4-13:エフィという歯車
※冒頭のみナターシャ視点です
「兄さんとアリステアさん、大丈夫かな」
ぽつりとミラが呟いた。周囲の様子を伺っていたナターシャは、ゆっくりと視線をミラへと戻す。
「ふたりのことだもの、きっと大丈夫」
ナターシャはそう言ってミラの不安を和らげつつも、内心違うことを考えていた。
(エフィの魔法が、大勢に露呈してしまったわね……)
それがどうエルシオンに響くか、ナターシャには予測しきれない。
表通りを行き交う人々の喧騒が心をざわつかせてくる。ナターシャはそっと自分の胸を押さえた。鼓動は、少し速い。
(船に乗っていた人々はエフィに好意的だったけど、今後もそうとは限らない……)
ナターシャは瞳を眠り続けるエフィへと向けた。まだ年若い彼女は、いつも仲間を――ナターシャたちを身を張って守ろうとしてくれる。
短い付き合いだけれど、それに応えたいと思った。
「ねえ、ミラ。一緒に、エフィを守りましょう」
「……うん!」
ミラは明るく言って、笑顔を見せてくれた。
*
残るヤードは、あとふたり。傷は痛むが、致命傷にはほど遠い。アリステアが仕込み杖を握り直したところで、ルーカスと一瞬だけ視線が交わる。
「俺も忘れるなよ」
叫びながらルーカスは3人目を狙い、突っ込んでいく。振り下ろされた刃を持ち前の身体能力で回避し、そのまま懐に入り込む。ルーカスの拳が鳩尾を正確に突いて、ヤードをあっさりと気絶させた。
その体がくずおれるのを見届ける前に、アリステアは最後のヤードへと向かっていた。
彼は剣では不利だと判断したのか、ホルスターから銃を引き抜こうとしていた。加速し、一気に距離を詰める。震える彼の手がホルスターに触れるよりも先に、仕込み杖の切っ先をヤードの首筋に当てた。
ヤードがびくりと体を揺らす。僅かに仕込み杖が食い込み、赤い線が生まれる。
「武器を捨てて。貴方たちの死に場所はここじゃない」
低い声で告げる。ヤードは青ざめ、すぐに銃と剣をホルスターごとルーカスに預けた。アリステアはゆっくりと仕込み杖を引き、鞘に戻す。
「行って」
言葉が響くのと同時に、従順な兵士のようにヤードたちは一目散に逃げ出した。気絶しているひとりを、引きずるようにして連れていく。
彼らの足音が完全に去ってから、ルーカスは息を吐いた。
「アリス、助かった。ところでエフィはどうした?」
「ミラたちにお願いしてきた。戻ろう」
ルーカスを伴い、来た道を戻る。先ほど斬られたところが痛み、僅かに顔をしかめる。確認すると、少量の出血が続いていた。動くのには問題ない。
エフィだったら放置したりはしないのだろうと思いながら、袖を赤く濡らしたまま歩く。
「ドミニクみたいなのがいなくて助かった。あれがいたら、まず逃げ切るなんて無理だからな」
「……そうだね。その場合はルーカスを見捨てて、僕はエフィたちを連れて帰っていた」
「薄情者!」
口ではそう言いながらも、ルーカスは笑顔だった。
「ま、アリスが優先順位を間違えるわけないよな」
無条件の信頼。少しだけ、肩が重くなった気がした。
行きよりも長い時間をかけて、ミラたちのところへとたどり着いた。こちらの姿を見た瞬間、座り込んでいたミラがぱっと立ち上がり、笑顔を見せかけてすぐに唇を引き結ぶ。
「兄さん、無茶しすぎ」
「悪い。みんな無事なんだから許してくれ」
ルーカスがミラの頭をごしごしと撫でる。彼女は満更でも無さそうな表情で、それを黙って受け入れていた。
「エフィはまだ目覚めていないわ」
ナターシャも立ち上がり、ルーカスに声をかける。彼女はエフィのすぐ横にいる。眠り続ける彼女を見守っていたのだろうか。
「経験則だと、1日くらいは寝てるだろうな。追っ手は追い払ったし、増援が来ないうちに帰るぞ」
ルーカスが言いながら、エフィを軽々と抱き上げる。ミラがすぐその隣に並んだ。
そんな光景を、アリステアは少し離れたところから見つめる。自分は、あの輪の中には入れないだろう。
無意識のうちに、髪紐に手を伸ばしていた。
街に溢れる蒸気に混ぜるように、軽く息を吐く。
「行こう」
アリステアは先陣を切って歩き出す。少し離れた後ろから、三つの足音がついてくる。
人混みに紛れた方が逃げやすい。そう判断して、すぐに大通りへと出た。いつもガヤガヤと騒がしい街だが、今日は一段と足を止め、お喋りに興じている市民が多い。
「飛行船の事故、誰も死ななかったって」
「予言が外れた?」
そんな噂話があちこちで飛び交っている。中にはあの野次馬に混ざっていた者もいるようで、川に不時着した時の様子が詳細に語られていた。
「魔女の魔法のせいらしいぞ」
「魔女って、星府が捕まえようとしてる子よね?」
エフィの存在も、例外ではない。背後の3人の空気が張り詰める瞬間を、アリステアは確かに感じた。
「ねえ」
ぽつりと、街の人々には聞こえない程度の音量でミラが呟く。
「わたしたち、もしかして……大変なことをしちゃったのかな」
その言葉に、すぐに返せる者は誰もいなかった。人々の声とは対照的に、アリステアたちは黙り込んだまま歩みだけを進める。
「でも、そうじゃなかったらミラたちは死んでただろ? 俺は、ミラやエフィがしたことは間違ってなかったと思うぞ」
「……うん」
ミラが長考の後、小さな声で言う。
ルーカスの言うことは正しい。だが、予言を変えることができる存在が世間に露呈してしまったのも、紛れもない事実だった。
(……もう、運命は動き出してしまった)
エフィという歯車がどれだけエルシオンに影響を与えるかはわからない。それでも動き出した流れはもう、止めることはできないだろう。
(君は、どう動く?)
アリステアは後ろを振り返る。エフィは何も知らないまま、あどけない寝顔を晒していた。
4章 完




