6-1:アジトへ
列車を降りて、月明かりの下を歩く。背の低い草を踏みしめながら少し進むと、石畳で舗装された大きな街道に出た。
道の脇に車が2台止まっている。うちひとつには見覚えがある。先ほどオズワルドが乗っていたものだ。
車の脇にいるオズワルドの部下らしき男が、こちらを見て頭を下げた。
「エルシオンまで戻ると時間がかかり過ぎる。ひとまず俺たちの拠点へ向かうが……構わないな?」
「うん、わかった」
エフィは頷く。
そこまでは話が順調に進んでいたのだが、車の振り分けで大いに揉めた。
「エフィが心配だから、俺はエフィと同乗する」
「私も。貴方がまた、酷いことをエフィに言うかもしれないじゃない」
オズワルドに対して強気に主張するルーカスとナターシャの口調は、自分の主張を一歩も譲らないという気迫を感じさせた。
アリステアは何も言わないまま、エフィに一歩分だけ近寄り、オズワルドを黙って見つめている。アリステアは元々オズワルドたちとの接触に反対していたことを、ここでエフィはようやく思い出した。
しかし、車はどう見ても定員4人だ。
「オズワルドか部下の人に運転してもらわないといけないから、3人までしか一緒に乗れないよね?」
「当たり前だろ。さっさと決めろ」
「ルーカス、あなた機械系得意よね? 運転できないの? ルーカスが運転して、私とエフィとアリステアが乗る。これで万事解決よ」
「は? どうしてそうなる?」
オズワルドが渋い顔をした。口調こそ荒いものの、声色には困惑が滲んでいる。
「お、いいなそれ。一度運転してみたかったんだよな」
ルーカスの言葉に、エフィは不安を覚えた。ちらっと運転席を見たが、ハンドルやレバー、計器類が並んでいて、非常に複雑な構造だ。簡単に運転できるとは到底思えない。
エフィは大きく息を吸った。
「もう! このままじゃずっと決まらないから、私が決めるよ?」
エフィが大声を上げると、全員が一斉にこちらを見た。
「オズワルドが運転する車に、私とアリステア。部下の人の車に、ルーカスとナターシャさん。アリステアの傷は応急処置しかしてないの。だから続きの治療をしたい」
不満げなふたりに言い聞かせるように、理由を説明する。それから直感だが、ナターシャとオズワルドは相性が悪そうなので、離しておく方がいいと判断したのもある。
「心配してくれてありがとう。でもね、私はもう大丈夫だから。車が分かれたくらいで何かが変わったりしないよ」
先ほど醜態を晒したばかりなのであまり説得力はないが、そう付け足しもしておいた。胸の奥にある燻りは消えた訳ではないが、支えられなければ歩けないほど弱いつもりはない。
そういう決意に、最初に応えてくれたのはルーカスだった。
「わかった。また後でな」
「エフィ……」
ナターシャはなおも心配そうにしていたが、ルーカスに小突かれ、最終的には頷いてくれた。
ここ最近、乗り物にばかり乗っている気がする。エフィは頬を切るような夜風を感じながら、オズワルドが運転する車の後部座席に座っていた。
馬車よりもずっと速く流れていく景色。慣れない速度と揺れ、蒸気が吐き出される音で、落ち着かない気持ちが拭えない。
アリステアの治療を始める前に、ミラには一度連絡を入れてある。彼女は突然通信が途切れたのでかなり心配していた様子だったが、エフィが明るく話しかけると、安堵のため息を漏らしていた。
自分の体のことは、言えなかった。どう言っていいかわからなかったし、何よりこの場にいないミラに余計な心配をかけたくなかった。
通信を終えてから、アリステアに向き直る。
「痛くない?」
治癒魔法をかけながら、アリステアに問いかける。返ってきたのは、長い沈黙だった。
彼は嘘はつかないが、こういう誤魔化しはよくする。特に、自分のことに関しては。また彼が何かを隠しているのかと思い、エフィの息が浅くなった。
「ごめん。そうじゃない。ただ……」
エフィの変化に気付いたアリステアが、ようやく声を発する。しかし、その言葉は途中で途切れた。続きを探すように、青い瞳が車の外を向く。
「ただ?」
彼の言葉の続きが聞きたくて、エフィは首を傾げた。
「君が、そうやって気にかけてくれる理由がわからない」
「え?」
予想外の言葉に、エフィは一瞬目を丸くした。それから堪えきれなくて、思わず吹き出してしまう。アリステアが不思議そうに目を瞬かせた。
「そんなの、アリステアと一緒だよ。さっき私の手を握ってくれたでしょ? それと同じ」
全く自覚がなかったのか、アリステアは自分の右手に視線を落とした。真面目な顔で、手を握ったり開いたりしている。
「おい、治療は終わったのか」
運転席からオズワルドの不機嫌そうな声が飛んできた。
「もう少し。私は光属性だから、暗いところだと魔法の調子が良くないの」
「簡単に弱点を晒すなよ」
オズワルドが釘を刺してくる。
「別に、オズワルドは悪用したりしないでしょ。それに、一応味方なんだから情報共有は必要だよ」
「甘いな」
「これが私だから」
エフィが即座に言い返すと、オズワルドはふんと鼻で嗤った。しかし、嫌な感じはしなかった。
「もう着くぞ」
言われて、エフィは窓の外を見る。進行方向に、大きな庭付きの屋敷が見えてきていた。貴族の別荘といった出で立ちで、暗闇の中でぱっと見ただけでもきちんと手入れされていることがわかる。
その優美な見た目と、粗野なところがあるオズワルドの拠点というのが、どうにも結び付かなかった。エフィは他の建物があるのかと、きょろきょろと視線を巡らせてしまう。
エフィの困惑は置き去りにして、車は迷いなく門をくぐり、屋敷の敷地へと入った。オズワルドは速度を落とし、玄関の前に車を止める。
彼に続いて、エフィとアリステアも車を降りた。月明かりを反射して白亜に輝く屋敷を見上げる。
「ようこそ、『記されざる者』のアジトへ」
そう言って、オズワルドは得意気に笑ってみせた。




