5-14:運命の『遭遇』
彼の姿を認めた瞬間、エフィは光の結界を厚く張っていた。向こう側の景色さえ歪んで見えるような光の壁に、ドミニクと配下のヤードたちの弾が撃ち込まれる。
車内は硝煙の匂いに包まれた。
「やっぱりさっき、あのコンパートメントにいたんだな」
「……そうだよ」
ドミニクの問いに答えを返しながら、エフィはどう動くべきか迷っていた。
脱線事故までの時間的な猶予はあまりない。しかし彼を放置して進むのは、1両目にも配置されているであろう星府側の人員と挟み撃ちにされるリスクがある。
「これだけ噂になってるんだ、今回は大人しくしているんじゃないかと思ったが……なるほど、なかなか『聖女様』は破天荒でいらっしゃるようだ」
「それ、やめて。私は自分のしたいようにしてるだけ」
ドミニクの挑発に、エフィは努めて冷静に言い返す。彼の顔から、ふっと笑顔が消えた。
「なら、余計に質が悪いんじゃないか?」
撃ち込まれる弾を結界で受ける。二度、三度。
「お嬢さんは、自分の都合で世の中の秩序を乱してるってことだ」
「そうだとしても、見過ごせないの!」
言葉と、銃弾の応酬。
訓練の成果もあり、手指に痺れは伝わってくるが、光の結界はまだ壊れない。
とはいえ、ドミニクが一歩ずつこちらに近寄ってくるのを防ぐことはできなかった。
じり、とエフィは後退る。
「このままじゃまずい。先に行くしかないだろうな」
ルーカスが背後にある、1両目へと続く扉に視線を向ける。
「うん……」
そう返したが、彼は真っ直ぐにエフィだけを見ている。陽動のための魔法を撃ったところで、彼がこちらから注意を外すことはないだろう。
にらみ合いが続く。
こうやって時間を稼ぐことこそが、彼の狙いだというのに。
焦りで、魔法銃を持つ指が滑りそうになる。
「エフィ」
アリステアが囁くように名前を呼んだ。
「窓の外。彼がいる」
視線はドミニクに向けたまま、意識だけを窓の外へと向けた。暗闇の中で微かに、漆黒の自動車が走っているのが見える。
(オズワルドなら……きっと、この状況を見ている)
兄の鍵の時も、コンパートメントの時もそうだった。彼の行動には一切の無駄がない。じっと機を待ち、最小の動きで敵を制圧する――
エフィは息を吐いた。
オズワルドの射撃を、信じる。
そう決めた。
「行こう!」
言うが早いか、エフィは身を翻して1両目へと向かう。
ドミニクが動く。銃弾が雨のように結界に降り注ぎ、結界が崩れる。がら空きのエフィの背中に向けて、ドミニクの指が引き金を引く寸前――列車の外から、銃声が響いた。
月明かりに煌めく弾丸は、正確にドミニクの右手を撃ち抜いた。彼の手から銃がこぼれ落ちる。
ヤードのどよめきと、銃が床に落ちる音を背に、エフィたちは2両目を飛び出していた。不安定な足場を渡り、1両目のデッキへと移動する。エフィはドアが開かないように、光の結界を閂のように扉の外側に配置した。
(これで、とりあえずは大丈夫——あれ?)
その時ふと、マナの乱れを感じた。エフィは振り向き、1両目の内部へと続く扉を睨む。ぞわりと肌が粟立つような感覚に襲われた。
理由は、わからない。
「ありがとう。でも、ずっと魔法で封じるのは負担が大きいわよね」
ナターシャが2両目の扉を振り向きながら呟く。エフィも、意識を2両目の扉へと引き戻す。アリステアが顎に手を当てた。
「車両を切り離せば、追撃を防げる」
「おいアリス、簡単に言うなよ。普通は無理だぞ」
呆れたようにそう言いながらも、ルーカスは笑っていた。
「ま、やってみるか。この手の連結は、魔力回路でロックされてるはずだ。エフィ、ちょっと見てくれるか?」
「うん、任せて」
確かに、連結している部分から強い魔力を感じる。エフィはデッキに這いつくばるようにして、魔力の源を探る。大きく身を乗り出したエフィの体を、ルーカスが無言で支えてくれた。
「これかな」
幸い、魔力の源となっている魔石はすぐに見つかった。2両目のデッキ下にある。壊せば魔力が絶たれ、車両を切り離すことができるだろう。
エフィは魔法銃でそれを撃ち抜こうとするが、小刻みに揺れる上に風も強く、上手く狙いがつけられない。
標的に集中したその時、列車が揺れ、エフィはバランスを崩してしまう。線路に落ちかけたエフィを、ルーカスが力強く引き寄せてくれた。背中に硬い感触がぶつかる。
「危ねぇ!」
「ごめん、ありがとう」
「あー、もう、無茶するなよ。可愛い淑女に怪我をさせるわけにはいかないからな」
軽口と共に、はあっと、やけに大きなため息が聞こえた。迷惑をかけて申し訳ないと思いつつ、エフィはもう一度魔石を覗き込む。
自分の腕では、恐らくあれは撃てないだろう。
少し考え、エフィは魔法を使った。魔石を淡い光で包み、魔力を調整して光をちかちかと明滅させる。
(オズワルドなら……撃てるはず)
次の瞬間、銃声が夜の静寂を切り裂いた。正確に中央を貫かれた魔石は砕け散り、解き放たれた魔力がマナへと還っていく。
「なんだこれ。おい、エフィとあいつ、連携取れ過ぎないか?」
「ほんとね。エフィは私たちのエフィなのに……」
ルーカスとナターシャがぼやいた直後、車体が大きく揺れた。魔力で結び付いていた連結が一部、ガコンと音を立てて外れ、2両目との距離が僅かに広がる。
緩んだ接続に、更にオズワルドからの一撃が来る。連結部分は完全に破壊され、金属が軋む音と共に大きく車体が揺れた。
駆動力を失った2両目以降は急速に速度を落とし、取り残されていく。
これで1両目には誰も来られないし、客たちが乗る車両が事故に巻き込まれることはないはずだ。
「……行こう」
後方の憂いを取り除き、エフィは1両目のドアノブに手をかけた。
(あれ?)
なぜか、ドアノブにかけた手が動かない。もう一度ドアノブを握る。力は入る、なのにどうしてもノブを下げることができない。簡単にできるはずの動作なのに、どうして――
(動かしたく、ない……?)
時間がない。早く開けるべきだとわかっているのに、心がそれを拒絶している。そんな感覚に囚われ、動き出すことができない。最初に1両目から感じた奇妙な感覚も、まだ消えてくれない。
(この先に、何かがある……私にとって重要な、何かが)
そんな予感がした。
「エフィ?」
ナターシャに声をかけられ、我に返る。エフィは頭を振った。夜の空気が頬を撫でても、形容しがたい矛盾は消えてくれなかった。
「どうしてかな……開けられなくて……」
上手く説明することもできなかった。
「……代わる」
温度のない声と共にアリステアが進み出てくれたので、エフィは一歩後ろへと下がった。
「ごめん」
短く謝ると、扉に向かっていたアリステアがエフィを振り返った。
青い瞳の奥、微かに気遣うような温かさを感じる気がした。しかし見直した時にはもう、彼はこちらに背を向けていた。
アリステアが躊躇わずに扉を開け放つ。瞬間、エフィは凍りついた。
1両目は、要人専用と思われる特別車両になっている。豪華な内装と、ゆったりとしたシート。室内をあまねく照らすシャンデリア。
それらには全く目がいかない。
エフィの瞳はただ一点、中央にたったひとりで立つその存在に、奪われ続けていた。
その人物は白銀を基調に、光を思わせる黄金の縁取りが施されたプレートアーマーで全身を覆っていた。
ただ剣を持って立っているだけなのに、痺れるような威圧感を覚える。
バイザー付きの兜で顔を確認することもできないため、年齢も性別も不詳。それなのに、エフィはどこか奇妙な懐かしさと繋がりを感じていた。車内に満ちたマナが騒ぐ。
(私は、この人を知っている――)
そう、直感した。
動けずにいるエフィの前で、その人物は剣を振り上げた。シャンデリアの光が反射する。言葉を発しないまま、鎧の人物は床を蹴った。
真っ直ぐに、エフィの方へと。




