6-2:魔法文明の遺物
アジト、とオズワルドは称していたが、中はごく普通の屋敷になっていた。入ってすぐに吹き抜けの玄関ホールがあり、高級そうな絨毯や調度品で飾られている。
働いていたメイドたちが彼の姿を認め、「おかえりなさいませ」と美しい動作で頭を下げた。オズワルドは当然のように、彼女たちの言葉に頷きで返す。
「お客様ですか?」
「ああ。客室を2部屋用意しておけ。それから応接室も使う」
「かしこまりました」
メイドは明らかにボロボロで怪しいエフィたちのことなど気にも留めず、完璧な淑女の礼を披露した。そのまま足早に玄関ホールを去る。まるで、そういう風に作られた機械のように。
エフィはメイドとオズワルドを見比べた。
「……えっと、ごめんね。ついていけないんだけど、これどういう状況?」
「ここは俺の家だ」
「家!?」
エフィが事態を飲み込めずにいる間に、玄関扉が再び開いた。オズワルドの部下に先導されてきたルーカスとナターシャは、エフィと同じくぽかんとしている。
「オズワルド・ローゼンベルク。聞いたことくらいはあるだろ」
エフィは当然ないのだが、ルーカスとナターシャはその名前を聞いて息を呑んでいた。
「ローゼンベルクは、由緒正しい侯爵家だよ」
アリステアが耳元で補足してくれて、ようやくエフィも理解することができた。
「オズワルドは貴族だったんだ……。そんな感じ、全然しないのに」
「おい。聞こえてるぞ」
オズワルドに睨まれた。その立ち居振舞いもやはり反予言派のリーダーにふさわしい雰囲気で、この屋敷の雰囲気とは全くそぐわない。
「いいからこっちに来い」
大股で歩き出すオズワルドの後を、エフィたちは慌てて追いかけた。
オズワルドが案内してくれたのは、庭がよく見える窓がある応接室だった。物語に出てくるような立派な部屋だというのに、彼はソファにどっかりと腰を下ろし、長い足を組んだ。
アリステアとナターシャは臆することなく、オズワルドの向かい側に腰を下ろした。ふたりの動きはいつもより洗練されて見えて、この応接室の雰囲気とよく合っている。
庶民育ちのエフィはどうしたものか迷い、たじろいでしまう。ルーカスをちらっと見ると、彼も戸惑っている様子だった。それに少し安心する。
「別に、作法なんか気にしちゃいない。さっさと本題に入るぞ」
オズワルドがそう言ったので、エフィはいつも通りの所作で席に着く。隣にルーカスが腰を下ろし、ソファが揺れる。
「エフィ、俺たちに賛同するつもりはないと、駅でそう言ったな。その気持ちは、自分が明らかな異物だとわかった今でも変わらないのか」
オズワルドの眼光は鋭い。彼は本気だ。エフィは背筋を伸ばす。
「変わらない。確かに私たちは少人数だし、星府に追われてる。抵抗するなら人数が多い方がいいっていうのもわかってるよ。でも、予言に絶対抗わなきゃいけないとは思ってない。そこが、貴方たちとの違いだよ」
エフィはオズワルドを真っ直ぐに見た。
「だから、今回みたいに見過ごせない時は協力する。それじゃダメかな」
「甘いな」
エフィの言葉を、オズワルドは一言で切り捨てた。
「星府はお前らが思っているほど甘くない。だいたい、お前は自分の重要性を――」
「おい、その話を始めると長くなるだろ」
オズワルドの話を遮り、声を上げたのはルーカスだった。
「その前にエフィの体を確認したい。お前だって……見ただろ」
ルーカスは言葉を濁す。しかし、オズワルドへの態度には毅然とした強さがあった。
「いいだろう」
尊大に言って、オズワルドは腕を組んで背もたれに身を預けた。偉そうなところは貴族籍から来るものなのだろうかと、ぼんやり考える。
「エフィ……その、悪いけど」
ルーカスがエフィに体を向けた。黙って頷く。
彼はエフィの手首に軽く触れ、脈を取り始める。すぐに首を横に振った。感触を確かめるように、こちらの手を握っては放す。
「ちょっと、くすぐったいかも」
「あ、悪い」
ルーカスがぱっと手を引っ込めた。
「体温もあるし、感触も正常。脈がない以外は、俺たちと何も変わらないな」
「うん。体の動き、関節の可動域、反射や呼吸などの代謝……見た限りでは、僕たちと同じだ」
アリステアが補足する。エフィはそっと胸に手を当てた。当たり前みたいに、そこからは何の動きも伝わってこない。
「心臓がなくて、代わりに体の内側は蒸気機関でできてるんだよね……?」
「まあ……そうだな。傷は塞がったからもう中身は確認できないが、見た限りでは蒸気機関だけじゃなくて、魔法回路もあったように思った」
(魔法……)
その言葉を反芻して、エフィはふと傷を受けた時のことを思い出していた。刺された脇腹に、服の上から触れる。
あの瞬間は強い痛みがあったがすぐに消えて、それから程なくして傷も塞がった。その過程は、治癒魔法で傷を癒した時と全く同じだった。
エフィは立ち上がり、アリステアの前に移動した。彼に空の手を差し出す。
「アリステア、剣……貸してくれる?」
彼は青い瞳で、エフィを見上げた。真意を問うかのような眼差しだった。
長い沈黙。
お互い、譲らない。
無言で抵抗していたアリステアだが、最終的には息を吐き、いつもの仕込み杖をエフィの手に乗せてくれた。
「エフィ、何を――」
ナターシャが口を挟む前に、エフィは仕込み杖を抜いた。そのまま勢いをつけ、自分の左腕を深く斬りつける。その瞬間だけは、ぎゅっと目を閉じてしまった。
「なっ!!」
ルーカスとナターシャが弾かれたように立ち上がる。アリステアは身動きひとつせず、エフィを見ていた。
エフィの左腕から、やはり血は流れなかった。痛みに顔をしかめつつも、目を開けて傷口を見る。そこから覗くのは、やはりいつも見る蒸気機関の配線だった。
位置的に見えにくかったあの時とは違って、中の構造まではっきり見ることができる。
エフィは目を背けなかった。
「……悪い。見るぞ」
ルーカスが近寄ってきて、エフィの手首を掴んだ。傷口を真剣な眼差しで観察する。もう、痛みは消えていた。
「間違いない。魔法回路だ。おそらく、蒸気機関と魔法、両方の力で動いてる」
斬られていないはずのルーカスが、痛みを堪えるような表情でそう言った。そんな彼の目の前で、傷はゆっくりと塞がっていき――何事もなかったかのように、消えた。
「アリステア、ありがとう」
エフィはアリステアに剣を返した。彼は何も言わず、手に戻った剣に視線を落とす。
「もしかしたら、治癒魔法が体に組み込まれているのかもしれない。治り方が、治癒魔法を使ったときの過程と一緒だよ」
エフィが告げると、ルーカスが難しい顔をして唸った。
「しかしそんなもの、エルシオンの技術じゃ再現できないぞ。蒸気機関の粋を集めた自動人形だって、ここまで作り込むのは無理だな」
「単純な話だ」
ここまでずっと沈黙を保っていたオズワルドが声を上げる。
「つまり、エフィ自身が魔法文明の遺物ということだろうが」
オズワルドの一言に、室内の空気が一気に張り詰めた。




