魔女姫 ー 2
僕にとって衝撃的な挨拶をした魔女姫と名乗った第一王女様は、しかしその後は一通り入学を寿ぐ言葉を紡ぐと、颯爽と立ち去っていく。
その間もざわざわと生徒たちのざわめきが途切れることはなかった。
とぎれとぎれに「王女」とか「婚約破棄」とか、「変人」と聞こえてくる。
まあ、かなり強烈な挨拶だったと思う。王族なのに、僕みたいな平民に声をかけるどころか、手を貸して引っ張り上げるなんて、貴族とほとんど関わりのない僕でもかなりの変わり者だと分かる。
不気味なざわめきは入学式が終わるまで続いた。
そうして、僕たちは職員に誘導されるまま移動し、それぞれの教室へ向かっていく。
僕の所属はAクラス。クラスは成績順で分けられているから、もっとも優秀なクラスということになる。
……。
僕は部屋の左後ろの席で必死に息を殺しながら生徒たちを見回していた。
一クラスの生徒数はおおよそ二十人。僕はその末席になぜか居座っていた。
周囲にはきらびやかな印象の少年少女たちが思い思いに座ったり、しゃべったりしている。
特に目立っているのは……二人。
一人目は、先ほど壇上で新入生代表としてしゃべっていたピンクブロンドの髪の少女。
この国の第二王女であるエレイン・セレスティア・ウィッチクラフト。
可憐な王女は、隣の黒髪の少女と楽しそうに会話している。しかし、その黒髪の子を疎ましそうに見ている生徒もそれなりにいるようだ。
二人目が、高い身長にがっしりとした体格の金髪。そして整った顔立ちの少年。漏れ聞こえてくる会話から、侯爵家の子息らしい。
名前はルークス・グランハルト。グランハルト侯爵家の長男で、騎士団長の息子だそうだ。
彼はぶっきらぼうな表情で席に座り、話しかけたそうなクラスメイトの少女たちを近づけていない。
そして、たまに周囲をちらちらと見やっては、苛立たしそうに貧乏ゆすりをしていた。
どうやらこの二人が中心人物らしい。
そうして、ぞくぞくと生徒が入ってくる。全員の席が埋まったころになって、ようやく教師が入ってきた。
「こんにちは。Aクラスの皆さん。私はエドワード・ラスク。このクラスの担任をさせていただきます。」
そう言って、さわやかな青年といった様子のエドワード先生が挨拶を終えた。そこから学校行事について簡単に説明された。
僕は必死にメモを取る。正直、何も分からないままここにきているに等しいのだ。説明を聞き逃すと厄介なことになる。
そうしているうち、一通り話し終わったあたりで明日の予定を告げ、先生は去っていった。明日からは教室を回って場所を覚えながら授業見学をするらしい。
そうして先生がいなくなったからだろう。一気に教室が騒がしくなる。生徒たちは既に派閥か何かが決まっているらしく、集まって情報交換をしているようだ。
僕はこっそり教室の外に出ようとした。平民がいることで目をつけられてもかなわない。
それに、あの王女に呼ばれてしまっているのに、先生の話を聞きながら気が付いた。もし、遅れたと難癖を付けられたらどうしようもない。
そうして、扉に手をかけた瞬間、後ろから声をかけられた。
「おい、カイト・ノクスってのはお前か?」
振り返ると、ルークス侯爵令息がこちらをにらむようにして立っていた。身長差がそれなりにあるせいで威圧感がすごい。
僕が呆然としていると、ルークスは不機嫌そうな顔をより歪めながら聞いてくる。
「どうなんだ。さっさと答えろ。」
「は、はい。私がカイト・ノクスです。」
そう答えた瞬間、なぜかルークスが驚いたように目を見開いた。そうしてじろじろと僕の体を見回すと、より不機嫌そうに顔をしかめた。
「なぜ、お前のような平民がこのクラスにいる。」
「そう言われましても……。」
僕が困ったように言えば、ルークスはフンッと鼻を鳴らしてこちらを見下すように言う。
「お前のような平民。さっさとBクラスに行くんだな。俺はこれから用事がある。どけ。」
そう言って、ルークスは僕の肩を掴むと横の壁にたたきつけるように押しやった。そのまま背中から壁にたたきつけられ、背中の痛みにそのまま座り込んでしまう。
「うくっ……。」
ルークスは一瞬しまったという表情をしてから舌打ちをし、さっさと教室を出ていった。
いつの間にか教室は静まり返っており、貴族の生徒たちはこちらを冷たい視線で見つめてくる。
僕が恥ずかしくて顔を上げられず、そのまま教室を立ち去ろうと足に力を入れた時、目の前に影が差した。
顔を上げると、エレイン姫が前かがみでこちらを心配そうに見つめてきていた。
「あのー、大丈夫ですか……?」
僕は反射的に座り込んだまま跪いて最上級の礼を取った。
伯爵家の養子になって半年程度だが、礼儀作法についてはさんざん仕込まれたのだ。
それに目の前にいるのは王族。本来なら貴族であっても安易に会話することすら不敬に当たる。だから、この動きで正解のはず。
「心配していただき、ありがとうございます。しかし、伯爵家とはいえ私は養子。そこまで心配していただかずとも……。」
「あ、はい、そうですよね……。」
のはずなのだが、頭上から聞こえてきたのはどこか寂しげな声だった。反射的に顔を上げたくなる衝動を抑え込み、ひたすらへりくだる。
周囲からは「身分はわきまえているらしい。」とか「ノクス伯爵家もしつけはしっかりできたようだ。」とか「やはりエレイン様はお優しい。」とか聞こえてきた。なんとか及第点を取れたようだ。
そうして黙ってひざまずいていると、エレイン様がそわそわし出した。なんとなく会話をしたいという雰囲気が伝わってくる。
しかし、こちらから声をかけるわけにはいかない。そうして少しの時間がたつと、侍女のようにエレイン様の背後に立っていたクラスメイトが声を発した。
「エレイン様。その場に居続けていると彼も困ってしまいます。」
「で、でも……仲良くしたくて。」
「今は状況が悪いでしょ? まだ時間はあるんだし。」
まるで平民の友人のような言葉遣いで二人は小さく話し合った後、そっと横に避ける気配がした。
「迷惑をかけてごめんなさい。用事があったのでしょう? どうぞ。」
「ありがとうございます。」
僕は顔を上げないままそそくさと教室から出ていった。普通に王族の前で顔を上げるなんて不敬なので。
あ、ヤバい。第一王女様には軽い言葉遣いをしてしまった。もしかしてこのまま向かったら不敬罪で首を落とされるんじゃ……。
そんなことが脳裏をよぎったが、僕を助け起こしてくれた人が王族だったのだから従わないという選択肢はない。
急激に痛み出した胃を抑えつつ、早足で地図に記された場所へ向かった。
ーーーーーーーーー
地図と現在地を見比べながら、必死に目的地へ向かう。そうして1年生のエリアから抜ける所まで来た時、とある話が耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? あの魔女姫の噂。」
「仮にも第1王女様だぞ。誰かに聞かれたらどうする。」
「平気平気。あんな女、誰も相手にしないだろ。それにここは下級貴族のエリアだぞ。ちくれる奴なんていないって。」
「まあ、それもそうだが。」
どうやら空き教室の一つから聞こえてきたらしい。僕は思わず足を止めてしまった。
そんな場合ではないと分かっていたが、どうしてもその話を聞いてみたくなったのだ。
「それで? 第1王女殿下がなんだって?」
「それがさ、去年度の末に婚約破棄の噂があったじゃん。あれ、マジらしいぜ。」
「本当か? 単なる悪質なほら話だと思っていたんだが。」
僕は足音を消して扉に近づいて、その会話に集中する。
「先輩から聞いたんだが、卒業パーティの時に魔女姫の婚約者側から破棄するって宣言したそうで。ただ冤罪だったらしい。」
「なんだそれ。ひどい話だ。」
「まあそうなんだけど。それでさ、普通なら王家の総力を挙げて調べるじゃんか。そして後日双方の親が話し合って落としどころを考えて貴族全体に発表。」
「妥当だな。」
「でも、婚約破棄された現場で魔女姫が冤罪を言葉だけで晴らしちまったんだよ。しかも王家の力とか関係なく、相手の話の矛盾から追い詰める感じで。」
「それは……普通の令嬢の対応ではないな。」
「そうそう。で、その間終始笑顔だったんだと。だから魔女。」
「ノーコメントで。」
「そんなこと言うなって。俺たち友達だろ?」
「それでも言っていい事と悪いことがある。俺は不敬罪でしょっ引かれるなんてごめんだぞ。」
「分かった分かった。だから告げ口だけは勘弁。でもまぁ、この話結構広がってるから俺が言ったところでなんだけどな。」
僕はそこまで聞き終えて、そっと離れて目的地へ向かい始めた。
そうして、本校舎から離れ、事務棟1と書かれた場所へ入っていく。
そこからは一気に生徒の数が少なくなった。その代わりに教師や事務員などの大人が増えていく。たまに「誰だこいつ」という視線をもらいながら奥へ奥へと進んでいく。
そして、ようやく目的地に着いたと思って顔を上げた。
そこには『生徒会室』と書かれていた。
そして、扉が中途半端に開いていて。
「なぜ、平民を蹴った程度で私が生徒会をやめなければならないのですか!!」
という、どこかで聞いたことのある男子生徒の叫びと、
「なぜって、君の問題行動が確認されたからさ。アルフォンス・ベルグレイ君。」
一度聞けば忘れられない、第1王女の声が聞こえてきた。




