6-3:ここにいること
ルーカスとナターシャがオズワルドに非難の眼差しを向ける。
「貴方ね……」
「事実だろう。今の技術ではこいつの体を生み出すことはできない。だが……刻星機が創られた頃の技術なら可能かもしれない。単純な話だ」
ぴしゃりと言われて、ナターシャが押し黙る。オズワルドを睨むことはやめない。
「エフィ、お前はそもそも何者なんだ? なぜ失われた魔法を使い、予言を覆せる?」
重い一言が、応接室に響いて消える。オズワルドはエフィだけを見ている。彼の問いに対する答えを、エフィはまだほとんど持っていなかった。
「私は」
席に座り直し、口を開く。
「エフィ・サーシャ・ステラシエル。イーリスっていう、魔法が普通にある場所で暮らしていた普通の……人間、だった」
途中で言葉に詰まりそうになった。そんなエフィを見て、オズワルドが目を細める。
「その割には、妙に『普通』ではない点が多いようだが?」
「……それは、私にもわからない。私は気付いたらエルシオンで目覚めて、ただ兄様を探していただけ。それでルーカスに会って、私の魔法が予言された運命を変えられると知った。それだけなの」
隣にいるルーカスが僅かに体を揺らす。彼の方を見ると、目が合った。エフィはルーカスに軽く笑いかける。
「兄、だと?」
オズワルドの視線が、いつにも増して厳しいものになった。氷のように冷たい態度に、部屋の温度が下がったような錯覚を起こす。
アリステアが仕込み杖を握り直したのが、視界の端に見えた。
「うん。初めてオズワルドと会った時のこと、覚えてる? あの時、私が壊した鍵が……兄様のものなんだよ」
自分の手で兄のものを壊した時の記憶が甦り、エフィは右手を固く握った。話を終えても、オズワルドは足を組み変えたのみで沈黙を崩さない。彼の一挙一動に神経を尖らせる。彼の発言は鋭いが、事実だ。
置き時計の長針が真上を示し、ぽーんと軽い音を立てた。それが消えてしまってから、オズワルドが軽く息を吐く。
「……少しここで待っていろ」
乱暴に言い残すと、彼は席を立って応接室を出ていった。すぐに彼は戻ってきて、エフィの前に来ると強引に何かを握らせてきた。
オズワルドが席に戻ってから、エフィは手を開いてそれを確認する。
「これ……兄様の!」
エフィに撃たれてバラバラになったはずの鍵、その一部だった。
鍵の差し込む部分は完全に破損し原型を留めておらず、魔石が失われているため兄の魔力も感じない。しかし、持ち手の部分に刻まれた王冠は、あの時と同じ形を保っていた。
その凹凸を、エフィはそっと撫でる。
「あそこで拾った。お前にくれてやる。もう我々には不要なものだ」
「……ありがとう」
「良かったわね」
ナターシャがそう言って微笑んでくれた。エフィはこくりと頷いて、鍵の残骸を胸に抱く。
「その鍵は、確かにお前の兄のものなのか?」
「うん」
エフィは頷いた。自宅にあった兄の箱が、この鍵で空いたのだからそれは間違いではない。ただそこまでオズワルドに公開すべきかは、慎重に判断すべきだ。
僅かに思案し、結果、エフィは口をつぐむことにした。
「ならば、間違いなくお前は魔法文明の生き残りだ」
オズワルドの一言に、時間が止まったように動けなくなった。
「鍵は魔法文明の遺物だ。元はといえば、我が家に伝わっていたものだからな。それがお前の兄のものだと言うのなら、兄も魔法文明の――過去の人間なのだろう」
硬直しているエフィに、更に言葉が降ってくる。抱きしめた鍵の感触が、ひどく冷たく感じた。
魔法文明の生き残り。エフィのいたイーリスは、このエルシオンよりもずっと昔の時代。薄々そうかもしれないとは思っていた。
失われた魔法、通じる言葉、兄の鍵――
あまりにもエルシオンにはイーリスの面影が多いのに、ずっと考えないようにしてきた。それが事実なら、エフィはもう故郷に戻れない可能性が高いから。
それをはっきりと言及されて、エフィは呼吸の仕方がわからなくなる。浅い呼吸を繰り返して喘ぐエフィを見て、ルーカスが身を乗り出す。
その手がこちらに触れる直前に、首を横に振った。
「……大丈夫」
「エフィ……」
ルーカスの手が落ちて、彼の膝の上で握られる。
(しっかり、しなきゃ)
エフィは一度目をぎゅっと閉じて、それから開く。対面に座るオズワルドを真っ直ぐに見た。
「私も、そうじゃないかと思ってた」
声が震えないように、意識して腹筋に力を込める。
「なら、私がただひとりここにいるのは、どんな意味があると思う?」
「そんなもの知るか。自分で考えろ」
オズワルドが突き放す。が、視線は逸らさない。
「だが、誰かが、お前が生きてここにいることを望んだんだろう。そうでなければ、わざわざ自動人形に人間と全く同じ機能を持たせる訳がない」
(……兄様)
抱えた鍵の重みが、エフィに刻まれる。
兄は天才魔法使いと名高かった。魔法道具を作る腕も優秀だった。その兄ならば、エフィの体を機械に作り替えることくらいできたかもしれない。
兄がエフィが生きることを望んでくれたのなら――機械の体も、少しは受け入れられる。そんな気がした。
エフィの思考を、露骨な舌打ちが遮る。
いつの間にか俯けていた顔を上げる。オズワルドは不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「辛気臭い顔を晒すな。部屋は用意してあるから、さっさと休め」
その言い分に、エフィは目を瞬かせた。
口調は全く優しくない。しかしその言葉には、確かにオズワルドの心遣いが宿っている。
「うん、ありがとう」
だからエフィは、そう言って笑うことができた。




