4-10:アリステアの戦い
※アリステア視点です
アリステアは息を吐いて、不時着した飛行船を眺めた。
船首部分は無惨に大破していた。バランスを欠いた状態で水面に浮かんでいる飛行船に、川岸から飛び降りるようにして乗り込む。
人々が倒れ伏し、呻いている。見たところ、軽くない怪我を負った者もいるようだ。彼らが持つ本は、淡く光を放っていた。ルーカスやナターシャの時と同じ。
(予言は破られた)
アリステアは素早く上を見上げる。
上空からこちらを睥睨するように、星府の飛行船が浮かんでいる。その影を見つめながら目を細めた。
(今のは、威嚇射撃か)
当てるつもりの一発ではなかった。恐怖を煽り、水上の船から人を逃がさないための手段。水面に落とされた一発以降、頭上の飛行船は沈黙を続けているのがその証拠だ。
狙いは恐らく、墜落の予言を書き換えた者――エフィだ。星府は魔女を捕らえようとしている。この機会を逃すはずはない。
「これ、使って下さい」
よろよろと起き上がった乗組員の制服を着た男に、アリステアは持ってきた鞄を押し付けた。中身は包帯などの医薬品だ。
一応、町医者を名乗る以上、携帯しておけとエフィに言われていたものだった。
(エフィなら、きっとこうする)
心の中だけで呟いてから、状況を確認するために歩き出す。アリステアよりも足が速いルーカスが、この飛行船に先行しているはずだ。
道中でナターシャの姿を見かけた。彼女もあちこちぶつけてはいるようだったが、少なくとも自分の足で立つことができている。
「無事?」
声をかける。ナターシャはアリステアの姿を見て、力なく笑った。
飛行船の中央付近では、ルーカスが気絶しているらしいエフィを抱き上げていた。すぐ側に、五体満足なミラの姿もある。
それを見て、少しだけ肩の力が抜ける。
「ルーカス」
名前を呼びながら、アリステアはぼろぼろの甲板の上を慎重に進み、ルーカスに近寄る。
「来たな。エフィは無事だ」
抱かれているエフィは爆発に巻き込まれたのか、顔は煤け、綺麗に編み込んでいた髪は解けかけている。
その姿を認めて、アリステアは視線を逸らした。
「ここから撤退すべきだと思う。星府の狙いはエフィだ。すぐに地上部隊が来る」
ルーカスが不気味な駆動音を撒き散らす飛行船を見上げた。
「だな。しかし、ここの人たちはどうする?」
「……予言から外れた存在とはいえ、何かされる可能性は低いんじゃないかしら」
ナターシャが近寄ってきて、周囲を見回す。川岸には、野次馬と思われる多くの民衆が集まってきて、こちらを見下ろしていた。
「飛行船は、予言通りに『墜落』したけど、乗っていた人は生きている。……派手な事故で目撃者も大勢いるもの、予言が一部外れたことを隠蔽することはできないわ」
「エフィさんが乗ってたって、星府は知ってるの?」
「ま、調べに来るだろ。こんなに派手に予言を破ったんだから」
ルーカスが上空の飛行船を睨んだ。
「じゃあ、すぐにエフィを連れて逃げれば……」
「それは出来ない。……来るよ」
アリステアが淡々と言うのと同時に、川岸に5名のヤードが現れる。アリステアたちと同じように、飛び降りてこちらの飛行船へと乗り込んできた。
彼らは降り立つと同時に、腰から剣を抜いて構えた。銀色に煌めく刃に、人々は身を竦ませる。
「誰がこの船を操縦していた!? この船には魔女、もしくはその手先がいるはずだ! 素直に名乗り出ろ!」
ヤードが威圧的な声を出す。誰も、何も言わない。ルーカスがエフィの体を強く抱え、ナターシャが自然な動きで彼の前に立つ。ヤードから、エフィの姿は完全に見えなくなる。
(でも、エフィのことが露見するのは時間の問題だ)
彼らはこの船をくまなく調べるだろう。その前に戦うか、逃げるか、行動を決めなければならない。
(彼らの運命を狂わせない程度に強行突破するのは、さすがに厳しい)
多勢に無勢な上、増援が現れる可能性もある。アリステアはその選択肢を早々に放棄した。
短い思考時間の後、アリステアは息を吐いて、つかつかとヤードとの距離を詰める。念のため、いつでも抜けるように仕込み杖を右手に持つ。
「やめてもらえませんか」
こちらの声を聞いて、ヤードが侮蔑するような眼差しを向けてくる。
「なんだ貴様は!」
その言葉に、最初の賭けに勝ったことを知った。
彼らがアリステアの顔を『ルーカスと共にいた男』だと認識していたら、この場で戦闘になるところだった。
「ただの町医者です」
「星府の方針に逆らうつもりか!?」
「いいえ。ですが、この場には多くの怪我人がいます。命に関わる怪我だってある。彼らの治療を優先すべきでしょう」
アリステアは手を広げ、周囲で見守る人々を示す。
「それとも、予言通りに死ななかった彼らに、今すぐ死ねと言いますか?」
声を張り上げ、川岸の野次馬にも声を届ける。衆目の中でそんな行動をすれば星府の評判を下げかねないし、そもそも予言にないことをヤードはしたがらない。それは組織の性質としてよく知っている。
だから彼らは手荒な真似はしないだろうと、アリステアには確信があった。
(でも、これは賭けだ)
仕込み杖を意識して握り直す。
問題はヤードではなく、この場にいる――エフィの魔法を見たであろう飛行船の客たちだ。彼らが保身のためにエフィを差し出せば、アリステアの目算は崩れる。
(黙っている可能性は低いだろう)
冷静に、そう推測していた。客たちにはエフィを助ける理由がない。他人を売り、自分たちが助かるなら、迷わずそうするだろう。
以前のアリステアなら、間違いなくそうしていたから。星府に従うことが正しい選択だと、教えられてきたから。
永遠のように長い時間が、流れていく。
「ならば、勝手に治療でもなんでもすればいい。我々は軽傷な者から話を聞かせてもらう。何者も、下船は許可しない」
「……それで、十分です」
人々は、何も言わなかった。




