魔女姫 ー 1
始めましての人は始めまして。お久しぶりの方はありがとうございます。
彩無シエルです。
最新作の投稿です。
まだまだ投稿したばかりでつたない文章だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
僕は、一人で大きな学園の校門前で立ち尽くしていた。
どうして僕はここにいるのだろう。この多くの貴族が通う、名門中の名門校であるセイレム魔法学園に。
僕以外にも、何人か呆然と高い尖塔を見上げている制服姿の少年少女が見える。たぶん僕と同じ、平民の特待生だと思う。
しばし高い白亜の校舎を見上げていたが、意を決して中に入っていく。
さて、この学園生活はどんな風になるのだろうか。
心の一部で楽しみに思いながら、入学案内に従ってホールへ歩き始めた。
とか思っていた時期が僕にもありました。
「おら。邪魔だ平民。」
そう言って、いかにも貴族の少年と言った様子の銀髪の生徒によって人目のつかない花壇へ突き飛ばされるまでは。
特に目立ったことをしたわけじゃない。ちょっと迷って人のいる方へ歩いて行ったら唐突に蹴りを入れられたのである。
その生徒はこちらを見てせせら笑うと、「これだから平民は」と言ってさっさと歩いて行ってしまった。
遠くから「アルフォンス様、どうかなさいましたか?」「いや、何でもないよ、マイハニー。ただ、ちょっと虫がいただけさ。」という仲睦まじげな会話も聞こえてきた。どうやら僕のことは指して気にされていないらしい。
僕は左半身を花壇の枝に埋めながら深々とため息をついた。こういうものだとは分かっていたが、さすがに実際にされると堪える。これ以上制服を傷つけないようにゆっくりと体を起こそうとしたとき、唐突に背後から声をかけられた。
「そんなところでどうしたんだい?」
きれいな少女の声だったと思う。かわいらしいというより凛とした印象の強い、鈴のような声。
そう言われても、僕としては困ってしまう。貴族にされたなんて言えないし、そもそも振り返る事さえ、この体勢ではままならない。
「あ、いや、よそ見していたら転んでしまって……。一人で立てるので大丈夫です。」
貴族ならこういえば無視して通り過ぎるに違いない。いや、それならそもそも声をかけないか。僕はそう思いつつ、ゆっくり体を起こそうとしたとき、足音が近づいてくる。
「さすがに厳しいだろう。見て見ぬふりも気分が悪い。ほら、引っ張るぞ。」
「え?ちょ、ま……わっ!?」
そう言われて右手首をつかまれる。そして、こちらの話を聞かず、一気に引っ張り上げられた。
おかげで体を引っ張り出すことができたが、ずいぶんとまあ強引な人だ。こんな貴族はいないだろうから裕福な商人の出だろうか。
「ありがとうございま……」
そう思い、制服に付いた葉をはたき落としてから振り返る。
「おや、どうしたんだい?新入生君。」
そのからかい混じりの言葉は、僕の耳を素通りしていった。
目の前の少女はそれほどまでに印象的だった。
陶磁器のような、なめらかで白い肌、ルビーのような深紅の髪。そして黄金を溶かしたような金色の瞳が完璧なコントラストを彩っている。
絶世の美貌には悪戯っぽい笑みが浮かんでいて、しかし同時に釣り目や自信にあふれたたたずまいからは気の強さを感じさせた。
そんな、人とは思えないほど美しい少女がこちらをのぞき込んでくる。
「おーい。大丈夫か―?」
「あっ!?ご、ごめんなさい。いや、申し訳ございませんでした!!」
そう言って、慌てて片膝をついて最上級の礼を取る。
間違いなく目の前にいる彼女は高位の令嬢だ。少なくとも僕はそう思ったし、他の誰が見ても彼女は別格だと言うだろう。
「まあ、仕方ないか。君、名前は?」
「は、はい。カイト・ノクスと申します。ノクス伯爵家の養子で、この度学園に入って…いえ、入れていただきました。」
そう言って、もともと下げていた頭をより深く下げる。よくは知らないのだが、貴族にとって平民から養子を取るのはあまり良い印象を持たれないらしい。
そう思って地面を見つめていると。
「へー。君があの。」
そう興味深そうに言われた。僕はどういう風に目の前の貴人に伝わっているのだろうか。『あれ』は王族でもごく一部にしか伝えられていないと聞いているから、どう思われているか全く分からない。
「そうだなぁ、よし。ちょうどいいということにしておこう。君、顔を上げたまえ。」
許可が出たので、改めて顔を上げる。
やはり目の前の少女はとても美しく、思っていたよりも身長が高い。170㎝ほどあるだろうか。そのため、美少女というより美女という印象が強くなった。
「これをもって、入学式が終わったらその地図に記されている所に来なさい。大丈夫。悪いようにはしないからさ。」
そう言って、貴人はスカートの腰ベルトに付けられているポシェットから手紙を取り出すと、こちらへ向けてさしだしてきた。
恐る恐る受け取り、再び頭を下げて謝礼を述べる。
「それじゃあ、また後で。楽しみにしているよ。」
そう言って、その少女は颯爽とその場を後にした。
僕は渡された封筒を呆然と持ったまま、その赤い背中を目で追うことしかできなかった。
ーーーーーーーーー
その後、どうにかこうにか入学式の会場へたどり着くと、説明を受けて席に着く。
完全にアウェイです。
僕たち特待生の平民は、入学式が行われる豪華絢爛なホールの隅の方で、一塊になって身を縮こまらせていた。
周囲には比べ物にならないほど仕立てのいい服を着た貴族の子息令嬢たちが座り、一部から冷たい視線がこちらへ向けられている。
僕たちは特待生とはいえ平民だ。貴族に目をつけられたら生きていくことなんてできない。だから一塊になって時間が過ぎるのをただ耐え忍んでいた。
そうして時間がたち、入学式が始まった。
最初は校長の挨拶から始まり、出資者の貴族たちが登壇していく。しかし、今までこんなことにかかわりのなかった僕にとって、誰が誰なのかはわからない。かろうじて貴族は男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の5段階に分かれているのを知っているだけだ。
だからか、だんだんと頭が痛くなってきた。もう○○男爵が××して、○○伯爵の出資金がなんて話は聞きたくない。
そうして、十何人目かの
「続きまして、新入生代表。エレイン・セレスティア・ウィッチクラフト第2王女殿下化から、お言葉をいただこうと思います。」
そう壇上の進行役の教員が言った瞬間、周囲が一基に騒がしくなった。
近くの特待生たちからは「第2王女殿下化だって」とか「きれいなんだろうな」とか、夢にあふれた声が聞こえてくる。
それに対して、ちょっと遠くの貴族の関係者があつまった席からは「やはり今年入学ですか」とか「心のきれいなお方だ。特待生も当たり前だろう。」という讃美の声が飛び交っている。どこか空々しいのはきっと気のせいだ。
そう思っているうち、雛段の上に一人の小柄な少女が上がってきた。
この国の王族は皆、赤系統の髪色をしている。その中で、その少女はとても薄い赤色…あそこまで行けばピンク色というほうがいいだろうか。色素の薄い髪と肌。それに対してとても鮮やかなサファイア色の瞳が、絶妙な調和を見せ、とても幻想的ではかない印象を与える。
顔立ちはかわいらしく、それでいて気品のある、これぞお姫様という感じだった。周囲で
女子生徒たちが小さな声で黄色い歓声を上げ、男子生徒たちは心を奪われたように呆然と壇上で挨拶をしている少女を見つめていた。
僕はと言えば、確かに不敬にもきれいな子だなとは思ってしまったものの、先ほどの赤髪の女子生徒のほうが鮮烈で、さほど興味が惹かれることはなかった。
少女は拡声の魔道具の前に立ち、堂々と季節の挨拶をし、学校に入れたことへの感謝、同級生との切磋琢磨、この場で学べることへの希望を湛えていく。
「この学園での3年間は、皆様にとってとてもかけがえのない物となるでしょう。その時間を精一杯学び、切磋琢磨し、協力し合い、より実りのある物として行けたらよいと思います。」
そうい言って、頭を下げる。会場は満開の拍手が鳴り響き、新入生たちは興奮したように王女の堂々とした立ち姿やその美しさについて話し合っていた。
僕はそれに若干の疎外感を感じながら次の挨拶を待つ。
そして、
「続きまして。在学生代表。生徒会会長である、アビゲール・ローゼリア・ウィッチクラフト第1王女殿下に挨拶いただきます。」
その名前が出た瞬間、先ほどとは別種のざわめきが会場を覆った。
特待生たちの当たりはまた王族かという感じの反応だが、貴族たちの反応が大きく違っていた。
そこには疑念、嘲笑、不安、好機、恐怖と言った様々な感情が入り乱れ、平民生徒と一部の何も知らなそうな生徒が周囲をいぶかしむように見回している。
そして、その少女が先ほど第2王女殿下がたった場所へと背筋を伸ばし、堂々と歩いてくる。
「あっ……。」
僕は声を上げかけて慌てて口をふさいだ。
だって、そこには、先ほど花壇に埋まっていた僕を助けてくれたきれいな少女が不敵な笑みを浮かべたまま雛段上に立っていて。
会場全体に伝わるほど、自前の拡声魔法によって広げられた声で名乗りを上げた。
「やあ、新入生諸君。私が今季の生徒会長を努めているアビゲール・ローゼリア・ウィッチクラフトだ。」
これが平民の特待生で、貴族との関わりなんてなかったはずの僕と、
「通称、魔女姫なんて言われている者だ。これからよろしく頼むぞ。後輩諸君。」
魔女姫と悪名高い第1王女、アビゲール・ローゼリア・ウィッチクラフトとの初めての邂逅だった。




