5-13:狙い
エフィはルーカス、アリステア、ナターシャと合流した後、列車に乗り込んだ。そのまま乗客のふりをして、4両目のコンパートメントに陣取る。
列車は窓が広く、景色が楽しめるようになっていた。しかし、乗り合わせた乗客たちは誰も彼もが押し黙り、列車の中は重く苦しい沈黙に包まれている。
「それでね、反予言派の構成員が後ろの車両で騒ぎを起こしてくれることになってるの。そこでヤードを引き付けている間に、私たちで先頭車両を目指す。オズワルドが、外から掩護射撃してくれるはずだよ」
エフィはオズワルドと打ち合わせした内容を、ルーカスたちに伝えた。列車内があまりにも静かなため、意識して声量を落とす。
「そうなると大事なのは、エフィとルーカスを先頭車両に確実に送り届けることね」
「俺はブレーキの修理、エフィは動力の制御だな」
ルーカスは工具セットが入った袋を軽く持ち上げた。
飛行船の時と同じく、この列車にも魔法文明の遺物が使われている。エフィがそれを制御できれば、事故の可能性はぐっと下げられるはずだ。
その時、車体に振動が走った。ゆっくりと、窓の外の景色が流れ始める。エフィはバランスを崩し、体が大きく揺れた。
「大丈夫?」
隣に座っているナターシャが、エフィが倒れ込まないように肩を支えてくれた。
「う、うん。でもなんか、変な感じ」
自分は全く動いていないのに、窓の外の夜景は高速で流れていく。視覚情報と体感が馬車以上にちぐはぐで、どうしても落ち着かない。
「ま、最初は変な感じがするよな。そのうち慣れるぞ」
ルーカスが笑った。窓の外を黙って眺めていたアリステアが、車内に視線を戻した。
「動き出した」
列車のことでないと、すぐにわかった。
お喋りをやめ、耳を澄ます。後方から怒鳴り声が聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、複数人が騒いでいるようだ。
ばん、と音を立てて、車両前方の扉が開く。
「反予言派め!」
10人ほどのヤードが前の車両から現れ、悪態をつきつつ後方へと走っていった。ヤードたちの一番後ろにドミニクの姿を認め、エフィは思わず膝の上で握り拳を作った。
ドミニクは足を止め、このコンパートメントに目を向けた。エフィは彼を睨み返す。視線は合わない。魔法で無人に見せかけているこのコンパートメントを、ドミニクはじっくりと見下ろし、それから銃を構えた。
エフィの向かい側、アリステアが音もなく立ち上がり、仕込み杖を抜く。
それきり、睨み合いが続いた。凍りついたように誰も動かない。
掌に汗が滲む。
ドミニクが銃の引き金にかける指に力を込めた、その時——停滞した時間を砕くように、外からひとつの銃声が響いた。
ドミニクの背後にある窓が派手に割れ、彼のすぐ横の壁に銃弾がめり込む。
冷酷無比な射撃。オズワルドだとエフィは確信した。
ドミニクがしゃがんで射線を切りながら、弾かれたように視線を外へと向ける。続けて銃声が鳴った。遠くから硝子が割れる音と、人々の悲鳴が聞こえてくる。
「面倒ごとを起こさないで欲しいもんだ」
やれやれと彼は頭を振って、銃を握り直すと低い姿勢で走り出す。行き先は後方車両。ドミニクが完全に車両から去ったことを確認してから、エフィたちはコンパートメントを出た。ようやく、息ができるようになる。
ルーカスが、半壊した窓から外を眺める。エフィもそちらを向くと、黒塗りの自動車が列車と並走するように走っているのが見えた。
後部座席で、見覚えのある金髪と銀の銃身が、微かな月明かりを反射して煌めいている。
「助けてくれた……のか?」
「多分。今のうちに行こう」
アリステアを先頭に、エフィたちは3両目との間にあるデッキへと出た。デッキに遮蔽物はなく、吹き付ける風や、レールの継ぎ目を走る時の音に直接晒されている。体を強張らせつつ、橋のように架けられた金属の板を渡り、次の車両へと移った。
アリステアが扉を開けると同時に、仕込み杖を抜いて中へと飛び込む。エフィも魔法銃を構え、彼に続いた。
「お前たちは……!」
中で待機していた3人のヤードが、エフィたちの姿を認めて銃を構えようと動き出す。
陽動が効いているのか、数は少ない。アリステアが狭い通路を難なく走り抜け、仕込み杖の柄でヤードを殴打した。続くルーカスも、迷いなく敵を昏倒させる。
相手は残り一人。向こうの銃声と同時に、エフィは魔法銃の引き金を引いていた。眩い光が一閃し、ヤードの体を後方へと吹き飛ばす。
彼から放たれた弾は、エフィとナターシャの間を通過した。微かな風圧を感じ、背筋が凍る。ナターシャが息を呑む音が聞こえた。
「大丈夫か?」
ルーカスが振り向き、声をかけてくれる。ナターシャは青い顔をしつつも、頷いた。
「ええ。いきましょう!」
呻く敵を放置して、エフィたちは素早く2両目へ。コンパートメントで遮られていた3、4両目とは違い、2両目は食堂車。空間が広く、遮蔽物がある。待機していたヤードの数は10人ほど。
銃を向ける彼らに対し、アリステアは正面から突っ込んでいく。エフィも魔法銃を構え、撃つ。ひとりが倒れた。その間にアリステアは2名のヤードを昏倒させている。
「エフィ伏せろ!」
ルーカスの忠告。エフィは座席の影にしゃがみこむ。頭上を銃弾が通りすぎた。慎重に、テーブルから顔を突き出して様子を確認する。
こちらに向いた銃口を認めて、再びエフィは身を隠す。放たれた鉛弾が、テーブルクロスに穴を開けた。
「女性に銃を向けるなよ! 危ないだろうが!」
ルーカスがスパナを思いっきり投げた。金属の塊は回転しながら真っ直ぐに飛び、ヤードの胸に直撃する。
衝撃で取り落とした銃を、アリステアが後方へと蹴り飛ばした。
「銃みたいに正確な投擲だね」
「そりゃどうも」
軽口を叩きながら、ルーカスとアリステアがヤードを手際よく気絶させていく。
その一方、ヤードたちは仲間が倒されようと、構わずエフィに銃を向け続ける。その姿に、強い違和感を覚えた。
「……エフィを狙ってるの? どういうこと?」
反対側のテーブルに隠れているナターシャが呟く。エフィは魔法銃に魔力を補填しながら、首を横に振る。
「わからない。でも、いつもと違うよね」
今までずっと、星府はエフィを捕らえようとしてきた。わざわざ『無傷で』などと添えて。それが今はどうだ。
「ヤードは迷いなくエフィを狙ってるわ。上が方針を変えて、エフィを狙うように命令を下しているのかしら……」
ナターシャが身を隠しつつ、憶測を口にする。
(……私が、予言を変えるから?)
そんなことは今に始まったことではないのに、なぜ今になって?
エフィは疑問を抱きながらも、再び銃を構え、撃つ。最後のひとりが魔法の光に吹き飛ばされ、車内は静かになった。
先ほどと同じく、エフィたちはヤードを無視して次の車両への扉に手をかける。
「……なんだか、順調すぎるわね」
ぽつりとナターシャが呟く。それと時を同じくして、2両目後方の扉が音を立てて開いた。はっと振り返る。
雪崩れ込む人影、その先頭にいるのは――
(ドミニク……!)
「やっぱり、この騒ぎの原因はお嬢さんたちか」
軽い口調とは裏腹に、ドミニクは迷いなく銃の引き金を引いた。




