魔女姫 ー 3
僕が驚いて立ち尽くしている間にも、話は進んでいく。
「問題?何が問題だと言うのです!?」
「その発言自体が割と大問題なんだけど、気がづいているかい?」
扉の向こうでは、そんな舌戦が続いていた。
片方は間違いなく第1王女のアビゲール様だろう。彼女は生徒会長だから、ここにいることに不思議はない。
「どういうことです?」
「おいおい、自分の家が所属している派閥の理念も忘れたのかい?」
「はっ?理念?」
「あぁ、うん。ここまでとは……。いくらあいつの取り巻きとはいえ無能極まる。」
「あいつ……セドリック様のことですか!!」
「そうそう。君が唯一の負債だったからね。本当になんでああなっちゃったかなあ。まったく。」
「この、棄てられた分際で!」
「おいおい、そうカッカしないでくれるかな。ちゃんと君程度でも分かるように説明するから。」
そして、もう一人の声も思い出した。僕が入学式の前に後ろから蹴り飛ばしてきた貴族の生徒だ。
ただ、外から聞いている限り、喧嘩はアビゲール様が優勢のようだ。
「そもそも、君と……一応私が所属している第1王子派閥は言っちゃえば融和派であり、平民の登用を積極的に進めている。ここまでは……知らないらしいね。」
「……っ!ど、どうせ表面的にそう言っているだけだ。」
「はぁ。それを言っちゃダメでしょう。私たちはその大義名分でまとまり、大義名分通りに動いているのだから。たとえそれが建前であろうと、本音であろうと、それに沿うように動くのが貴族ってものだ。」
「貴様に貴族を語られるなぞ、虫つばが走る。」
「まあ、私もどの口がとは思うけれど、別にこれは一般論だよ、一般論。理想論でもいいけれど。それはともかく。」
僕はどうすればいいかわからず、渡された手紙と地図を持ったまま扉の前であたふたしていた。
しかし、この状況で扉を開けるのだけは絶対に嫌だ。だからと言ってこのまま引き返すのも怖い。
しかし、話は進んでいく。
「そして、君はその派閥において平民に危害を加えた。そうすると、他の貴族や平民生徒はどう思うだろうねぇ。ここまで生徒をだまし込んで、ストレス発散用の案山子にするとか言われるんじゃないだろうか。」
「なんだと!?お、俺はそんなつもりなんて……。」
「別に貴方の意見なんて聞いてないわよ。周囲からどう見えるかという話でしかないし。さて、そんな貴方が家に所属し、しかも跡継ぎだとしたら、お家は派閥内でどういう扱いを受けるだろうか……。」
扉の向こう側からさえ聞こえそうなほど息を飲む音が大きく響いた。そして、やけになったような男の怒声が響く。
「しょ、証拠はあるのか!?」
「ほう、証拠かい?」
「あぁ、そうだよ。お前がずっと言っている平民への暴行の証拠なんてないはずだ!!」
「はぁ。王族の意見は基本法廷で最重要参考意見になる程度には重いのだけれどね。まあ、いいか。」
そういって、一つ、二つ息をつく間が空いた。
「証拠?そんなもの。」
「君は私の意見が参考にならないと言うんだろう?だから証人を呼んである。ーーー扉の前にいる君。入ってきなさい。」
僕は唐突に呼ばれてびくっと肩を跳ねさせた。一応周囲を一度に度見回すが、周囲に僕以外の人陰はない。
完全に僕に話し掛けられている。早く入らないと不信感を与えかねない。もう一人の上位貴族らしき男子生徒のことも怖いが、それ以上に王族に目を付けられたくない。もう遅いのかもしれないけれど、これっきりでかかわりが絶てるなら万々歳だ。
そう腹を括って、「失礼します」と言って扉を開ける。
「だ、誰だ、お前は……。」
「呆れた。いや、加害者意識としては正しいか。」
その場には3人の人がいた。1人はいぶかしそうにこちらを見ている銀髪の男子生徒。
間違いない。僕を蹴り飛ばしたのはこいつだ。
そして、壁際で彫像のように立っているメイドさん。こっちもいぶかしそうな表情でこちらを見ている。
そして、生徒会室の最奥。質素堅実な室内と不釣り合いなほど豪華なソファベッドに座っている少女た1人。
先ほど脇道でみたアビゲール・ローゼリア・ウィッチクラフトが不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「第1王女殿下、要請に応じ、参上しました。」
「あ、いいよ。そこまで肩ぐるしくしないで。……さて、聞いていたと思うけど、今回君を読んだのは証言してもらうためさ。」
「その1年生がなんだというのですか!?」
「はぁ。君が蹴って花壇に突き飛ばした生徒だと、状況的に分からないかな。本当に。」
「……な!?な、な。な……。」
それを聞いた瞬間、男子生徒は口をパクパクとさせて何事かを言おうとする。しかし、それらは全て言葉にならなかった。
それは彼が反論の材料を失ったことを如実に表していた。
「じゃあ……ゴホンッ。王族として命ずる。今この場で偽りを言うことは許さない。」
そう言って、ポケットに入れていた精緻な金細工のされた片眼鏡を左目にかけた。
「カイト・ノクス。君は今日の朝、入学式前に花壇に突き飛ばされたかい?」
「はい。」
一切の偽りなく堪えた。それは無為に嘘をつく理由がないのもあったし、王族の命令として嘘を禁じられているのもあった。
しかし、それ以上に、目の前の王女から放たれる風格に圧倒されてしまっていた。だから、嘘を着くという考えがそもそも浮かびさえしなかった。
「お、おい、平民。それ以上、」
「だまれ。」
「ひっ……。」
男子生徒がこちらへ何か……おそらく脅しの類をしようとして、王女の一言で封殺された。
「さて、邪魔が入った。では君の主観でかまわない。君をつき飛ばしたのはそこの性とか?」
「はい。」
「よろしい。」
そう言ってアビゲール様は片眼鏡を外すと、威厳を保ったまま男子生徒の方を見やった。
見つめられた男子生徒は怯んだように1歩2歩と後ずさっていく。
「さて、証人もいて、私も問題の現場はこの目で見ている。もちろんこれは兄上とベルグレイ伯爵家に報告させてもらうよ。あ、あと君の婚約者と、その家にも報告する必要もあるか。ずいぶんとまあ、仲睦まじいと聞いているが……さて、婚約がどうなるか。」
「そ、そんなあ……。」
そう言ってのろのろと座り込む。もう反論する気力も失せてしまっているように見えた。
一行に動く気配のないアルフォンスをメイドさんが引きづって外へ放り出す。あの細腕のどこにあんな力があるのだろうか。
そうして部屋に3人が残った。
僕はひざまずいたまま声を書けられるのを待つ。役目は終わったのだ。すぐに返してくれるだろう。
そう思っていたのだが、なかなか声がかけられない。
それを不信に感じたのは僕だけではなかったようで、戻ってきたメイドさんが質問してくれた。
「アビゲール様。どうなさいました?」
「ねえ、レベッカ。今1人の生徒会役員を実質的にクビにしたよな?」
「……そうですね。いつもながら見事な手際でした。」
「世事はいい。で、そうなると先月のあれもこみで生徒会役員の数が足りなくなったよな?」
「そうですね。学内規則では会長、副会長、会計、事務の4人以上となっています。」
「今残ってるのは私とあのぼんくら魔術師見習いだけだ。」
「その言いぐさはともかく、その通りです。」
「で、一応この生徒会は王族は強制参加だからエレインを入れるとして、後1人足りないよな。」
「……。ソウデスネ。」
僕は頭上で行われる会話を聞きながら、背中から冷や汗が出るのが止まらなかった。いや、そんなことあるはずがない。生徒会っていうのは将来の上位貴族が人の使い方を学ぶための場所だと聞いている。だから、今は伯爵家の養子とはいえ、平民の僕が関わるはずがない。
だから、これはあれだ。平民なんて路傍の石ころと同じで意識されていないに違いない。そうであってくれ。
「で、ちょっと派閥関係的に入れられそうな上位貴族はいなかったよな?」
「そうですね。先月のあれのせいでいろんな所に混乱が起きていますし。入ってくれる人はほとんどいないはずです。」
「ということわだ。あと一人、派閥に関係ない中立の家で、上位貴族……伯爵形状の身分があって、まあそれなりに見どころのある生徒が早急に必要ということだ。」
「……。あの、殿下、まさか、まさかですよね?やめてください、皆の胃が死んでしまいます。」
「ははははは、知ったことか。」
だめだ。違う、絶対に違う、僕は条件を満たしているかもしれないけど僕のことじゃないはず。違う、違うと言ってください。お願いします。
「というわけで、カイト・ノクス君。君、生徒会に入らないかい?あ、顔は上げていいぞ。」
「……かしこまりました。」
顔を上げれば、頭を抱えて呻いているメイドさんの姿があった。
そして、正面のソファベッドに肢体を横たえ、右腕で頭を支えながら満面の笑みを浮かべたアビゲール殿下。
これが、平民上がりの僕と。
変わり者の魔女姫と呼ばれるアビゲール殿下との。
初めて出会った時の話である。
本日の投稿はこれで終わりです。
明日からはストックがつきるまで18字に毎日投稿します。




