魔石盗難事件 - 3
「次、カイト・ノクス」
教官の声が訓練場に響いた。
周囲からざわめきが広がる。
「平民の生徒会役員だ。」
「魔女姫のお気に入りだろ。」
「どうせすぐ終わるさ。なにせ……。」
好き勝手な声を聞き流しながら前に出る。
さて。唐突だがセイレム魔法学園の授業は大きく四種類に分かれている。
知識科目は、歴史や地理、政治情勢などを学ぶ座学だ。
社交科目では、貴族として必要な礼儀作法やダンスを身につける。
魔術科目は、この魔法王国の貴族にとってもっとも重要な実技授業である。
そして尖塔科目は、将来の騎士や領主を育てるための戦闘訓練だ。
その中で本日は戦闘科目の一大イベント、模擬戦である。
今までは基礎体力や剣の振り方などを教員に見てもらいながら、それぞれの実力によって班分けを決めている状態だった。
そして、今日からが本格的な訓練に入るという流れである。
「対戦相手として、ルークス・グランハルト。前へ。」
周囲からワッと歓声が上がる。特に女子生徒たちの黄色い声が高すぎて耳に痛い。
そして、僕の前に体格のいい男子生徒……ルークス・グランハルトが模擬戦用の木剣をかまえて立ちはだかった。
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ルークス・グランハルトにとって、目の前の少年はとても忌々しい存在だった。
代々有力な騎士を輩出してきたグランハルト侯爵家の長男として生まれ、物心ついた時には剣を握っていた。
寡黙だが誠実な騎士団長の父親を始めとして、多くの師に教えを請い、気が付けば同年代の中では一つ二つとびぬけた存在として周囲からは認知されてきた。
中には、『あれ』の次期後継者はルークスという声も多く上がっていた。
だから、同い年の中では自分に匹敵する存在なんてずっといないと思ってきたのだ。
そんな時だった。父親に呼び出されたのは。
もうすぐ学園入学で、わずかに遅れ気味だった学問を必死に学んでいる時に呼び出されてイライラとしたが、当主である父親の呼び出しを無視することなどできず、広い屋敷を進んで執務室へむかった。
そこで聞かされたのは、ノクス伯爵家に養子が迎えられたこと。
そして、その元平民が『あれ』に選ばれたという、耳を疑う事実だった。
そして今、目の前にはその『あれ』に選ばれたという平民。カイト・ノクスが模擬戦用に鉄心の入った木剣を構えていた。
改めてみても、こいつが強いなんてとても思えなかった。
平均的だが細く見える体。覇気のない顔に無気力そうな瞳。
なにより貴族に何をされても抵抗もしない、普通の平民と変わらないこいつが選ばれたなんて認められなかった。
第1王女殿下のお気に入りとか、生徒会役員とか関係なく、こいつが『あれ』に選ばれたことが理解できなかった。
「両者、準備はいいな?」
俺は小さくうなずく。目の前のカイトもうなずいていた。
「では……始め!」
その瞬間、俺は両手で持った木剣を大上段に構えながら突進した。最初から手加減はなしだ。
こいつに俺の実力を示し、あれは何かの間違いだったということを証明する。
俺の頭にはそれしかなかった。
それに自信もあった。父親にもほめられた俺の突進力。本当なら突きをしたいところだったが、下手をすると内臓を破裂させかねない。
上段からの振り下ろしで奴の肩を破壊する。それなら回復魔法でどうとでもなるはずだ。
そこまでの思考が一瞬。次の瞬間には構えていた木剣を振り下ろしていて。
「はああああああぁぁぁ!!」
「……っ!」
ーーー受け流された。
右手一本で中段に構えられていた奴の木剣が素早く振り下ろされて、そのまま振り上げられる。それがこちらの木剣とぶつかり、狙っていた左肩から反れて、空を薙いだ。
「っ!?」
「しっ!」
そのままの勢いで奴の木剣が側頭部めがけて切り返される。俺はとっさに屈みこんでそれを躱した。
そして、相手の側面に勢いを消さずに前のめりに飛び込んで間合いから外れる。
周囲はシンッと静まり返っていた。生徒たちはあっけにとられたように呆然と二人の戦いを見ていた。教員の方々は感心したように二人の模擬戦を観察している。
しかし、そんなことを気にする余裕は俺には無かった。
なんだ、こいつ。それが偽らざる今の気持ちだった。
若干なめていたことは否めない。しかし、それにしたって今の受け流しからのカウンターは手慣れすぎている。
まるで実戦を経験した騎士のような、流麗な動き……。この若さでか?
「う、おおおおおおおお!!」
いや、ありえない。俺はそう思って、再び一気呵成に攻撃を再開した。
そこから先は無我夢中だった。ただ、こちらが攻めて、相手が躱して、受け流されて、放たれたカウンターをひたすらこっちが受け止めて攻撃に入りなおす。
そんなイメージの断片だけが残っていて。
気が付けば、俺は奴の首筋に木剣を突きつけていた。
模擬戦の勝敗は俺の勝利で終わった。ただ、俺は勝ったとは思えなかった。勝ちをゆずられた。そんな悔しさだけが胸中を埋め尽くしていた。
ーーーーーーーーー
危なかった。
それがルークス様と戦った僕の感想だった。
いや、勝とうと思えば初手で勝てたとは思う。
ただ、事前にアビゲール様にこういいつけられていたのだ。
「できれば接戦で負けてくれないかな。」
いわく、平民にルークス様が負けるのはちょっと困るが、それはそれとして僕が弱いという印象を持たれても後々困るとのことだ。
で、接戦を演じてほしいというオーダーが出たというわけだ。
ただ、今となっては断れば良かったと心底思った。
単純に身体能力と剣術の練度だけ見れば向こうの方が圧倒的に上で、受け流すのも一苦労だったのだ。まぁ、付け焼刃の僕と違って幼いころから専門教育を受けていたのだから当たり前なのだが。
ただ、動き自体は単調で、読みやすかったのが救いだろうか。動体視力には自信があったが、それにかなり助けられた。
相手の初動を見て、その後の一連の流れを予想し、なんとかそれに間に合うように動けたから接戦に持ち込めた。
最後はあえて体力切れで剣が流れたように見せてやれば、吸い込まれるように最後の一撃が入って試合は終了となった。
僕は数歩下がって頭を下げると、木剣を戻すために先生の所へむかう。
ルークス様は拳を握りしめてうつむいていた。あえて勝たせたことに気が付かれたのだろうか。
周囲の生徒も呆然とこちらを見ていた。さすがに個の強さは予想外だったらしい。
「おう、カイト。お疲れだったな。」
そう言ってくれたのは戦闘訓練の教官だった。木剣を受け取りながら周囲を見て苦笑している。
「お前ら。いい加減持ち直せ!」
その一喝で我に帰った貴族たちがどこか戸惑ったように近くの生徒たちと話し始める。
「おい、どうなってるんだ?」
「ルークス様と戦えてた……よな?」
「そんなわけあるか。あのお方は騎士団員に普通に勝ってるんだぞ。」
「で、でも……。」
僕はそれらを気にすることなく集団からわずかに離れた場所、グラウンドの隅に生えている木の影に入った。
さて、これでアビゲール様の注文は果たせたはずだ。次はどんな無茶ぶりが来るのか……。
再び始まった模擬戦を見ながら、こっそりとため息をついた。
ーーーーーーーーー
初めての模擬戦から3日。
僕の環境はかなり変わった。
放課後、生徒会の仕事として書類を運んでいると、すれ違った生徒たちからスッと目をそらされる。
今まで暴力を振るって来た一部の男子生徒に至っては怯えたように逃げていく者さえいた。
そう、僕がルークス様と戦えるほどの強さがあるということが噂で伝わったらしい。それから一気に怯えられてしまった。
いや、僕としてはいじめられなくなる分全然いいのだが。
そう思いながら、目的の掲示板を回りポスターを貼り付け終える。
そして、生徒会室に戻ろうとすると、遠くからザワザワというざわめきが聞こえてきた。
「何かあったのか……?」
思わず独り言をつぶやいてしまった。それから面倒ごとはごめんだと思って遠回りで生徒会室にむかおうとした、その時。
「カイト様。こちらにおられましたか。」
そう言って、ちょうど通ろうとしてきた道からレベッカさんがすっと現れた。
「うわっ!?ど、どうしたんですか急に。」
僕が驚いて飛び退ると、レベッカさんはいつも浮かべている鉄仮面ではなく、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
こういう表情をしているときは大抵……。
「殿下がお呼びです。」
「やっぱりですか……。」
僕たちの間で殿下といえばアビゲール様のことである。そうでなければ敬称のまえに名前が着く。
「分かりました。どこに行けば?」
「こちらです。」
僕がしぶしぶうなずくと、レベッカさんは無表情に戻って背中を向けた。
また何か起こったらしい。
そう思ってついて行くと、段々とさっきのざわめきの方へ近づいて行く。そして、角を曲がれば問題の場所に着くと、そこには……。
「あぁ、めんどくさい。分かり切ってたのにどうしろっていうのよ。」
ぶつぶつと呪詛をつぶやき続ける、めんどくさそうな表情を浮かべたアビゲール様がいた。
僕はこの時点でもう逃げたくなった。こういう表情をしているときのアビゲール様はとても機嫌が悪い。
しかも、問題が複雑化していて後腐れなく終わらせられない状態なのは言葉から察せられた。
レベッカさんは「私は関係ありません」とでも言わんばかりに僕の後ろに引いてしまった。
あきらめて僕がアビゲール様に声をかけようとした時、ざわめきの中心から男の叫び声が聞こえてきた。
「うるさい!お前なんか婚約破棄だ!!」
僕はついアビゲール様の顔を見つめてしまった。
アビゲール様もこっちにようやく気が付いたのか僕を見返してくる。
そして、二人そろって大きくため息をついた。




