4-8:わたしが死んだら
ずっと、人前では魔法を使わないように意識してきた。
エフィは星府に追われる身の上。余計な騒ぎを起こしたくなかったし、魔法を使う必要がないようルーカスたちがカバーしてくれていたのもある。
しかし、躊躇う余裕はなかった。魔力はエフィの思いに応え、放たれる。
ミラの足元に光の壁が生まれ、彼女の体を受け止めた。周囲の人々のざわめきが増す。
(やっちゃった……)
人々の視線がエフィとミラに集中するのがわかる。悲鳴が、訝しげな声へと置き換わっていく。しかし、後悔はしていなかった。結界を階段のように展開して、ミラの動線を作る。
「エフィさん、ありがとう。でも……」
隣まで上がってきたミラが、きょろきょろと周囲の人々を見た。
「大丈夫。どうせ後でバレちゃうんだし、もう引き返せないから」
そう笑って、また操縦席へと視線を戻す。彼は顔を引きつらせて、こちらを見ていた。
「魔女……」
騒音の中で、震える声が聞こえる。エフィは真っ直ぐに操縦士と目を合わせ、笑ってみせた。
「そうだよ?」
エフィは続けて魔法を使う。光の粒子が集まって半透明な階段となり、操縦席までの道を創り上げる。ふたりで、はそこを迷いなく駆け上がった。操縦士が身をいっぱいに引く。
周囲の視線がエフィに集中している。
「このままだと、みんな死んじゃうよ。それを防ぐためにちゃんと操縦して欲しい」
だから、あえて声を張り上げた。ざわめきが波のように広がる。操縦士は、生気のない目でエフィを見た。
「予言に逆らうなんて、できるわけないだろう……。第一、俺が操縦したとしても動力がない」
「私が魔力を供給してみる。それならいいでしょ?」
「ダメだ!」
彼の声が鋭く響く。語気は強いのに、その声は震えている。
「星府に逆らう魔女め。お前の甘言になど惑わされてたまるか!」
拒絶するその瞳に浮かんでいるのは、怒りでも諦めでもなく――ただ、怯えだけだった。エフィが一歩、近付く。彼の表情が歪む。
「星府から、通達が出ている。逸脱者――魔女が、世の理を乱しているのだと。彼女を捕らえ、女王に捧げなければ安寧は訪れないと!」
「っ!」
その言葉に、目を見開いた。星府がエフィを追っていることはナターシャから聞いていたが、星府関係者のみでなく、既に一般人にも知られた情報だったことを初めて知った。
人々の視線が突き刺さる。エフィは足を止めた。スカートの布地を、皺が寄るくらい強く握りしめる。
(……無理だ)
それを、悟ってしまう。
周囲の人々に目を向ける。彼らはさっと顔を背けた。まるで、エフィと視線が合うのを避けるように。
彼らにとっては、予言が従うべきものであるのに対して、エフィとその魔法は異物なのだ。それが、彼らの表情からはっきりと伝わってくる。
そして星府が「魔女を捕らえろ」と命じているのなら、それに従わない理由はない。
「エフィさん……」
エフィの顔色が変わったことに気付き、ミラが手を軽く握ってくれた。
それと同時に強風が吹き、飛行船が大きく傾く。エフィはミラと身を寄せ合った。木が折れるようなバキッという音が聞こえてきて、身を竦ませる。
(このままじゃ……)
誰かが飛行船から転がり落ちてしまうのも、時間の問題のように思えた。吹き付ける風の中で、エフィは動力である蒸気機関を見上げた。
もう、あまり時間はない。息を吐いて、時を待つ。
風が弱まったところで、エフィはミラの手を強引に振りほどいた。
「エフィさんっ!」
ミラの叫び声を置き去りにして、エフィは飛び出す。光の階段を伸ばし、蒸気機関へと一気に駆け抜けた。
動力となる蒸気機関には様々な配管が繋がっていたが、どれもぴくりとも動かないし、蒸気も吐き出していない。歯車で構成された機械の中央部分に、深紅の魔石が埋め込まれていた。
エフィはそれに手を沿わせ、魔力を流し込む。魔力が戻り、宝石のようなそれは淡く光を放ち始めた。それと同時に、飛行船の揺れと傾きが僅かに和らぐ。
(……っ)
一気に力を持っていかれるような感覚。ぐらりと崩れ落ちそうになり、配管を掴んで踏みとどまった。エフィは奥歯を噛み締めながら、魔力を流し続ける。長くは保たないことは、理解していた。
(それでも、私はミラたちを守りたいの――!)
もし、ルーカスたちが言うようにエフィの魔法に予言を変える力があるのなら、ここで倒れる訳にはいかない。魔法の出力を上げる。魔力を秘めた兄のブレスレットがなければ、とっくに倒れていたかもしれない。
「魔女……」
操縦士が呟く。そちらを振り向く余裕はない。
「ねえ、エフィさんを助けて!!」
「それは……」
ミラと操縦士の声が、壁一枚を隔てたように遠くに聞こえる。ふわふわとして、感覚が鈍い。
「このままだと、みんな死んじゃうんだよ!」
ミラの悲痛な叫びが、空にこだました。誰も、何も返事をしない。悲鳴さえも消えた世界で、彼女だけが言葉を紡ぎ続ける。
「予言だから死ぬなんて、おかしいって思わないの?」
操縦士が目を逸らす。ミラの言葉さえも途切れ、あとはただ、落ちるのを待つばかり――
「……あたし」
気まずい沈黙を破ったのは、幼い少女の声だった。母親らしき女性に抱えられている彼女は、瞳に溢れるほどの涙を貯めながら、ミラを見ていた。
「死にたくないよ……」
母親がぎょっとして、少女の口を塞ごうとする。少女は暴れるようにもがいて、抵抗した。
「わたしも、死にたくない」
ミラが少女に向けて微笑む。
「……死にたくないし、わたしが死んだら悲しむ人がいるから。だから、死ねない」
操縦士が、息を呑んだ。




