公開。出回ってる切り抜きの話だけしろ
学校の特定と個人の詮索は禁止
2:名無しの探索者
乙
で、あれ本当に生配信なわけ?
3:名無しの探索者
編集だろ
ギルドの宣伝企画に決まってる
4:名無しの探索者
即死スキルだよ
目を合わせた相手から落ちるやつ。そういう能力じゃないと説明つかん
5:名無しの探索者
呪いか死の宣告系じゃね
宣告した順に落ちるなら、倒れ方がバラバラなのも説明がつく
6:名無しの探索者
時間停止も候補に入れとけ
止めて全部殴って戻せば、ああ見える
7:名無しの探索者
>>6
止まってるなら音も止まる
あの切り抜き、配信者がずっとしゃべってるし埃も落ちてる
救助してる側も普通に動いてるぞ
8:名無しの探索者
>>4
視線系も無理がある
あいつ、一度も首を振ってない
背中を向けたまま立ってて、視界に入ってない後ろの個体まで落ちてる
9:名無しの探索者
毒でよくない? 撒いても映らないだろ
10:名無しの探索者
>>9
同じ通路に高校生が六人いる
全員無事で、自分の足で歩いて帰ってる
撒いたなら人間だけ無傷はおかしい
11:名無しの探索者
そもそも「一斉即死」じゃない
速度を落として見ろ。倒れるまでにちゃんと差がある
12:名無しの探索者
>>11
いちばん走ってた先頭から落ちてるな
途中で足を止めたやつと、群れの後ろにいたやつが最後まで立ってる
13:名無しの探索者
「見ただけで殺した男」じゃなくて「見てただけの男」だろ
棒立ちで手も上げてないぞ
14:名無しの探索者
棒立ちで通用するわけがないだろ
画角の外にもう一人いるんだよ
あの子の配信、映してない側に誰か立ってる可能性はある
15:名無しの探索者
笑えないんだよ
何をされたか分からないのがいちばん怖い
やられてる最中も気づけないってことだからな
16:名無しの探索者
音量を上げてみ
倒れる前、どの個体も息が乱れてる
吸う音が長くなって、動きが鈍って、それから落ちてる
17:名無しの探索者
>>16
同じ配信の前半、一体だけのときも同じ順番だった
喉を押さえる→武器を落とす→膝
偶然でこうはならないと思う
18:名無しの探索者
じゃあ「即死」じゃないのか
まとめて同じ環境に置かれて、耐えられなくなった順に落ちただけ?
19:名無しの探索者
>>18
環境って何だよ
低酸素なのか、気圧なのか、見えないガスなのか
状態異常系のスキルでも同じ絵になる
20:名無しの探索者
どれでも成立するのが気味悪いんだよな
動画からはこれ以上足せない
21:名無しの探索者
配信者は褒めていいと思う
群れが出た瞬間に実況をやめて、全員を線の内側に入れさせてる
いちばん伸びる場面で煽らずに切った
そのあとすぐアーカイブを非公開にしてる
22:名無しの探索者
>>21
消すのが早すぎて逆に燃えてるけどな
まあ他人が映ってるからな。判断としては正しい
23:名無しの探索者
書いていいか迷ったけど
あの学校の一年に、《空気》で鑑定された男子がいるらしい
ソースは言えない
24:名無しの探索者
換気スキルで何をどうするんだよ
夏の体育館で重宝されるやつじゃん
25:名無しの探索者
>>23
鑑定結果は本人の情報だぞ
これ以上は書くな。学校名も出すな
26:名無しの探索者
>>16だけど
《空気》なら、攻撃が映らないのと矛盾しない
光らない、飛ばない、当たる音がしない
息が乱れてから倒れる順番とも噛み合う
27:名無しの探索者
空気で呼吸を止めたってこと?
名前の皮をかぶった即死スキルじゃん
28:名無しの探索者
>>27
落ち着け
肺の中まで触れるなら、人間相手に無敵だぞ。動画からそこまでは言えない
真空にしたって書いてるやつも同じだ
真空なら音が消える。武器が床で跳ねる音も入ってるだろ
29:名無しの探索者
結局、誰も何をやったのか分かってない
分かってるのは、あいつが立ってただけで群れが全部倒れたことだけだ
それを普通、即死って呼ぶ
30:名無しの探索者
呼び名がないと不便だな
当面「即死能力者」でいい
顔も名前も出てないんだから、それ以上は要らん
◇
高梨の指が止まった。
一度だけ画面を伏せかけて、それからこちらへ向け直す。
「……隠すのやめる。見て」
スレの終わりのほうだった。
『あの学校の一年に、《空気》で鑑定された男子がいるらしい』
朝の教室で、笑いを取るために使われた二文字だ。
空気って、お前にぴったりじゃん。
同じ言葉が、今度は「即死能力者の手がかり」として並んでいる。
名前は出ていない。クラスも住所も出ていない。それでも、字面としては当たっている。
「これ通報する。鑑定結果って、勝手に書いていいものじゃないから」
高梨がフォームを開こうとしたところで、画面の上から通知が降りてきた。
学校のアドレスからで、ギルドとの連名になっている。俺のところにも同じものが届いていた。
本日の配信原本を編集せずに提出すること。明日の放課後、ギルド教官立ち会いのもとで能力検査を行うこと。保護者への連絡は学校から入れること。処分ではなく、安全確認と能力把握のためであること。
高梨が読み上げるより先に、俺が読み終えていた。
「ギルドから。明日、能力検査だって」
「……何を調べる」
「映像に映らなかったもの」
高梨はそう言って、少し困った顔をした。冗談のつもりではなかったらしい。
◇
映像に映らなかったもの。
入学して二週間、俺は自分の能力について一つだけ確信していた。見た目には、何も残らない。光らない。音もしない。振り回す物もない。カメラの前で使っても、映るのは立っている俺の背中だけだ。
実際、映らなかった。
掲示板の連中は、何も分からないまま「即死」と呼んでいる。分からないから、そう呼ぶしかない。
大人たちは、そうしなかった。
何も映っていない映像を見て、明日、機械を持ってくると言っている。
――何も映らなかったから、確かめる気になったのか。
消したわけじゃない、と最初に気づいたのは俺のはずだった。無から作れないなら、消すこともできない。俺は押しやっているだけだ。
押しやったものは、どこかに行っている。
喉の奥が、少し乾いた。
空気は、消えない。
消えないものは、たぶん、数えられる。




