5-16:月光に煌めく、銀の剣
扉を蹴破るようにして、ルーカスを先頭に機関室へと飛び込んだ。機関室にはふたりの職員がいて、乗り込んできたエフィたちを見て表情を強張らせた。
「動かないで」
申し訳なく思いつつ、エフィは運転士に魔法銃を向ける。
「わかってると思うけど、私たちは事故を止めるために来た。抵抗しなければ、みんな助かるよ」
最後の一言に、ひとりは僅かに表情を明るくした。もうひとりは何も言わずに俯く。反応の違いに、エフィは言葉を失う。
誰もが生き残りたい訳ではない。それでも――望んでくれる人もいるから、少し心が軽くなる。
機関室の外では、まだ金属同士がぶつかり合う甲高い音が断続的に続いている。
「ごめんなさいね」
ナターシャがふたりを縛り上げている間に、ルーカスがエンジン部分の蒸気機関を検分し始めた。エフィも機関室内の機構に目を走らせる。
機関室の中央、燃料を燃やす炉のような部分に魔力が集中していることは、すぐにわかった。
「ここの出力を抑えればいい?」
「ああ、頼んだぞ。一気にやると暴走するかもしれないから、少しずつな。上についてるメーターが赤を指さなければ大丈夫だ」
「わかった」
エフィは自身の魔力を解放した。活発に熱を生み出している蒸気機関の魔力を操作し、熱量を少しずつ落としていく。
がくんと大きく車体が揺れて、目に見えて列車の速度が落ちた。
慎重に、魔法の出力を上げる。
途端にルーカスの言っていたメーターが赤に近付き、エフィは慌てて出力を戻す。一定の力を加えていてもメーターの針は不規則に揺れ動く。案外操作が難しい。
「後はブレーキだな。……っておい、これ、壊れたんじゃなくて、意図的に壊されてるんだが」
機械をチェックしていたルーカスが、縛られ配管に固定されている運転士を見下ろす。
「仕方ないだろう! 予言を成就させるためだと言われたんだ!」
俯いていた方が、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「ま、そうだよな。別に、お前らを責めてる訳じゃないぞ。予言だからやる、そうやって生きてきたんだもんな」
ルーカスは苦笑いを浮かべつつ、機械に向き直る。
「しかし、思ったより修理に時間がかかりそうだ。手も必要だな……ナターシャ、向こうの機械の蓋を開けて、配管が正常か確認してくれ」
「……やってみるわ」
自信なさげにナターシャが答え、左側にある機械の前で座り込む。
「あともう一人くらい欲しいところだが……」
ルーカスが呟く。運転士たちはそれぞれ目を伏せ、黙りこくっている。やれやれとルーカスが頭を振った。
(何か、できることは……)
視線を巡らせたエフィの瞳に、機関室右の窓が映る。黒塗りの自動車は、列車を追いかけるように、速度をぴったりと合わせて走っている。
ここに彼らがいるということは、他の場所は援護の必要がなく、安定しているのだろう。
(なら、手伝ってもらえるかもしれない)
エフィはそう判断し、動き出す。
「オズワルドをこっちに呼ぼうか」
魔力制御を中断し、エフィは右側に駆け寄った。運転士が出入りするための扉を開き、手招きをする。オズワルドはまだ、自動車で銃を構えていた。
「人手が足りないの! こっちに移ってきてくれる?」
エンジン音に搔き消されないよう、精一杯の大声で叫ぶ。
「は? 走行中の列車に移れだと? お前な、無茶を言うのは程々にしろ」
オズワルドは月明かりでもわかるほどに表情を歪めていた。
しかし言葉とは裏腹に銃を仕舞うと、走行中の自動車のドア部分に足をかけ、立ち上がる。
「おい、どいてろ」
言われた通り、エフィが扉の前から避難すると、オズワルドは迷いなく跳んだ。
ぎょっとしたエフィは思わず手を伸ばしそうになるが、彼は難なく機関室の床に着地する。
革靴が床の鉄板を踏む音が、やけに大きく聞こえた。
「来てやったぞ」
「あ、ありがとう……」
こちらを見下ろす彼に、エフィはそう返すことしかできなかった。身体能力が高すぎる。
オズワルドが安全に渡れるよう魔法で架け橋を作るつもりだったのは、心の奥に秘めておくことにした。
「で、どうすればいい?」
オズワルドはルーカスを見下ろし、腕を組む。妙に偉そうなのは相変わらずだ。
「そこの計器類を見てくれるか?」
ルーカスは特別気にした様子はなく、オズワルドに指示を出す。律儀に頷いたオズワルドは、ルーカスが指示した通りに計器類のチェックを始めた。
エフィはそれを見届けてから、魔法による制御を再開する。
「お前ら、こんなことが許されると思っているのか!?」
運転士のひとりが叫んだ。暴れ、ナターシャが施した拘束から抜け出そうとしている。オズワルドが振り向き、眼光鋭く運転士たちを見据えた。
「あ? うるさい連中だな。しばらく黙ってろ」
オズワルドは躊躇うことなく銃の柄でふたりの頭を殴りつけ、あっさり意識を奪ってしまった。
「乱暴ね……」
ナターシャが眉をひそめる。オズワルドは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『エフィさん、どう?』
ブレスレットから、ミラの声が聞こえた。
「……これは、間に合わないかもしれないぞ」
ルーカスは手を止めずに答える。機関室内の空気が一気に重くなった。
「せめて、もう少し時間があればな……」
ルーカスが呟く。
ブレスレットの向こうから、何かの物音が聞こえてくることにエフィは気付いた。列車の駆動音、未だ続く金属音で聞き取りにくいが、紙が擦れるような小さな音――
『その列車が事故を起こすのは、ブレーキが壊れていてカーブを曲がりきれないから。そのカーブに差し掛からなければ、もう少し時間が稼げるかも』
ミラの言葉に、機関室内の全員がはっと顔を上げた。
「そんなことができるの?」
『今ね、路線図を見てる。これによると、脱線予定のカーブの手前に、進路を切り替えるポイントがある。今は右に曲がるようになっているけど、直進すればカーブが少ない路線に入れる』
「ねえ、それって前方に見えるあれよね?」
ナターシャが指差した先、線路がふたつに分かれているポイントがある。そのすぐ脇から棒のようなものが飛び出しているのが見えた。
暗闇の中だから、詳細はよくわからない。
「列車の中からは、操作できないわよね……?」
恐る恐る、ナターシャが問いかける。
『……うん』
ミラの声の調子が、明らかに落ちた。
『ポイントに設置されているレバーを動かせばいい。でも、それには直接その場で操作しないといけない』
「直接、その場で……」
エフィはミラの言葉を繰り返す。
難しい、と思った。あの切り替えポイントまで、もうさほど距離がない。オズワルドの自動車に向かってもらったとしても、とても間に合わないだろう。
(魔法を当てる?)
それも考えたが、今は夜な上に揺れる走行中の列車の中だ。あんな小さなレバーに正確に当てられる気がしない。
思考に沈むエフィの横に、オズワルドが立った。銃を構え、真っ直ぐにレバーを見つめている。その瞳には揺るぎない光があった。
「あんなもの、どうとでもできるだろうが。おいエフィ、あそこを光で照らせ」
「わかった」
エフィはオズワルドの指示で、すぐに光魔法を打つ。放たれた光が街灯のように輝き、切り替えポイントを昼間のように明るく照らし出す。
スコープを覗き込んでいたオズワルドが、唇の端を上げた。
「撃つぞ」
『え、撃つって――』
ミラの声を掻き消すように、至近距離で銃声が響いた。オズワルドの銃が火を噴く。風の魔力で護られたそれは、強風の影響を受けずに正確に飛び、狙い通りレバーを撃ち抜いてみせた。
レバーが衝撃で跳ねあげられ、進路が直進へと切り替わる。
数秒後、列車が切り替えポイントを通過した。僅かに振動が変化したが、それだけ。列車はレールに沿って直線に進み続ける。
エフィは大きく息を吐いた。
「マジか。規格外過ぎるだろ」
「無駄口はいい。早く修理しろ」
オズワルドに怒られ、ルーカスは軽く肩を竦めた。
「だけど助かった。これでなんとか間に合いそうだ」
ルーカスの明るい声を最後に、その場から声が消えた。
機関室には彼が工具で作業をする音だけが響く。動力の操作は続けているため、列車の速度は徐々に落ちている。
あとはブレーキさえ直れば――祈るような気持ちで、エフィはルーカスの背中を見つめた。
「完了。あとは、ブレーキをかければ列車は止められる」
「本当!?」
エフィが思わず声を上げると、ルーカスが振り向いた。いつものように笑いかけたその顔が、瞬時に凍りつく。
「エフィッ!!」
ルーカスの声。背後の空気が、ゆらりと冷たく揺れた。何が起こったか、エフィが理解する前に――
「こちらに従わない魔女は、不要。排除する」
無機質な声が響く。
同時に、衝撃。
エフィの脇腹を、刃が貫いていた。
月光に煌めく、銀の剣――
剣戟の音は、いつの間にか止んでいた。




