5-8:目指す場所
『ティアは死んだ』。
そう言ったルーカスの言葉が、頭から離れない。
ひとしきり会話をして、彼は満足したのか出ていった。その後も、エフィは読書を再開する気にはなれなかった。本を適当に本棚へと戻し、ため息をつきながら、1階へと降りる。
エフィの家のリビングには、誰もいなかった。机に伏せるようにソファに身を預ける。いつもの静けさが、今日は妙に落ち着かない。
兄様と暮らしていた時もそうだった。両親のいない家は、ふたりで暮らすにはあまりにも広く、寂しくて——
(……?)
ふと、何かが心に引っかかった。エルシオンに来てからはほとんど思い出すこともなかった、両親のこと。
しかしそれは形になる前に、霧のように消えてしまった。思い出そうとしても、どうしても尻尾が掴めない。
頭を振って、気持ちを切り替える。2年前に亡くなった両親のことよりも、今はルーカスのことを考えたかった。
(ルーカスの矛盾……)
心の中で呟く。
彼が予言があって当たり前の世界で生きてきたことを、改めて痛感する。自分の常識を疑うこと、自分の常識にない判断基準を持つことは難しい。
エフィはこのエルシオンに来て、それを嫌と言うほど思い知っていた。ここはイーリスとは、まるで常識が違う。生活ひとつとっても、馴染むことはとても大変だった。
その常識の違いで、ルーカスは予言を疑えない。無意識のうちにティアが死んだと思い込んでいる。
それをもし指摘したら、きっと彼は——激しく自分を責めるだろう。失われた、という言葉の曖昧さが、ルーカスとエフィたちを隔てている。
(まだ本当にティアが生きてるかもわからない。本人に言えるわけ、ないよ……)
二度目のため息を噛み殺した時、ふと、客室の扉が目に入った。今はナターシャが使っている部屋だ。
(……ナターシャさんなら)
雲間から一筋の光が差したような気がした。エフィはぱっと立ち上がり、客室の扉を軽く叩く。
ナターシャはすぐに顔を見せてくれた。
「エフィ? どうかした?」
優しく落ち着いた声と雰囲気に、少しだけ心の揺れが鈍くなった。
「ナターシャさんは、星詠み士だったから予言のことに詳しい、ですよね?」
「ええ、まあ……。何か聞きたいことがあるの?」
「はい」
エフィが真っ直ぐに頷くと、ナターシャは柔らかな笑顔をさっと消した。
「わかったわ。外で話しましょうか。貴女、ひどい顔をしているわ」
ナターシャに指摘されて、エフィは自分の頬に手を当てた。そこはひやりと冷たかった。
エフィはナターシャと共に、裏口から家の外に出た。庭の片隅にあるベンチに並んで座る。魔法で創られた偽物とはいえ、吹きわたる風は心地いい。エフィは目を細めた。
「魔法は、すごいわよね。まるで本物みたいだもの」
ナターシャが何てことのない話を振ってくる。気を遣われている。その事実を噛み締めて、エフィは小さく笑ってみせた。
「こんなことまでできるのは、兄様くらいですよ。少なくとも私には無理です」
「そう? 私は、魔法が使えるというだけで十分すごいと思うのだけれど」
ナターシャが微笑む。場の空気は和らいだが、エフィは背筋を伸ばしていた。
覚悟を決めて、口を開く。
「詳しいことは言えないんですが、予言の本に記された内容が曖昧で解釈が分かれる、なんてことはありえるんですか?」
聞いた瞬間、彼女の表情が凍りついた。
予想外のリアクションに息を呑む。ナターシャが風で乱れた髪を手櫛で整え、耳にかける。その動作が、ひどくゆっくりに見えた。
「ありえない。賢者様が創った刻星機は、すべての事柄を正確に見通すわ。だからこそ、予言社会は続き、エフィが来るまで予言は破られなかったんだもの」
ナターシャはそう言い切った。しかし、
「……本来は、ね」
ナターシャの言葉は、尻すぼみになる。付け足された一言に、心にさざ波が生まれた。
「実はね、刻星機の耐用年数はとっくに過ぎているの。けれど私たちには直すことも、創り出すこともできない。あれは賢者様がたったひとりで創り上げた、魔法文明の遺産だから」
「なら、曖昧な予言を出力する可能性が、ある?」
恐る恐る口にする。ナターシャの深紅の瞳が、魔法で創られた空を見上げた。
「あるわ。大勢に影響するような大きな矛盾はないけれどね」
「……例えば、ある人の本で『失われた』と言われていた人が、実際は『行方不明』だったりとか、そういうことは?」
「そのくらいなら、当然あるわね。『もうその人の人生と関わらない』という点では矛盾しないもの」
それきり、ナターシャは黙ってしまった。その横顔から目を離し、エフィも彼女に倣って空を見る。星府塔も蒸気もないそこは、青く澄み渡っていた。
エフィはナターシャの言葉に、詰めていた息をこっそり吐き出した。
(ティアに何かあったことは確実だけど、生きている可能性は……きっとある)
それが、ルーカスに真正面から矛盾を突きつける形になったとしても。
エフィはただ、兄妹を再会させたかった。兄と会えない辛さを、誰よりも理解しているつもりだから。
苦しくて、ブラウスの胸元を握る。
「星府塔って、やっぱり警備は厳重ですよね」
エフィの何気ない言葉に、ナターシャは目を見開く。
「ちょっとエフィ、まさか乗り込むつもりじゃないわよね?」
「さすがに真正面からはいかないですよ! でも、いつかは行かなきゃいけないとは思っています。兄様の地図のことがあるから」
「エフィ……」
ナターシャが、眉尻を下げてこちらに視線を向ける。エフィは努めて、彼女の方を見ないようにした。
「貴女は、ちょっと頑張りすぎね」
彼女の手が伸びてきて、エフィの頭をそっと撫でる。温かな温度が、じわりと体中に広がった。
「何かあれば、相談して。私じゃなくて、ルーカスでも、アリステアでもいいから。ひとりで背負い込むのだけはしないでね」
「……はい」
エフィは短く答えて、目を閉じた。
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活動報告にも書きましたが、エフィの恋愛if小説を連載開始しました。完全パラレルな世界で、ルーカス、アリステアそれぞれと恋人になるまでのお話を書いていく予定です。
ご興味あればこちらもよろしくお願いします。
魔女エフィの初恋 -ただひとりの相手に溺愛されて、少女の幸福は花開く-
https://ncode.syosetu.com/n1318mo/
本編の恋愛も応援していただけると嬉しいです。




