ーーーーーーセイレム魔法学園の日常 ー 1
衝撃的な入学式を終えてから1か月。
僕は現在、生徒会役員をしている。
いや、本当に。
あの日、生徒会室へ呼び出された僕は、呆然としたまま説明を聞かされ、言われるがまま手続きを進め、気がつけば正式な生徒会役員になっていた。
手続きを担当してくれた事務員さんの、「本当にいいんですか?」と言いたげな顔が今でも忘れられない。
そして、その結果はというと。
「おい、平民! お前が生徒会役員だと!?」
僕はいじめられていた。
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当たり前と言えば当たり前である。今は伯爵家の子息だが、元はただの一平民。
そんなのが急に、生徒会という貴族社会の縮図のようなこの学園のトップになったのだから、他の貴族生徒には面白くない。
「おい、なんか言ったらどうだ!」
「ぐはっ!?」
体格のいい男子生徒のつま先が、力を入れていた腹に突き刺さる。
学園行事の説明や講義のガイダンスを受けている間は、噂は広まりつつも平穏は保たれていた。この学園はここ数年で平民の枠を拡大したとかで、誰かが特定できていなかったのである。
「おらっ、魔女姫に気に入られた程度の分際で。」
「がはっ。」
身長が高い男子生徒の拳が頭をかばっている腕に当たる。
しかし、そんなのが長続きするはずもなく、使い走りで先生への書類を渡しに行くときに見つかってしまい、そのまま一気に噂が流れてしまった。
だから今、Cクラスの男子生徒3人に三方から暴行を受ける羽目になっていた。
しかもこいつら、身体強化魔法まで使って攻撃してきていた。
この魔法は名前通り、身体能力を強化する術式のことである。そして、練度こそ低いが、貴族の膨大な魔力量に任せた力は普通なら人を簡単に殺せるものだ。
それでも僕は腕で頭をかばい、急所だけはなんとか避けて耐え続けるしかなかった。
一通り罵倒して殴って満足したのか、3人は「さっさと消えちまえ。このドブネズミが。」と言って校舎側へ立ち去っていく。
うずくまってやり過ごしていた僕は、姿が見えなくなって、足音が聞こえなくなったあたりでその場で仰向けに倒れ込んだ。
全身が痛む。別に動けないほどでも、耐えられないほどでもないが、痛いものは痛い。
仰向けで見上げた空はよく晴れていて、少しだけすさんだ気持ちが晴れる気がした。
そうして、整えられた芝生の上で無為に黄昏ていれば、頭の方の、小さな林になっているあたりからザッ、ザッと足音が近づいてくる。
「これはまた、さんざんにやられたね。」
そうして、逆さに見える視界の中、頭の近くに座り込んできたのは、この学園の生徒会長。そして第1王女のアビゲール・ローゼリア・ウィッチクラフト。
別名『魔女姫』。
深紅の長い髪を揺らした姫君が、お供も付けずに僕をのぞき込んできた。
「何してるんですか? 殿下。」
「何って、ここで面白そうなことが起こりそうだと思って隠れていたら、案の定面白いことになっていたからね。」
「またレベッカさん撒いてきたんですか? いい加減心労で倒れますよ、あの人。」
「それはそれで見てみたいがね。まあいい。それより。」
わりとシャレにならないことを言いつつ、アビゲール殿下は首を傾げた。
「どうして反撃しなかったんだい? 君の腕なら……。」
「あのですね、僕、一応平民なんですよ。伯爵家の養子ではありますけど、平民の出だということには違いないんです。そんなのが貴族にむやみに逆らったら……。」
そこまで言えば、アビゲール殿下にも伝わったらしい。いや、この人の場合、分かっていて聞いたのかもしれないが。
「それにしては、私にずいぶん生意気な口を利くじゃないか。」
「会長がそういう風にしろって言ったんじゃないですか。あと、貴方様に遠慮とかはあまり必要ないかなと。」
「言うじゃないか。」
面白そうに含み笑いを浮かべると、アビゲール殿下はすっくと立ち上がった。
「さて、さっきまで散々いじめられていたとはいえ、仕事は待ってくれないものでね。生徒会室に向かおうか。」
「はい、かしこまりました。」
そう言って、僕も体幹を使って一気に体を起こす。
そうして、殿下の背中を追いかけて歩き出した。
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僕が教室の扉を開けると、一瞬、教室が静まり返った。
最初のうちはうろたえていたが、さすがに2週間も同じような風景が続けば慣れてしまうものらしい。
足を止めることなく左後ろの指定席へ向かえば、周囲も何事もなかったかのように会話が再開された。
それはまあ、なんというか貴族らしいと言えばいいのだろうか。
こちらに話しかけてくる者はこの教室にはいない。ただ一人を除いて。
「こんにちは、カイトさん。」
そう言って話しかけてきたのは、ピンクブロンドの髪をなびかせた、庇護欲をそそる美少女であるエレイン第2王女殿下だった。
「あ、王女殿下!? おはようございます。」
僕が慌てて立ち上がって頭を下げようとすると、困ったように手をかざして押しとどめてくる。
「そこまで礼儀正しくされても困りますわ。同じクラスメイトで生徒会役員なのですし……エレインと呼んでくださっても。」
「そ、そういうわけにはまいりません。」
周囲の男子生徒から嫉妬の視線が突き刺さる。
そう、この高貴なお姫様だけがこの教室で僕に話しかけてくる唯一の人だった。
ただ、これは僕が特別というより、
「そうですか……。じゃあまた放課後に生徒会室で。」
「おはようございます。エレイン様。」
「あら、クレス子爵令息。おはようございます。」
彼女の場合は誰に対しても関係なくこういう態度なのだ。
視線の端で一人の女子生徒が眉をしかめた。それを見たとなりの女子生徒と何か話し始める。
少し耳をすませば、その会話は容易に聞き取ることができた。
「彼、あなたの婚約者だったわよね?」
「そうなのだけれど……最近会うたびに第2王女殿下の話ばかりされるの。しかもエレイン様なんて……。」
不敬よ。
という言葉が言外に聞こえてくるようだった。
そう、エレイン様は男子人気が高い。
実家の立場に関係なく、やわらかな表情と澄んだ鈴のような声で話しかけられれば皆夢中になってしまうらしい。
それに対して女子からの評価は芳しくないというのが僕の考えだ。噂話を聞く感じ、男子との距離が近すぎるとか、立場をわきまえない振る舞いが顰蹙を買っているようだ。
生徒会室でこの話をした時、このままだとそのうち問題になりそうだなと、僕とレベッカさんは意見を一致させていた。
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その日の放課後の生徒会室。
僕は頼まれていた書類を職員室に送り、先生から渡された書類を生徒会室に運んでいた。
これがかなりの量で、たぶん50枚以上ある。こんなにどうするんだろうと思いながら、軽々と片手で書類を抱え、生徒会室の扉を開ける。
その中には二人の人影があった。
1人目がメイド服を隙なく着こなした年上の女性。アビゲール第1王女唯一の侍女、レベッカ・アッシュフォードである。
彼女は無表情にこちらを見ると、小さく会釈をして部屋の隅で控えた。
そして、もう一人が5つある机の一つ、会長席にもっとも近い所で書類を精査している男子生徒だった。
彼は濃い金髪に藍色の瞳のやせぎすな青年で、不機嫌そうにこちらをちらりと見て、反応せずに書類を見続けていた。
ベンジャミン・アークライト。公爵家の3男で、宮廷魔法師の息子。本人も宮廷魔法師を目指している、2年生次席の天才だ。
もちろん2年生主席はアビゲール様である。
「……。」
「……。」
室内を無言が支配する。僕は積極的に貴族に話しかけられる立場ではないし、それはレベッカさんも同じ。
そして、ベンジャミン様は僕が気に食わないのか完全に存在ごと無視し続けている。
だから、この生徒会室がにぎやかになるのは王族のどちらかがいる時だけだ。
この様子だと、当分戻ってこないかもしれない。
僕は内心で気まずさを感じつつ、会長の席に持ってきた書類を崩れないように丁寧に置いた。
そして、自席に座って、さて少しでも役に立とうと書類を手に取った。
その時、唐突に生徒会室の扉が強く叩かれた。
その場にいる全員がぎょっとして顔を上げる。普通、王族がいるかもしれない部屋を強く叩くなんてありえない。
だから、それがあり得るとしたら常ならざる状況ということで。
「第1王女殿下、第2王女殿下いらっしゃいますか!?」
全員が顔を見合わせて、もっとも立場の高いベンジャミン様がしぶしぶといった様子で立ち上がる。
「申し訳ないが、今おふた方はおられません。何か緊急の要件でしょうか。」
かなり固い印象の、生真面目そうな声で扉の向こうに語りかけるベンジャミン様。
あれ、もしかして僕、この人の声を聞くの初めてかも。
なんて、どうでもいい事が頭に浮かんで、慌てて小さく首を振って打ち消す。
そんなことをしている間にも話は進んでいて。
「はい。緊急でおふた方の安否を確かめなければならなくなりました。おふた方はどちらへ!?」
「それは……。」
ちらりとレベッカさんの方を見るベンジャミン様。僕もそちらへ顔を向ける。
ごく一部の人以外には鉄仮面のような表情しか見せない侍女は、淡々と答える。
「申し訳ございません。事情を聞かなければ居場所を話すことは出来かねます。」
そこそこ大きい声で言ったからだろう。扉の向こうの人にも聞こえたらしい。
数瞬、言葉をまとめるような沈黙が流れて、
「校内で窃盗事件が発生いたしました。そして、盗まれたものは攻撃魔法にも使える巨大魔石でございます!」
次の瞬間、全員が息を飲んだ。
それは、この学園で起こりえないはずの大問題だった。




