5-4:次の約束
エフィはナターシャに続いて店に入る前に、ちらりと後ろを振り向いた。
婦人服の店だからか、ルーカスとアリステアは店の中には入らず、その場で立ち止まったままだった。ふたりは周囲に視線を走らせている。警戒してくれているのかもしれない。
店内には買い物をしている客が何人もいた。いつ魔女だと言われるかわからない。彼らの様子が気になって、服を見るどころではなく、チラチラとそちらを気にしてしまう。
「ねえ、エフィはどんなのが好き?」
そんな空気をナターシャが切り替えてくれた。問われて、エフィは一瞬言葉に詰まる。
「ええと、今まであんまりこういうことをしてなくて……」
「なら、私が考えてみるわ。……エフィは髪が銀に近いから、服は鮮やかな色が似合うと思うのよ」
ナターシャは呟きながら、手近にあった一着のスカートを手に取る。アイスブルーのそれをエフィの体に当てながら、ナターシャがじっくりと顔と服とを見比べる。真剣な眼差しだった。
「青系は大人っぽく見えるけど、エフィにはまだ早いかしら。赤系の方が似合いそう。あとはレースも外せないわ」
言うが早いかナターシャはエフィから離れ、店内を巡る。こんな風に楽しげなナターシャははじめて見た。
エフィもつられるように店内を歩きだす。最初は恐る恐る、しかし次第にその歩調は軽やかになっていった。
(色んな服があって、見ているだけでも楽しい)
色とりどりの服が溢れる中で、エフィが意識を向けたのは壁際に置かれていた人形だった。人形はフィッシュテールのスカートを穿いている。
故郷イーリスでは人形に服を着せて展示するなんて贅沢、貴族のドレスくらいしか行われていなかった。エルシオンの豊かな文化に驚きつつも、エフィの視線はスカートに釘付けになる。
(赤系で、レースがついていて……)
ナターシャの発言とぴたりと一致する。心が沸き立つような、不思議な気持ちを覚えた。目が離せない。
「エフィ?」
店内を一周してきたらしいナターシャが、立ち止まったままのエフィに声をかけた。こちらと目の前のスカートを見比べて、微笑む。
「それがいいの?」
「う、うん。……だめでしょうか?」
「いいえ。エフィが好きだと思うものが一番よ」
ナターシャが微笑んでくれて、エフィはほっと息を吐いた。
「私はね、これが良いと思ったの」
そう言って彼女が手渡してきたのは、金属製の髪飾りだった。
「……合わせてみる? 帽子を外すことになるけれど」
ナターシャの声に、緊張の色が混ざる。店内で談笑する人々の声が、一際大きくなった気がした。
エフィは頷き、おもむろに帽子を脱いだ。プラチナブロンドの髪に、ナターシャが髪飾りを当てて確かめる。エフィは鏡ではなく、周囲に目を走らせる。誰も、こちれには目を向けることすらしない。
知らず知らずのうちに強張っていた肩から、ふわっと力が抜ける。ようやくエフィは鏡を見ることができた。
「髪飾り、かわいいですね」
「ええ。これも買って、あとはブラウスも買わないとね。めいっぱいお洒落して、ふたりに見せつけてやりましょ?」
ナターシャが微笑む。
(なんで、見せつける必要があるの……!?)
エフィは心の中で突っ込みながらも、それが嫌じゃないと感じている自分に気付き始めていた。
(そんなの必要ない。はず、なのに)
自分の気持ちが、理屈で説明できなかった。
スカートに合うブラウスを探し始めたエフィの目に、深い紺色のワンピースが飛び込んできた。マーメイドラインですっきりとしたシルエットが、ひどく魅力的に見えた。
(ナターシャさんに似合いそう……)
自分が着ると、きっと衣装に着られている感が出てしまう。でも長身で大人っぽいナターシャなら着こなせる気がした。
もちろんお洒落に疎い自分の審美眼には自信がない。それでも、せっかく一緒に来ているのだから、彼女になにかを返したかった。
「ナターシャさん」
思わず、隣の列にいたナターシャを呼び止めてしまう。
「どうしたの?」
彼女は嫌な顔ひとつせず、こちらに来てくれた。エフィはおずおずと展示されているワンピースを指で示す。
「これ、ナターシャさんに似合いそうだなと思ったんですけど……」
彼女が目を丸くしたので、語尾が小さく萎んでしまう。一拍置いて、その表情が柔らかく緩む。俯いたエフィの肩に、ナターシャの手がそっと乗った。
「とても素敵ね。ありがとう。試着してみてもいいかしら?」
「は、はい!」
今度は逆に声が大きくなってしまう。何人かの客がエフィを見た。
「……その、私も見てみたいです」
口を押さえて声量を落とすと、彼女らは興味を失ったように自分の買い物に戻っていく。
「ふたりでこういうことをするのも、楽しいわね。デートみたいで」
そう言ったナターシャの顔は、ほんのりと赤く染まって見えた。
「また来ましょう。今度は、ミラも一緒に」
「あ……」
その言葉が、エフィの胸に強く刻まれる。
エルシオンは予言に管理されていて、エフィは追われている。兄の手がかりも集めなくてはならないし、今の状況は平穏な日常には程遠い。
それでも、みんなで過ごす日々がもう少し続けばいい――そう思った。
「はい!」
願いを込めて、エフィはしっかりと頷いてみせた。




