4-7:一緒に
アリステアの言葉が、上手く頭に入ってこなかった。飛行船の揺れはますます酷くなり、傾きも少しずつ大きくなっていく。
ミラが小さな体で必死に船縁にしがみついていた。ナターシャは身動きすら取れず、ただひたすら耐えている。人々の悲鳴が響き、船体が軋む不気味な音と混ざり合う。
このままだと、みんな死んでしまう。予言じゃなくともそんな実感が這い上がってきて、心が大きく揺れる。
(……どうしよう、どうすれば……)
そう思うのに、空の上という状況が思考を鈍らせる。揺れをやり過ごしながら、何かないかと周囲を見回した。
『エフィ』
名前を呼ぶ声が鼓膜をくすぐった。
いつもは淡々としているアリステアの声。しかし、今に限っては感情という熱を持っているように聞こえた。
『君が一緒に行こうと言ってくれたこと、僕は忘れてないから』
その言葉は小さいのに、周囲の喧騒に負けず、はっきりとエフィへと届いた。息を呑む。ミラが不思議そうにこちらを見上げる。
全身が熱い。触れる代わりに、微かな光を放つブレスレットへと意識を傾けた。
(そうだ)
エフィは深呼吸をして、気持ちを切り替える。
「……私は、こんなところで死ねない」
彼に聞こえるように、はっきりと呟く。通信の向こう――音は聞こえないが、アリステアが笑ったような気がした。このエルシオンで出会ったみんなの顔が、それから兄の顔が、順に浮かぶ。
(必ず、星府塔にたどり着かなきゃいけない)
エフィは顔を上げ、揺るぎなく鎮座している星府塔を睨んだ。
『必ず君のもとへ行く。だから、無茶だけはしないで』
「それ、アリステアにだけは言われたくない」
冗談ぽく返して、小さく笑った。大丈夫。まだいける。
エフィは気持ちを切り替えた。
「ルーカス。飛行船はどうして墜落するか、わかる?」
『新聞には動力の異常が原因と書いてあるな』
ルーカスの言葉に、エフィははっとして例の蒸気機関を見た。先程は確かに魔力を放っていたそれから、今はほとんど魔力を感じない。飛行船のあちこちに配置されていた羽が、今は動きを止めている。
『動力を失うと、推進力と揚力が得られなくなって……あー、つまり舵が取れなくなって風に流される。そして少しずつ高度が下がっていくんだ』
「動力って、魔力なんだよね?」
『ミラから聞いたのか? 魔法文明時代のを使ってるから、経年劣化していてもおかしくない。危険性はずっと前から指摘されてはいたが……』
ルーカスは言葉を濁す。ミラが言っていた通り、恐らく技術発展や研究のために、安全は二の次にされていたのだろう。
予言で落ちるとわかっていても、止めもしない。そんな星府の在り方に、今更ながら唇を噛んだ。
「なら、私が魔力を供給すれば何とかなるかな?」
『……かなり危険だと思う。巨大な飛行船を支えるほどの魔力を使うのは、大きな負担になる。それはわかってる?』
アリステアが冷静に指摘する。こんな状況でも焦りも何も感じさせない態度が頼もしくて、エフィは小さく笑った。
「でも、やらなきゃ私もみんなも死んじゃうんでしょ? だから、やるよ」
『……わかった』
『動力を失っても、浮力自体はガスがあるからすぐには失われないはずだ。慌てなくても大丈夫だ』
ルーカスの声が聞こえた直後、強風が吹いて船体が大きく揺れる。目を閉じ、船縁を掴む手に力を籠めて、今までで一番大きな揺れを耐えきる。
相変わらず甲板は傾きっぱなしだ。それでも、ルーカスの言葉通りなら――すぐには墜落しないはず。
「うん! タイミングを見て、やってみる」
『頼んだぞ。無茶はするなよ。俺たちもそっちに向かうから』
彼の言葉を最後に、通信は途切れた。向かうと言ってくれたが、ここは空の上。ふたりの力は期待できない。
「あのね、落ち着いて聞いて」
エフィは今ふたりから聞いたことを、隠さずにミラへと伝える。
「エフィさん……」
話を聞き終えたミラが、名前を呼ぶ。その瞳は、不安げに揺れていた。
「一緒にやろう。それで、一緒にティアを助けるの」
エフィの言葉に、彼女は目を見開く。一瞬の沈黙。それから、花が咲くように笑ってくれた。
「うん……うん!」
「私はあの蒸気機関のところまで行ってみる。機械のことはわからないから、ミラが教えてくれる?」
「……そのことなんだけど」
ミラが言いにくそうに、一度言葉を途切れさせた。
「もしエフィさんの魔力であの機械が復活したとしても……たぶん、それだけじゃ足りない」
「足りない?」
「この飛行船を安定させて、無事に着陸させる必要がある」
ミラは操縦士へと目を向けた。彼は操縦しようとする素振りすら見せず、顔を強張らせてただ、そこにいるだけ。
――ここで墜落死するのが、予言だから。
エフィの頭に、そんな言葉が過る。視界の端に、ナターシャの姿が見える。彼女へと手を伸ばした時のように、あの操縦士に予言に抗わせなければいけない。
ぎゅっと手を握った。
床の傾斜が酷く、また船体の揺れも大きいため、普通に歩いて行くことは難しいだろう。
「ミラ、動けそう? あの人のところへ一緒に行こう」
「わかった」
風が収まったタイミングで、エフィとミラは急な坂道のようになった甲板を這うようにして進む。エフィが柱を掴んで一息ついた時、船体が大きく横に揺れた。
「きゃ……」
ミラの悲鳴。振り向くと、彼女がバランスを崩し、船首の方へと滑り落ちていくところだった。ミラと目が合う。その光景が、ひどくゆっくりと感じられる。
「ミラ!」
エフィは考える間もなく、魔法を発動させた。




