表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/103

5-7:矛盾


 部屋の空気は、澱のように淀んでいる。身動きひとつできない沈黙の中、エフィはただルーカスを見つめた。


「そんなに身構えないでくれ。もう4年も前のことだし、秘密の話って訳でもない。ミラも、アリスも知ってる」


 彼の顔には、まだ僅かに笑顔が残っていた。しかし、いつもと違ってぎこちない。エフィの胸が詰まった。慎重に吐いた息が、震えているのを自覚する。


「はじまりは……ティアの言葉だった。あいつが、『もうすぐ兄さんとお別れだね』って言い出したんだ。それではじめて、俺は自分の予言の本を確認した。そこには『双子が行方不明になり、ティアは二度と戻らない』と記されていた」


 告げられた言葉の重みに、エフィは目を伏せる。


「妹を守りたくて、俺はふたりを部屋に閉じ込めた。その上で、ふたりが出ていかないように部屋の前で見張ったんだ。ふたりを部屋から出さなければ『行方不明』にはならないと、楽観的に考えてた。……予言を変えたやつなんて、この世界にはいなかったのにな」

 

「ルーカス……」

 

 語るルーカスは、いつの間にか拳を握りしめていた。強く握りすぎて、指先は白くなっている。今にも皮膚を突き破りそうなほど。


「痛くない?」


 エフィは手を伸ばして、握られた指をやんわりと解いた。解放された彼の手が、所在なさげに宙を彷徨う。


「……悪い」


 エフィはなにも言わず、僅かに表情を緩めることで返事をする。開け放たれたままの窓から、ゆるく風が吹くのを感じた。


「エフィならわかるだろ。そんなに簡単に予言は破れない。……家に星詠み士が来て、俺は拘束された。その間に、双子は奴らに連れていかれた。解放されてから、慌てて街中を探し回った。星府は当然門前払いだし、手掛かりはどこにもなかった。何日もかけてエルシオン中を探して、結局見つからなかったんだ。予言通りに」


 ルーカスが吐き捨てるように付け足す。


「俺は一度、家に戻った。そうしたら、家の前にミラと、アリスがいた」


「アリステアが?」


 意外な名前に、エフィは思わず口を挟んでしまった。以前、妹の死を止めようと奔走する中で出会ったと言っていたのは、このことだったのかと納得する。


「おう。で、俺は咄嗟にアリスを殴っちまったんだ」


「ええ? なんで?」


 エフィが突っ込むと、ルーカスが苦笑いを浮かべる。いつもの空気に近い。そのことを感じ取って、エフィの心も緩んだ。彼には、笑顔が似合う。

 

「だって見慣れない男が、行方不明の妹を抱いて立ってるんだぞ? こいつが予言の元凶で、ミラを取り戻さなきゃいけないと思ったんだ」


「わかるような、わからないような……?」


「あの時は、頭に血が登ってたんだ」


 ルーカスが当時を思い出したのか、遠い目をしている。


「で、アリスをぼこぼこにしてミラを取り戻してから、あいつが言ったんだよ。『君は予言を確認しないのか?』って。その場で本を開いたら、確かに『医師アリステアと出会う。その後、ミラと再会する』と書かれてた。アリスはただ、星府塔の前に倒れていたミラを見つけて、予言通りに家まで連れてきてくれただけだったんだ」


「なるほど……」


 色々な話が、エフィの中で繋がった。確かにアリステアも、前にルーカスとの出会いは彼の『やらかし』がきっかけだったと言っていた。

 確かに、『ルーカスにぼこぼこに殴られたことが出会いのきっかけ』とはとても言いにくいだろう。あの時のアリステアの笑みを思い出して、エフィもつられて笑ってしまう。


「ミラが目を覚ましてから、何があったかを聞いた。ふたりは星府の何かの実験台に選ばれて、星府塔に連れていかれたらしい。実験台にティアが志願したから、ミラは解放されたとその時知った」


 その話は、既にミラから聞いていたものと一致している。エフィは顔に出ないように真剣な表情を保ちながら、静かに頷いた。 


「それから俺は、ティアを取り返すために星府塔に乗り込んだ」


「乗り込んだの!? ひとりで?」


 衝撃の発言にエフィが目を丸くする。ルーカスが頷いて、言いにくそうに唸りながら後頭部を掻いた。


「……まあ、そうだ。結果的には失敗して、アリスに迷惑かけちまっただけだったが。本には『ティアは失われ、再会は叶わない。星府塔への襲撃に失敗し、逸脱者として追われることになる』と書かれていて……予言通りにするのは癪だったが、ティアが死んだなんて納得できなくて、俺は星府への反抗を繰り返すようになった。それで、エフィと出会ったんだったな」


「……え?」


 エフィの唇から、疑問がこぼれた。ルーカスが不思議そうにこちらを見る。


(ティアが、死んだ?)


 ルーカスが告げた言葉の一節に、エフィの中で急速に疑問と違和感が膨らんでいく。


(だって、失われた、なんだよ? ミラが持っていたティアの本にも――)


 飛行船の上でミラが見せてくれた本の内容は、昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。『ティアは失われた』と書かれていたが、ルーカスの本と同様に死んだとは書かれていなかった。

 何より、ティアの本は白紙ではなく、続きがあった。


 その記述からも、ティアは死んでいない。エフィはそう思っている。それに誰も彼女の死を確認していないのだから、生きている可能性はある。


(なのに、どうして死んだと言いきれるの?)


 エフィは固まったまま、目の前の男を見ていた。知らない人を前にしたかのような、そんな感覚が全身を包む。


「エフィ?」


 ルーカスがじっとこちらを見つめ返す。エフィは強張った表情を取り繕おうとして、しかしどんな顔をしていいかわからなかった。


(ルーカスは)


 鳥肌が立った。彼の顔を見られなくて、目線が自然と下に落ちた。白紙になったルーカスの本が視界にちらつく。彼は今でも、それを所持し続けている。


(自分の予言を、まるっきり信じてる……んだ)


 予言に抗いながらも、本を確認するようになった。そこに記されたティアの運命を、一切疑わない。


(なんで?)


 一瞬そう思って、すぐに打ち消す。


(ちがう……予言を信じるなんて、当たり前なんだ。ここでは)


 生まれたときから予言と共にある暮らし。それがどんなものなのか、エフィは今ようやくその一端を理解できた気がした。

 エフィにとって魔法を使うことが当たり前のように、ルーカスにとっては、本の記載が正しいことは当たり前。いちいち疑ったりしない。自分の常識を疑うことはり、ひどく難しいから。


 その事実が、エフィの胸に深く刺さる。


(ティアのこと、言えない。言えるわけないよ……)


 彼は予言を信じているし、予言に抗う。その矛盾、自身の歪みには気付けていない。言ったらきっと、今の空気は失われてしまう。

 抱えた秘密がひどく重い。空気を求めて、エフィは喘いだ。


「ごめん、キツい話だったか」


「……うん。ちょっとだけ。でも大丈夫だよ」


 エフィはルーカスの優しさに乗ることにした。嘘ではない。でも、彼に対する心苦しさが消えてくれない。


「話してくれて、ありがとう」


 あえて微笑む。ルーカスはあからさまにほっとした顔をしていた。


(……これで、いい)


 自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。




 エフィとルーカスは他愛ない話を続けたが、エフィはあまり話に集中できなかった。


(ティアは、死んだ……)


 その一節が、どうしても頭から離れてくれなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うわぁ。謎の多い展開(・_・)!どゆこと!どゆこと!! ミラを抱えた知らない男をボコしちゃうルーカス。 だいぶ錯乱状態だったんだろうな…。 それで今の関係を築けてるんだから、アリスに感謝だね、ルーカス…
アリスとの初対面時、ルーカスはボコボコにしたんですね!?アリスには悪いけどちょっと笑ってしまいました。でもその殴られることは予言には書かれていない…んですかね。それともわかってて殴られるしかなかったの…
なるほど、予定調和の枠の中で逆らったところで所詮は予定調和は超えられない。だからルーカスは失敗すると。 エフィみたいに枠の外から眺める視点がないと無理。 ちょっと意外な事実でしたが、言われてみればその…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ