4-11:強行突破
アリステアの予想は、外れた。
人々は何も言わずに俯く。アリステアから鞄を受け取った乗組員が、重傷と思われる人の元に駆け寄って手当てをしている。
ヤードは剣を下ろさない。その威圧感に耐えかねたのか、口を開こうとした者もいた。しかしその隣に立っていた者に腕を引かれ、引き留められている。中には口を塞がれている者もいた。
エフィを売ろうとする人よりも、守ろうとする人の方が多い。絶対視されていた予言に対する姿勢が、変わり始めている。
それを知って、思わず微笑みが浮かんだ。
(これが、エフィが変えたもの……なのかな)
アリステアは、足早にルーカスたちの元へと戻った。治療をするふりをして、エフィとルーカスの前に跪く。
「良かった。みんな、エフィを守ろうとしてくれているのね」
ナターシャが周囲を見て、声を震わせている。
「そりゃそうだよ。エフィさんはみんなを守ったんだもん」
「すごいよな、エフィは」
ルーカスが呟いて、エフィの顔にかかる前髪を指先で払ってやっていた。
「もう、『可愛いお嬢さん』なんて呼べないな……」
エフィの耳元で、ルーカスが囁く。誰にも聞こえないように言ったつもりなのだろうが、間近にいたアリステアには聞こえてしまった。
一瞬だけ目を細める。
しかし何も言わず、ルーカスの腕の中で眠るエフィに視線を落とした。
大破した船が、ヤードが歩き回った振動で揺れる。そのことに、忘れかけていた現実に引き戻された。
「……だけど、まだ安全じゃない。一時的に危機を乗り切っただけ」
アリステアの言葉に、僅かに緩んでいた面々の表情に緊張が走った。
視線を向ければ、ヤードは言葉通り、軽傷な者から順に聞き取りをしているのが目に入る。人々は誰もこちらを見ようとしない。
「あれがこっちに来るのは、時間の問題だな……」
「エフィがいれば、魔法で解決できたかもしれないけれど、今は私たちだけで切り抜けるしかないわ」
ナターシャの瞳は、不安げに揺れていた。その隣で、ミラがルーカスの服の裾をきゅっと握った。
「……兄さん、わたし――」
「お前が原因か!」
ミラの声を、ヤードの怒声が遮った。ヤードのひとりが、乗組員の制服を来た男の胸ぐらを掴んでいる。男が苦しげにもがく。ミラが息を呑んだ。
「あの人、さっきの操縦士だよ……」
ヤードは完全に標的を操縦士に切り替えたのか、全員で彼を取り囲んでいる。
「違います!」
「なら、誰が飛行船を不時着させたというんだ!」
「それは……」
操縦士は口をつぐむ。ヤードの雰囲気が剣呑なものに変わる。刃を見せびらかすように、角度を変えながら操縦士の首筋に当てる。
「星府に逆らうつもりか」
操縦士がぎゅっと目を閉じる。こういう時、エフィだったらどうするだろうと、アリステアは冷静に考えを巡らせる――
「アリス」
名前を呼ばれた。言葉を発する間もなく、柔らかいものが押し付けられる。アリステアの腕の中に収まったのは、意識のないエフィだった。その表情は穏やかで、ただ眠っているだけにも見える。
顔を上げた。ルーカスはただにっと笑ってミラの頭を撫でる。
(ルーカスは、いつもそうだ)
アリステアの想像など軽々と飛び越えて、次へと走っていってしまう。託されたものの重みを感じて、腕に力が入る。
「エフィたちのこと、頼んだぞ」
ルーカスが立ち上がる。ヤードの死角になるような位置から、彼らに向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。追いかけて飛び出しそうになったミラを、ナターシャが無言で引き留めた。
「兄さん……!」
ミラの小さな声を受けながら、ルーカスは堂々とヤードの目の前に立った。
「おいおい、一般人に絡むのはやめてやれよ」
芝居がかった調子で、ルーカスがヤードに声をかける。苛立たしげに振り向いたヤードが、ルーカスの容姿を見て一瞬、言葉を失う。
「この飛行船を操縦してたのは俺だ。いいだろ? 一回くらい操縦してみたかったんだよ」
ルーカスは言うが早いか、だっと踵を返して走り出す。
「逸脱者ルーカス!?」
ヤードのうちのひとりが、名前を叫んだ。
「魔女の手下め!」
「え、手下? 俺そういう扱いなの? 手下より仲間がいいんだけどな」
ルーカスは笑った。ヤードたちは操縦士を解放し、ルーカスを追いかけ始める。
船縁の上に軽々と乗り、そこから勢いをつけて桟橋へと飛び移った。野次馬の間をすり抜けるようにして、あっという間に人混みの中へと姿を消す。
ヤードが4人、同じように飛行船を降り、ルーカスを追いかけていく。ヤードは混乱している野次馬たちを突き飛ばしながら進もうとするが、そんなことでは当然ルーカスには追い付けない。
彼なら、ひとりで彼らから逃げ回れるだろう。
根拠もなく、そう信じた。
残ったひとりは、唯一の退路であるその桟橋に誰も近付けさせないように、その場で待機し人々を睥睨する。
(愚かだな)
人々が、ヤード――星府に逆らわないと盲信していることが透けて見える態度に、アリステアは冷ややかな視線を向けた。
エフィを抱え上げる。思ったよりも軽い。彼女の指が僅かに動き、アリステアの服を掴んだ。
「行こう。強行突破する」
「えっ!?」
硬直しているミラとナターシャを置き去りにして、アリステアは走り出した。甲板を強く踏み、加速。見張りのヤードへと迫る。
こちらに気付いたヤードが、エフィに目を留めた。
「まさか、魔女か!?」
ヤードは慌てて剣を構えようとする。
「……遅い」
呟きながら、右肩で強引にヤードに体当たりを喰らわせる。バランスを崩したヤードは船縁を乗り越えて川へと落下。派手に水飛沫を上げながら、水面でもがいている。
追い付いてきたミラたちが、なんとも言えない目をアリステアに向けた。
「わー……、アリステアさんって、もっと優雅に戦う人だと思ってた」
「使える手段は全部使う。それだけだよ」
船縁を乗り越えて、桟橋へと降り立つ。
「ま、魔女……」
エフィを見て野次馬がざわめく。アリステアが僅かに顎を上げて彼らを睨むと、気迫に押されたように人波が割れて、道が開く。
「……怖いわね」
「聞こえてる」
アリステアは平坦な声で返した。ミラとナターシャが桟橋へと移動してくるのを待ってから、走り出そうとして――
「待ってくれ」
墜落した飛行船から声がかかる。
振り向くと、例の操縦士を含む何人かが、船縁近くに集まってきていた。
「その……ありがとうと、彼女に伝えておいてくれないか」
「貴女がいてくれて、良かった」
彼らの言葉は、真っ直ぐだった。どう答えるべきか、アリステアは迷う。
エフィの顔に視線を落とす。彼女ならば、どう答えるだろうか。思考に沈んだのは、一瞬だけ。
「わかった。必ず伝える」
そう言って、少しだけ表情を和らげた。




