5-3:変わらない街
家から一歩出ると、蒸気を含んだエルシオン特有の風が吹き付けてきた。ルーカスの帽子が飛ばされないよう、手で軽く押さえる。
風の勢いに飛行船でのことを思い出して、ほんの一瞬、身が竦んだ。それでも足は止めない。
ルーカスの家がある郊外はいつもと変わらないように見えた。出歩く人は穏やかな様子で、なにかを探すような素振りの者はいない。ただ、新聞を持ち歩いている人を見かけるとつい、注目してしまう。
「あんまり変わったって気はしないかも」
エフィが隣を歩くナターシャに囁きかける。ナターシャは目立たないよう、視線だけを周囲にさっと走らせた。
「そうね……」
そのまま、街の中心部へと足を向ける。
今日、新聞には何の予言も記されていなかった。だからヤードが出動しているような事態もなく、街はいつも通りの喧騒に包まれている。
大通りを歩き出してから、エフィはふと、路地へと顔を向けた。一歩入ったところで、ひそひそと話をしている人たちがいる。小声な上、エフィは歩みを止めるわけにいかないため、正確に彼らの会話は聞き取れなかった。
「魔女の……懸賞金が……」
そんな単語だけが漏れ聞こえてくる。エフィは無表情を作ったまま、足早に通り過ぎた。ルーカスから帽子を借りてよかったと、改めて思う。
「噂には、なってるよなぁ」
帽子のつばの向こうから、ルーカスの声が降ってきた。アリステアはなにも言わず、周囲を警戒するように視線を向けている。
「でも、空気はそうそう変わらないわ」
ナターシャの言葉に、エフィは改めて周囲を眺めた。道行く大半の人は、帽子で顔を隠した女のことなど気にも留めない。
エフィはふと、通りの一角に目を向けた。
歩道の隅に、アイスクリームの販売ワゴンが停まっていた。子供たちがそこに群がり、アイスを購入して去っていく。
ミラ、ナターシャと出掛けた時のことが、とても昔のことのように感じた。
エフィは一度帽子の位置を直してから、ワゴンに近付いていった。
「4つ、頂いてもいいですか?」
緊張からか、やや声が上擦る。店主は間近でエフィの顔を見たが、特に不審がる様子はなく、注文通りにアイスを作りはじめてくれる。その姿を、ただ無言で見守った。
アイスを受け取って、エフィたちはワゴンから少し距離を取る。
甘さの中に香るバニラの風味は、前回出掛けた時、アイスを嬉しそうに食べていたミラの表情を思い出させた。
「……ミラには、悪いことしちゃったかも」
罪悪感からか、この前食べたものよりもおいしくない気がした。
「そうね。今度は連れてきてあげましょう」
「そんなに気を遣わなくてもいいぞ。いちいち狡いって言うような子供じゃないんだし」
ルーカスが笑った。
「それより、案外バレないもんだな」
彼はちらりとワゴンに視線を向ける。店主はこちらを気にする素振りもなく、黙々と仕事を続けているようだった。
「……予言にないことはしない。そういう生き方は、そうそう変えられるものじゃない」
アリステアが独り言のように呟く。そこに何らかの熱を感じて、エフィはアリステアを見た。しかし彼はもう、口を開かなかった。
「新聞にはエフィの顔写真も容姿の説明もなかったし、星府は本気で捕まえる気、あるのか?」
「そこ、私も気になったわ。何となくだけれど、魔女を捕らえるって姿勢だけ、見せてる気がするのよ」
ナターシャが考え込むように顎に手を当てる。しかし結論は出なかったのか、首をゆるゆると横に振った。
「それより、せっかく街に出たんだもの。この前の約束を果たしてもいいわよね?」
ナターシャは満面の笑みを浮かべた。エフィは本能的に身を引こうとしたが、その前に腕をナターシャに掴まれる。
「服を買いに行って、お洒落するって言ったでしょう?」
「それは、言いましたけど……」
(な、なんだかニュアンスが違うような……?)
ナターシャはよそ行きの笑顔を浮かべていた。いつもと違う様子の彼女に、エフィは思わず、ルーカスとアリステアの方に目を向けてしまう。
「へぇ、いいじゃん。エフィは元々可愛いけど、淑女は着飾るともっと素敵になるからな」
ルーカスがにっと笑いながら言った。一瞬、何を言われたのか理解できず、エフィは固まる。それから、一歩後ろに下がった。
「ちょ、ちょっと! やめてくれる……!」
普段なら余裕で流せるはずのその一言。しかし今はなぜか真に受けてしまいそうで、エフィは顔を下に向ける。
ルーカスがニヤニヤしている一方で、アリステアは無表情のまま、何の反応も示さなかった。
エフィは一度深呼吸をして、覚悟を決める。
「わ、わかった。約束したから。行くよ」
その言葉が、まるで自分から『お洒落したい』と言っているようにも思えて、頬が熱を持つ。
「ふふ、楽しみね」
楽しげなナターシャに連れられて、エフィは手近な婦人服の店に入ることになった――




