5-15:魔法無効化
目の前の人物は、全身に鎧を身に着けているとは思えない速度でエフィに迫った。風圧と共に振り下ろされた剣を、間に割り込んだアリステアが鞘で受け止める。
「どうして。邪魔をしないで」
鎧が、初めて言葉を発した。
バイザー越しのためにくぐもっているが、中性的で、感情のない声色だった。
鎧の人物はすぐに剣を引き、再びエフィに狙いをつける。まるで、その他の人間など眼中にないかのように。アリステアが再び、剣を受け止めた。どちらも、ひとつひとつの動作が速い。
「邪魔をするなら、貴方から止める」
度重なる強撃に、鞘が歪んだ。アリステアの眉間に皺が寄る。
鎧の人物はアリステアを標的と定め、攻撃を次々と仕掛けていく。刃をいなした彼が反撃に出ようとした瞬間――鎧は守りを捨て、エフィへと深く踏み込んだ。
「……っ!」
アリステアが短く息を吐く。
攻撃をやめ、割り込んでその一撃を阻止する。鎧はアリステアを無視し、またエフィへと踏み込む。
二度、三度。
鎧は繰り返し、エフィに剣を向け続ける。
鎧に隠され見えないはずの目線は、こちらだけを捉えている――そうとしか思えず、ぞくりと背筋が凍った。
「お前、何者だ!?」
ルーカスが叫び、アリステアに攻撃を続ける鎧に足払いをかける。鎧はその動きをわかっていたかのように後ろに引き、難なく回避。
改めてエフィを守るアリステアへと突っ込む鎧は、やはり動作に無駄がなく、速い。
「気をつけて! その鎧、近衛騎士のものだわ」
ナターシャが叫ぶ。
アリステアは鎧の一撃を、ほんの僅かに体を傾けることで避けた。仕込み杖の刃で、鎧の継ぎ目を狙う。
鎧の人物は体を捻った。角度が変わり、彼の一撃が分厚い鎧に弾かれる。返す一撃が、アリステアの左の肩口を浅く切り裂いた。
「あ……」
舞った赤を見て、ようやくエフィは目の前の光景に戻ってくることができた。
アリステアと鎧の人物が、舞うように応酬を続けている。身体能力は、恐らくほぼ互角。身を守る鎧がない分、アリステアの方が不利だ。
そう判断したエフィは、魔法銃を構えて鎧の人物を狙う。
(どこでもいい)
気を引くことができれば、アリステアの攻撃を通す隙を作ることができるはず。エフィは訳もなく震えそうになる指を叱咤し、引き金を引く。
狙いはバイザーの隙間。
光が矢のように飛び、真っ直ぐに敵に迫る。
狙い通りの場所に当たる寸前、どうしてか鎧の中の人物が、冷たく笑った気がした。
「え?」
目の前の光景が、信じられなかった。
エフィの放った光は、敵の目の前でふっと掻き消されるように消えた。まるで、最初から魔法など存在しなかったかのように――
鎧の人物はこちらの魔法に意識を傾けることすらせず、アリステアに向き合い続けている。
エフィはもう一発、光を撃つ。
今度の狙いは、剣を持つ手首。しかしやはり、当たらずに消えてしまう。唇を噛み、鎧を睨む。
「魔法が効かないのか?」
ルーカスが声をあげる。エフィは首を横に振った。
効かないのではなくて、正確には光の魔力は弾かれ、マナへと分解され、形を失っている。
それを、確かに見た。
(魔法無効化……)
故郷イーリスで研究されていたが、結局、実現しなかった魔法技術。
それを鎧の人物は、ごく自然に使いこなしている。
ただの人間じゃない――そう確信した。
「魔法は分解されるの。だからこの人には届かない」
「なら、物理で何とかするしかないってことだな!」
ルーカスが背後から鎧の人物に掴みかかる。
鎧は彼に即座に反応。振り向き様に、鎧に仕込んでいた短剣を放った。
刃は正確な軌道で宙を裂き、ルーカスの鼻先を掠める。その後方にいたエフィは、咄嗟に結界を生み出して防御。光に弾かれた短剣が絨毯に落下する。
鎧は視界から外れたはずのアリステアの一撃も、手甲で難なく弾いていた。
そのまま剣を突き出す。アリステアが屈んでその切っ先を躱すが、銀の刃が彼の髪紐に接触。本かの髪と共に髪紐が切断され、床に落ちる。
少し長い髪が、彼の背中にはらりと流れた。
「……!」
アリステアの表情が、変わる。
「は? 冗談きついぞ。近衛騎士ってのはこんな化け物ばかりなのか?」
「いえ、そんなことは……」
ナターシャは反論しかけた言葉を、途中で飲み込んだ。人間離れした身体能力を見せるこの人物は、紛れもなくここに存在している。
ルーカスとアリステアの攻撃も、エフィの魔法も通らない。進行方向に向かって右側に窓もないため、オズワルドの援護も期待できない。
エフィは魔法銃を構えつつ、アリステアと鎧の戦いに視線を走らせた。
(どうする? どうすれば……)
ここを打開する方法が見つからない。焦るエフィの腕で、ブレスレットが微かに震えた。
『エフィさん、聞こえる?』
「ミラ!」
留守番をしてくれているミラの声が、ブレスレットを通して聞こえてくる。
『事故の時間までもうあと少ししかない。大丈夫?』
ミラの声は、いつもより少し早口だった。
エフィはその問いに、すぐに答えられない。アリステアの剣と鎧の剣が激しくぶつかり、甲高い金属音が響く。通話の向こうで、ミラが息を止める音が聞こえた。
『エフィさん……』
「先に行って」
声を上げたのはアリステアだった。鎧の攻撃を受けながらも、その冷静な声は揺るがない。
「足止め程度なら、できるはずだから」
彼らしくない曖昧な言い方に、エフィは口を閉ざす。無駄と知りつつも、鎧に向けた銃を下ろせない。そんなエフィにルーカスが近付き、銃を握る手を掴んだ。
「アリスがそう言ってるんだ。やるぞ」
躊躇う時間は、なかった。
「わかった」
エフィの唇が震えながら言葉を紡いだ瞬間、ふとアリステアと視線が交わった。青い瞳が意味ありげに上を――天井で揺れるシャンデリアを捉える。
魔法銃を、握り直す。
エフィはルーカスに続いて機関室の方へと走り出しながら、魔法銃を上へと向けた。
迷いはない。アリステアは、意味のないことを指示したりしないから。
鎧がこちらの狙いに気付き、剣先をエフィの方へ翻す。
「もう遅い」
呟いたアリステアが鞘で剣を受け止めるのと、エフィが銃を撃ったのは同時だった。
光の矢がシャンデリアのガラスを割り、車内は一気に暗闇に包まれる。顔は見えないのに、鎧の人物がたじろいだ気がした。明らかに動きの鈍った相手に、アリステアの剣が迫る。
エフィはその一撃の結果を見ないと決めた。振り返ることなく機関室へと走る。
背後で、金属が奏でる音がやけに大きく響いた。




