6-4:家族
エフィたちに用意されていたのは隣り合った客室2つ。自動車の時とは違い、さすがに部屋割りで揉めはしなかった。
貴族の屋敷の客室だけあって、調度品はすべて上質なものが揃っている。とてもじゃないが、ゆっくり休める気がしない。
「エフィ、そんなに怯えなくても大丈夫よ」
固まっているエフィに、早速ベッドに腰かけたナターシャが笑いかけた。手招きされたのでおずおずと近寄って、彼女の隣に座る。
髪留めを外し、編み込んでいた髪を下ろした。
「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んだ方がいいわ」
「私は大丈夫ですよ」
そう返したら、ナターシャが軽く唇を尖らせた。
「またそんなこと言って。平気な訳がないじゃない。……帰れないし、家族に会えないかもしれないなんて」
告げられた言葉が、ほんの僅かに揺れていた。エフィはナターシャに目を向ける。彼女の立場は、エフィとよく似ている。爆発した部屋の中、彼女の手を取った日のことを、ひどく昔のことのように感じた。
「そう、ですね。帰れないかもしれないのは辛いです。……でも」
エフィは一度言葉を止めて、抱えたままだった鍵の破片に触れ、刻まれた窪みをなぞる。
「上手く言えないんですけど、前よりは辛くない気がして」
エフィはナターシャと出会った頃、一度イーリスがエルシオンの前の時代なのではないかと思ったことがあった。
その時は受け入れがたくて、自分ですぐに否定してしまったが――
「変ですね。帰りたいって、ずっとそう思って過ごしてきたのに。今は少しだけ違う気がします」
「エフィ……」
ナターシャが、半歩分だけ距離を詰めた。肩と肩がふれあい、ぬくもりが伝わるほどに近い。それを、
(嫌じゃない)
はっきりとそう思える自分がいた。
客室は広く、片付いていて、落ち着いた雰囲気だった。ルーカスの家で過ごす夜とはまるで違う。
こうしてナターシャとふたりで過ごす時間。それを、少しだけ物足りない、もう少し賑やかでいいと思ってしまうのは――
「みんなのこと、家族みたいって思ってるから」
口に出してみたら、すとんと心に落ちてきた。ぱちぱちと瞬きをしてから、その言葉を噛みしめる。
「……そうね。私も、そう思うわ。早く、みんなの家に帰りましょう」
ナターシャが柔らかい声色で言ってくれた。エフィは頷く。その拍子に髪が一筋、胸の方へと流れる。彼女が、エフィの髪に優しく手を差し入れ、触れた。
*
ルーカスとアリステアは、エフィたちが客室に入ったのを見届けた後、もうひとつの客室に入った。なぜか案内役だったはずのオズワルドまで、続けて客室に入ってくる。
「で?」
部屋の扉が閉じた瞬間に、オズワルドが話し出す。
「エフィを触った感想は?」
「は!?」
ルーカスは硬直した。先ほどエフィに触れた時の感触が甦り、訳もなく手を握ったり閉じたりしてしまう。オズワルドは腕を組み、挙動不審なルーカスに胡乱な目を向けた。
アリステアが我関せずといった様子で、部屋の中を確認している。
「何を動揺している? お前ら、エフィの前では正直なことを言わないかもしれないだろう。この場でなら気を遣う必要はないぞ」
オズワルドの言葉に茶化すような色はなく、真剣そのものだ。ルーカスは深くため息をついた。エフィが刺された時に比べれば大したことはないが、心臓にはすこぶる悪い。
「お前もそういう手合いかよ……」
いつかのアリステアとのやり取りを思い出し、まだ室内を探っている男を軽く睨む。
「なに?」
視線に気付いて、アリステアが振り向いた。
「あーもう、なんでもない! あのな、誤解を招くような表現はやめろよ」
「……何の話かわからない」
不満げにしているアリステアから視線を外し、オズワルドに向き直る。
「エフィの体のことだろ。普通だ普通。柔らかくて、温かくて……」
「ずいぶん具体的だな。で? 結論だけ言え」
端的に言葉を重ねるオズワルドに、ルーカスは表情を引き攣らせながらも口を開く。
「あの場で言った通りだ。脈はなくて、蒸気と魔法、ふたつの力で動いてる。どんな構造なのかまではわからない」
アリステアが暖炉の上に飾られていた小型の自動人形を手に取った。背中のゼンマイを回し、床に置く。
自動人形はぎこちない動きで手足を動かし始めたが、すぐに動かなくなる。
「……あいつも、そうなるのか」
オズワルドの言葉に、答える者はいなかった。重苦しい沈黙の中、アリステアが自動人形を拾いあげる。スカートの埃をわざわざ払うその手つきは、なぜかいつもより丁寧に見えた。
「エフィをこちらに寄越せ」
オズワルドの声が響く。
「ローゼンベルクは予言を――刻星機を、破壊するために興された家だ。我々はエフィの力を欲している。お前たち以上に」
「エフィはものじゃない」
そう間髪入れずに反論したのは、アリステアだった。自動人形を元の場所に戻してから、オズワルドを睨む。
アリステアは今回の列車事故が起こる前から、オズワルドたちと関わるのを反対している。オズワルドの提言は、彼にとっては到底認められないだろう――そう思うのに、いつもよりも感情的にも見える姿勢に、僅かな違和感を覚えた。
しかし、彼の言葉に否定する要素はどこにもない。それどころか、彼が反論してくれたことを嬉しく思った。
「アリスの言う通りだな」
ルーカスは頷いて、オズワルドを見据えた。
「エフィのことだから、決めるのはエフィだ。あいつが望むなら従うさ」
「……お前たちの意見はわかった」
オズワルドは静かに言い、踵を返す。
「明日、改めてエフィに聞く。お前たちは口を挟むなよ」
それだけ言い残して、オズワルドは客室を出ていった。張り詰めていた空気が少しだけ緩む。ルーカスは息を吐いた。アリステアは何も言わず、窓から外を眺めている。
彼は感情が態度に出にくいが、彼がいつになく刺々しさを纏っていることには気付いていた。エフィに剣を貸してしまったことを、相当気にしているのだろうと思った。
ルーカスも何も話す気分になれず、先ほどの自動人形に再び目を向ける。
(エフィが、動かなくなるかもしれない)
その言葉は、胸の奥へと重く沈んでいった。




