6-5:エルシオン一の修理屋
朝陽が瞼を刺激し、エフィは目を覚ました。すぐ隣にいるナターシャは、まだ眠りについていた。彼女に握られている手が、とても温かい。
寝ている場所もいつもの自宅ではなく、見慣れない豪華な一室だった。
(……あれ?)
状況に戸惑いかけ、ふと昨夜のことを思い出す。
(あの後、ナターシャさんと話をしたまま寝ちゃったんだっけ……)
家族。
自分で言った言葉がくすぐったくて、エフィはひとりで微笑んだ。
ナターシャを起こさないようにそっと手から抜け出す。カーテンの隙間から漏れる光に誘われ、掃き出し窓からテラスに出た。
テラスは庭に面していた。深呼吸をすると、朝の爽やかな空気と共に、花と緑の香りが鼻腔をくすぐる。
(ここがオズワルドの家って……なんか、変な感じ)
粗野なオズワルドと目の前の光景が結びつかず、エフィは何となく落ち着かない気持ちになった。
「エフィ? だよな?」
声をかけられ、振り向く。隣のテラスにルーカスが立っていて、まじまじとエフィを見つめていた。
「……なんで確認するの?」
「髪型。いつもと違うだろ」
指摘されて、エフィは後頭部に手をやった。今朝はまだ編み込んでいないので、プラチナブロンドの髪は下ろしっぱなしになっている。
「雰囲気違うけど、可愛いな。似合ってる」
「あ、ありがとう。って、ルーカスの軽口に真面目に返しちゃった。髪は、まだちゃんと整えてないだけ」
エフィは気恥ずかしくなり、笑って誤魔化す。
(……こういう、他愛ない話ができてよかった)
腫れ物に触れるような扱いをされなったことに、エフィはこっそり息を吐いた。こういう彼の雰囲気の作り方が、呼吸をしやすくしてくれると感じる。
そのままルーカスから視線を逸らすと、ちょうど屋敷の敷地内に一台の自動車が入ってくるのが見えた。黒塗りのそれは、蒸気を吹き上げながらゆっくりと走行している。
「ルーカスは、ああいう乗り物好きそうだよね」
「わかるか?」
彼の顔を見なくても、ニヤッとしたのが声色から伝わってくる。
「きっと運転したいとか思ってるよね」
「ご名答。でも、高価だから一般人には手が出せないんだな、これが」
「オズワルドに貸してもらうのは?」
自動車を眺めながら、冗談めかしてそんなことを言う。さすがにそこまでオズワルドは甘くないだろうが、敷地内で試乗くらいはさせてくれるんじゃないかと、エフィは勝手な予測を立てていた。
「おいおい、これ以上貸しを作るわけにいかないだろ」
「それもそう――」
言いかけた言葉が、途中で止まる。エフィは、自動車の様子が先ほどと変わったことに気がついた。
(……なんか、変)
どこが、と明確に表現することができなかった。
エフィは目を凝らして自動車を眺める。魔力の気配は感じないから、あの自動車はすべて蒸気の力で動いているはずだ。なのに、何かが噛み合わないような、奇妙な違和感が拭えない。
「エフィ?」
ルーカスに声をかけられ、はっと我に返る。
「ごめん。あの自動車、さっきと少し違うよね?」
エフィは自動車を指差す。エンジン音と蒸気の音は変わらないが、やはり目視では妙な感覚がする。もやもやして、顔をしかめた。
「違う? 何が?」
「うーん……あ、ランプの電球が寿命の時って、明るくなったり暗くなったりするでしょ? ああいう感じ」
「いや、別にさっきと変わったところは――」
ルーカスが言いかけた時、ぼんっと派手な音が響いた。急停止した自動車のエンジンあたりから蒸気が勢いよく吹き出し、運転手が慌てた様子で降りてくる。
その様子を見たルーカスが、咄嗟にテラスを降りて運転手に駆け寄った。エフィもすぐ後に続く。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか……」
運転手はそう答えたが、高温の蒸気を浴びたせいか、彼の両手は赤くなっている。
「火傷になっているかも。手を見せて下さい」
エフィが言うと、運転手は素直に両手を差し出した。軽く治癒魔法をかける。癒しの光を受けて、少しずつ赤みが引いていった。
運転手は目を輝かせてエフィを見た。
「ありがとうございます! 俺、魔法って初めて見ましたよ」
屈託ない笑顔で言われたのが新鮮で、どう返すべきか戸惑った。僅かに考えた後、ぎこちなく頷き、微笑み返す。
「これ、蒸気機関に相当負荷がかかってるな。この自動車、もしかして昨日オズワルドが乗り回してたやつか?」
治療している間、自動車を観察していたルーカスがエフィたちを振り向いた。
「はい! そうですよ」
「蒸気自動車ってまだそんなに性能良くないんだぞ。ブレーキ壊れた列車と並走させたら、過負荷にもなる」
ルーカスの冷静な指摘に、顔を青くしたのは運転手ではなくエフィだった。
「ご、ごめん。それをオズワルドにお願いしたの、私なんだ」
「でも、承諾して実行したのはオズワルドだろ?」
ルーカスは呆れたような顔をして、エフィの肩に手を置いた。
「結果的にはオズワルドに助けられたけどさ。あんまり無茶するなよ?」
「うん……気を付けます……」
「まあまあ。オズワルド様は自動車使いが荒いですから、故障は割とよくあることですよ」
運転手はそう言って、自動車の中から工具を取り出すとエンジンの点検を始めた。その様子を、ルーカスが興味深そうに見守る。
「そういえば、エフィは蒸気が吹く前から『さっきと違う』って言ってたよな。壊れそうなのがわかってたのか?」
「壊れそうまではわからなかったよ。何か変、ってだけで」
「蒸気機関の熱暴走が見える……いや、エフィは光の魔女だから……」
ルーカスの視線が、エフィと自動車のエンジンを往復する。呟きながら考え込む彼の表情は真剣で、声をかけるのを躊躇ってしまう。
「……まさか、光か? エフィは熱が放つ光……赤外線ってやつを、魔力で感じられるんじゃないか?」
ルーカスは突然目を輝かせて、エフィの両肩をがしっと掴んだ。力が強いのと、期待の眼差しに、つい腰が引けてしまう。
「えっと? ごめん、翻訳お願い」
「あ、悪い。興奮しすぎた。エフィは普通の人間には見えない、熱が放つ僅かな光も見えるんじゃないか?」
ルーカスが噛み砕いて説明してくれて、ようやくエフィにも何となく理解ができるようになる。
「熱が見えるから、さっきの自動車に溜まってた熱を見て、変だなって感じたってこと?」
「そうそう! エフィがいてくれれば、俺の仕事がはかどりそうだ」
ルーカスが冗談ぽく言って、笑う。それからふと、笑みを消してエフィを見た。
「なあ、ずっとうちに居てくれていいからな」
エフィは息を呑む。
明確な言葉ではないが、ルーカスもまたエフィを家族だと思ってくれている――そんな響きを持つ声色に、エフィはただ、頷くことしかできなかった。
「うん! 一緒にエルシオン一の修理屋、目指しちゃう?」
「いいな、それ。俺たちなら夢じゃないぞ」
徐々に明るさを増していく空の下、ふたりで軽口を言い合い、笑い合った。




