5-12:ただのエフィ
夜だというのに、駅は人々でごった返していた。その賑やかさとは裏腹に、停泊している列車に乗り込む人々の表情はひどく暗い。動力がある先頭車両の周囲はヤードがぎっしりと詰めていて、近寄ることすらできそうもない。
ものものしい雰囲気の列車を眺めながら、エフィは人々に混ざって駅の中を歩き回っていた。
ルーカスから借りた帽子を目深に被り、さっと周囲に視線を走らせた。視界の隅に、見覚えのある金髪が入り込む。
(オズワルド)
心の中だけで名前を呟く。彼は周囲の様子を伺っているようだが、まだエフィには気付いていない。彼が誰かと話をしている。それを、じっと観察し続けた。
機会を伺うために。
オズワルドが背を向けた瞬間に、エフィは走り出す。魔法銃をホルスターから引き抜き、迷いなく彼の腰に当てた。引き金に掛けている指に、意識を集中させる。
「動かないで」
低く呟くと、オズワルドが小さく舌打ちをした。
「……聖女、何をしている? お前は事故を止めるためにここにいるんじゃないのか?」
「そうだよ。でも、あなたたちに賛同する訳じゃない。私は事故を見過ごせないだけ」
「一緒だろうが」
「全然違う。私は、星府のやり方に反抗したい訳じゃないから」
エフィが静かに告げると、オズワルドは僅かに身動ぐ。彼の周囲にいた者たち――恐らく反予言派が、ようやく異変に気付いたのか、こちらに鋭い視線を向ける。それをオズワルドは、首を振って制した。
「やめろ。俺は聖女と話をしたい。お前たちは邪魔が入らないよう、周囲を警戒していろ」
反予言派たちは唇を噛んだがすぐに首肯し、人混みに紛れて散っていく。兄の鍵を奪ったときもそうだった。オズワルドにはかなりの求心力がある。
エフィは魔法銃を握り直した。
「あの、まず聖女って言うのやめてくれる? 私は大それた存在じゃない。ただのエフィだよ」
「……エフィか」
オズワルドは名前を呟いて、にやっと笑った。
「予言を改編する偉大な魔女様が『ただの』とは恐れ入る」
皮肉たっぷりな言い回し。エフィの表情が歪む。苛立ちに任せて言い返しそうになるが、それでは相手の思う壺だ。一度、深く呼吸をする。
――焦りそうになったら、アリスを思い出すんだぞ。
ここにくる直前に、ルーカスがくれたアドバイスを思い出す。的確すぎる助言に、思わず笑いがこぼれた。確かにアリステアなら、こういう時に感情的に言い返したり、相手に乗せられたりしないだろう。
オズワルドが訝しげにこちらに視線を向けた。
「何を笑っている?」
「ちょっと思い出し笑いをしただけ。私は、貴方たちみたいに予言を全部否定したりはしない。ただ目の前にあることを見過ごせないだけ。この違いは理解して欲しい」
「それを言うためだけに来たのか? たったひとりで?」
「そうだよ。駅の中にはいるけど、ここで貴方と話しているのは私だけ。だって、これは私の我が儘だから」
周囲を見ても、いつもの皆の姿はない。心細くはあるが、こうして自分の覚悟を示さなければ、きっとオズワルドと渡り合うことはできない。
長い沈黙。人が行き交う駅の中で、エフィとオズワルドだけが身動きひとつせずに息を潜めていた。
「ただのエフィの我が儘、か」
雑踏の中だというのに、ぽつりと呟かれた声はエフィの耳にはっきりと届いた。
「ここでお前と話していても時間の無駄だということが、よくわかった」
その物言いに、エフィの背筋に緊張が走る。対するオズワルドは、不機嫌そうに両手を上げた。
「ただのエフィ、列車事故を止める手伝いをしろ。その代わり、俺たちはお前に手を出さない」
(なんか、すごく偉そうなんだけど……?)
顔が引きつりそうになりながらも、エフィは頷き、銃を下ろす。
「おい、警戒を解くんじゃない。俺の芝居だったらどうする」
オズワルドが振り向き、鋭い口調で指摘してくる。交渉相手にわざわざ忠告をくれるその律儀さに、エフィはまた笑いそうになってしまった。今度こそ顔に出さないように、精一杯表情筋を働かせる。
「心配してくれてるの? でも大丈夫。私は魔女だから、貴方に抵抗する方法はいくらでもあるし、いつだって撃てる」
余裕たっぷりに返す。半分くらいは口から出任せだが、オズワルドは神妙な顔で黙り込んだ。前回、前々回とエフィに逃げられ続きであることを思い出しているのかもしれない。
「それで、事故を止めるんだよね。貴方たちはどうするつもりでいるの?」
質問しつつも、オズワルドからは目を逸らさない。案外話せる相手だと感じたが、まだ信用することはできなかった。
「列車が走り出し、ヤードの増援を封印した後に動く手筈だ。先頭車両の機関室に侵入して、ブレーキを修理する。ただ、星府は魔女を警戒して前の3両を占領し、ヤードを配置しているぞ」
オズワルドが淀みなく答える。
「つまり、後の車両に乗り込んで、ヤードを制圧しながら先頭を目指せばいいってこと?」
「そうだ。何か問題があるか?」
「問題、というか……」
一瞬、言葉を濁した。考え込む。
兄の鍵を奪取した時、オズワルドは狙撃手を担当していたはずだ。建物の外からの正確な射撃に晒され続けたことを、忘れるのは難しい。当てるつもりはないが、迷いもない。そんな真っ直ぐな一撃だった。
「列車の中は狭いよね。オズワルドの射撃っていう強みは活かしにくい。違うかな」
エフィはそう指摘する。オズワルドが僅かに顔をしかめ、視線を逸らした。
(オズワルドの強みを生かす方法……何かないかな)
思考を巡らせつつ、エフィはオズワルドの腰を見た。正確には、銃のホルスターを確認した。あちこち擦りきれたそれは、使い込まれていることが伺える。
納められている銃、そのスコープ部分から、ほんの微かに魔力を感じた。
(光と……風の魔力)
衰えてはいるものの、その魔力は健在だ。精密な視野と風の無効化、それからオズワルド自身の技量が、あの夜の正確な射撃を生み出したのだろう。
「ねえ、外から列車の中を撃てないかな?」
オズワルドならできる。そんな確信と共に、エフィはそう提案した。
「は? 無茶言うな。列車がどれだけの速度で走ると思ってるんだ」
「無理とは言わないんだね?」
エフィは彼を覗き込むようにして、にっと笑う。オズワルドは一瞬硬直した後、盛大にため息をついた。
「わかった。列車の中のことはお前たちと『記されざる者』の精鋭に任せる。俺は自動車で列車と並走し、掩護射撃を行おう」
言いながら、オズワルドは右手で銃の形を作ってみせた。
「うん。頼りにしてる」
エフィが言うと、オズワルドはふん、と顔を背けた。




