5-6:双子の片割れ
あれから数日。
朝、ミラに代わって寝起きの悪いルーカスを起こしに行く機会があったりして、彼とふたりになるチャンスは何度もあった。
しかし、そのたびにルーカスは笑顔でエフィに声をかけてくるから、どうしても聞けなかった。
もうひとりの妹の話は、きっと彼にとって辛い思い出だ。踏み込んで、彼の日常を壊したくない――そんな思いから、ルーカスとの会話にも消極的になってしまう。顔を合わせないよう、自室にいることが増えた。
そんな浅慮は――
「エフィ、いるか?」
ノックと共に聞こえてきたルーカスの声に、あっさり崩された。自室の窓辺で風に当たりながら読書をしていたエフィは、ぎくりと肩を揺らす。
兄の魔道書を置いて、躊躇いがちに扉を開ける。
そこには当然、ルーカスが立っていた。
「ちょっと話そうぜ」
あまりにもいつも通りにそう言うものだから、エフィはどう答えるべきか躊躇ってしまう。こちらの反応に、ルーカスがわかりやすく表情を曇らせた。
「……悪い、エフィが嫌ならいいんだ」
そう言うが早いかくるりと背を向けたルーカスの手を、咄嗟に掴んで引き留める。
「ごめん、違うの。そうじゃなくて、私もルーカスに話したいことがある。でも、言いにくくて避けちゃってた。ごめんなさい」
エフィの言葉に、彼はあからさまに肩の力を抜いた。こちらに向き直って、表情を緩める。
「なんだ。俺はてっきり、何かやらかして避けられてるのかと思ったぞ」
「そんなことないよ!」
想定よりも大きな声が出て、自分のことなのに目を丸くした。ルーカスと同時に笑い合う。
「ごめん。良ければ、入って」
エフィはルーカスを部屋へと招き入れた。そういえば、自分の部屋に兄以外の誰かが入るのははじめてだ。散らかっていないか、視線を巡らせて確認してしまう。
「へえ、いい部屋だな」
「あんまり見ないで……」
エフィが言うと、ルーカスはまた笑った。
「お、写真、飾ってくれてるんだな」
彼は目ざとく、ドレッサーの上に置いてあった写真立てに手を伸ばした。先日、5人で撮ったカラー写真だ。あの後ルーカスが現像してくれて、1人1枚配られていた。
「うん。いい写真だから」
自分がおしゃれしている写真と思うと少し気恥ずかしいが、何よりみんなで写っていることが嬉しい。だからこうして、目に入るところに飾ってあった。
「わかる。俺も部屋に飾ってあるんだ」
そう言いながら、彼はドレッサーに写真立てを戻した。
エフィは部屋の片隅で置物と化していた、兄が使っていた椅子を引っ張り出す。木製のなんの変哲もない椅子なのに、彼は興味深そうに眺めるばかりで、座ろうとはしない。
「これ、兄さんの椅子? 魔法で改造されてたりとかしないか?」
「さすがにしないよ」
エフィが否定すると、ルーカスは大人しく椅子に座る。
(……兄様が空を飛ぶ椅子を作ろうとしていたのは、内緒にしよう)
そう、心に誓った。
椅子を改造する発想といい、本当にルーカスは兄と似ている。だからエフィは、肩の力を抜くことができた。さっきまで座っていた自分の椅子に、すとんと腰掛ける。
「……あのね」
ゆっくりと口を開いた。言葉を選ぶ準備は、なにもしていない。どう切り出すべきかわからない。視線を自分の膝へと落とした。
黙り続けるエフィを、ルーカスはなにも言わずに待ってくれた。
沈黙の後、意を決して顔を上げる。
「ティアって、どんな子だった?」
その名前に、ルーカスが目を瞬かせた。彼の表情から意識が逸らせない。彼が少しでも不快そうな素振りを見せたら、すぐに話を切り上げるつもりだった。
しかし、エフィの予想に反して、彼は穏やかに微笑んでみせる。
「今のミラに似てるぞ。ませてて、口が減らなくて、俺と一緒に機械をいじるのが好きだった」
過去形で語られる思い出。だけどそれは、ルーカスにとって決して不快なものではない――それが、表情と口振りから伝わってくる。
「今の、ってことは、ミラは昔は今みたいな感じじゃなかったの?」
「そうだな。一番下だったからかな、甘えたがりで、いつも俺にくっついてた」
「……想像できない」
エフィが素直な感想を溢すと、「だろ?」とルーカスは声を抑えて笑ってみせた。
「あいつら双子なのに、好みが結構違っててさ。お揃いで物を買うと怒られるんだ」
ルーカスが語る双子の姿は、夢の中の冷たい声とはまるで印象が違う。それを確かめて、エフィはようやく表情を緩めることができた。
(あれは……ティアじゃないはず。ただミラと似ていただけ)
そもそも、ただの夢だ。エフィは気持ちを切り替えるように、一度深呼吸をする。
「エフィはなんで突然ティアの話を聞きたがるんだ? ミラから何か聞いたのか?」
「あ、うん、そんな感じ」
エフィは曖昧に誤魔化した。飛行船でミラと話した『ティア生存の可能性』については、約束通りルーカスに言うつもりはなかった。
(いずれ星府塔に行けば、わかることだから)
そう心の中だけで呟く。体全体が重みを増した気がした。
「エフィ? もしかして、体調でも悪いのか?」
ルーカスが顔を覗き込んでくる。そんなに顔色が悪かっただろうか。黙って首を横に振る。
偶然なんてきっと、歯車のように規則正しいこの街には存在しない。まるでエフィが星府塔に呼ばれているかのように、全ては繋がっている――そんな確信に近い思いを、胸の奥に仕舞い込む。
「ううん、大丈夫」
「ならさ、俺もエフィに知っておいて欲しい話があるんだ」
ルーカスはそこで一度、言葉を切った。無意識だろうか、彼の手が、腰のブックホルスターに触れる。
部屋の空気が切り替わる。
「ティアが死んだ時のこと」
そう告げたルーカスの顔から、表情が抜け落ちていった。




