5-11:私の道
「反予言派が、動き出しているの」
ルーカスの家に帰ってすぐ、エフィはそう切り出した。反予言派がエフィを『聖女』と勝手に祭り上げていることと、リーダーのオズワルドがエフィを拉致するために追いかけてきたこと。
話を終えても、最初は誰も口を開かなかった。蒸気機関の歯車の音だけが、空間に満ちる。
「……その列車事故って、どんな予言なの?」
はじめて声を出したのはミラだった。ルーカスが棚から数日分の新聞を引っ張り出してきて、順に広げて眺める。右から左へと流れていく彼の目線が、ふとある一点で止まった。
「これだな。ブレーキが壊れて、列車がカーブを曲がりきれずに脱線。沿線の建物に突っ込んで……」
ルーカスがちらっとミラを見た。
「大きな被害が出るらしい。起きるのは、5日後の夜だ」
曖昧な言葉で言う。エフィは身を乗り出すようにして、彼の手元の記事を確認した。
具体的な死傷者の数は、3桁に及んでいる。確かに、ミラにはあまり見せたくない。
エフィが息を呑んだのを見て、アリステアとナターシャの表情が強張る。
沈黙の中で、口を開いたのはミラだった。
「それ、止めたいと思うのは……良くないこと?」
ミラの問いに、エフィはすぐに答えることができなかった。言葉が喉に引っ掛かったようで、上手く出てこない。視線が新聞しかないテーブルの上を彷徨う。
「いや。少なくとも、悪いことではないだろ。俺はそう思う」
「……私は反対。危険すぎるし、これ以上目立ったら、星府はエフィを見逃せなくなるわ」
ナターシャがきっぱりと意見を言った。身を案じてくれる言葉に、エフィの胸がほんのりと温かくなる。
「それはそうだ。けど、そのために反予言派の人数ってヤツを利用させてもらうんだろ? もうエフィの存在は割れてるんだ、あいつらがエフィを守る戦力になってくれるなら、それに越したことはないだろ。話をデカくしないのは無理だぞ」
「……確かに、ルーカスの言うことは一理ある」
アリステアはいつも通り、無表情を崩さない。
「でもそれは、向こうにエフィをいいように使われることでもある。手放しには賛成できない」
「ま、それはあるよなあ……」
ルーカスが肩を落とした。そのまま、言葉を探すように唸る。ミラが黙ったまま、兄に寄り添った。
「難しい判断よね。……お茶でも淹れるわ」
「手伝う」
ナターシャとミラが席を立ち、キッチンへと向かった。ミラはいつも通りだが、ナターシャまで慣れた手つきで5つのカップを用意し、湯を沸かしている。少し前まで全く家事ができなかったのに。
(ルーカスとアリステアには、ナターシャさんを見習って欲しい)
結論が出ないリビングの空気は相変わらず重いが、そんな他愛ない考えが浮かんで、エフィの心は僅かに軽くなる。
ナターシャの後ろ姿をぼんやりと眺めていて、ふと、彼女の運命を変えたときのことを思い出した。
あの時のエフィも、彼女の運命を変えたいと思った。だから炎の中で、彼女に手を伸ばした。
ナターシャに差し出した自分の右手を握って、開く。答えは、そこにある気がした。
「お待たせ」
ナターシャが戻ってきて、ミラとふたりで全員の前に紅茶を並べてくれた。紅茶の香りと熱に、ふわりと感情が解けていく。
自分がしたいこと。そんなものは、最初から決まっていた。
「みんな。私の意見、聞いてくれる?」
引っ掛かりは完全に消えて、言葉が出るようになっていた。全員が、一斉にエフィを見る。
「私は、事故を止めたいと思う」
一息に言いきった。
「誰かの運命を勝手に書き換えるのは、よくないことかもしれない。それでも私は、わかっているなら止めたい。その結果、誰かを傷付けてしまうとしても。予言がない世界では、誰かに影響を与えずに生きていくなんてできないから」
「……エフィ」
ナターシャが名前を呼んだ。はじめて会った頃は自覚していなかったが、エフィの存在がナターシャに与えた影響はゼロじゃないと思っている。自室に置かれているオルゴールが、その証だった。
「反予言派のことはどうするつもり?」
アリステアから質問が飛ぶ。温かみも鋭さもない。きっと、頭から反対している訳ではないのだろう。
それがわかったから、エフィは表情を緩めた。
「あのね、私は彼らに協力してもいいと思ってる」
この場の全員をぐるりと見回した。
「もちろんテロだとか、そういうことは手伝えない。だけどオズワルド個人は、そんなに悪い人じゃないと思うの」
「それはお人好し過ぎ。あいつエフィに馬乗りになってただろ」
ルーカスの言葉がかつてない程に刺々しい。エフィは一瞬なんのことかわからなくて、目を瞬かせた。それから兄の鍵を強奪した時のことを思い出して、苦笑いを浮かべる。
「まあそうだけど、あの時は敵対してたから。少なくともオズワルドは、話ができない相手じゃない。交渉して、協力関係を結ぶことだってできるかもしれないよね?」
ルーカスはまだ納得いかなそうな顔をしていた。自称紳士としては、女性に無体を働く男を素直には受け入れにくいのかもしれない。
やがて、ルーカスが大きく息を吐いた。
「それは、そうだな。向こうの出方は、やってみなきゃわからない」
「うん。協力できるなら、その方がいい」
ルーカスの隣で、ミラも頷いていた。
「そうね……私も、できるなら事故を止めたいし、協力者が欲しいと思うわ」
そう言ったナターシャは、視線だけをアリステアの方へと向けた。
アリステアは何を考えているかわからない顔で、唇を引き結んでいた。少なくとも彼に一蹴されなくて、エフィは密かに胸を撫で下ろす。
(いつか、星府塔に行く時が来る)
そのためには、オズワルドの協力が必要不可欠だ。エフィはそう思っている。
今日、一番長い沈黙が訪れた。アリステアは髪紐に触れながら、思案するようにテーブルに視線を落とす。
彼の説得は難しかったかと、エフィが不安になり始めた頃――
「わかった」
アリステアが、小声でそう言った。沈黙していなかったら、聞こえないほどの声量だった。
「エフィに賛成する。ただし、反予言派が少しでもおかしな真似をしたら協力はしない」
アリステアの口調には、彼らへの警戒が滲んでいる。エフィは頷いた。
「うん、ありがとう。まずは、事故を止めることからだね」
エフィは微笑み、紅茶を飲み干してから席を立った。
(私は、私の道を自分で選びたい)
5日後の夜は、決して遠くない。




