4-6:ミラの過去、ティアの想い
ミラの双子の姉――ティアが生きているかもしれない。
その言葉は、エフィの心を大きく揺さぶった。
「それ、ルーカスは知ってるの……?」
唇から漏れたのは、疑問だった。聞きはしたが、すぐにその答えを自分で既に持っていたことに気付く。
初めて出会った時、ルーカスは妹の死がきっかけで予言に抗うようになったと言っていた。
つまり、ルーカスは知らない。
ぞくりと背筋が冷たくなる。ミラはこちらを振り返らない。
「兄さんには言わないで」
その一言に、自分の推測が正解だったと悟った。ルーカスですら知らないことを自分が暴いてもいいものか、エフィは悩む。
(ルーカス……)
彼は本気で妹を愛している。そう長いとは言えない付き合いの中でも、はっきりとそれに気付いていた。その彼に、ティアのことを隠すというのは、とてもじゃないが気が乗らない。
迷いながら、口を開く。瞬間、ミラの背中が微かに震えていることに気が付いた。
(……ティアのことで、一番辛いのは……ミラだ)
そのミラが、エフィには話そうとしてくれた。その心を、無為にはしたくなかった。
(ルーカス……ごめんね)
意を決して、彼に心の中で謝罪をしてから、エフィはミラに一歩近付く。
「あのね、言わないよ。約束する。……ティアが生きているって、本当なの?」
ミラの手が動く。予言の本に今度こそ触れて、おもむろに帯から外す。分厚い予言の本を胸に抱えるようにして、彼女はエフィの方を向いた。
「本当かは、わからない。これを見て」
ミラがおずおずと本を渡してくる。それを受け取り、じっくりと眺めた。深紅の表紙に金の縁取りがされている立派な意匠の本だ。
エフィがページを開こうとしても、ミラは何も言わなかった。一拍置いてから、本の適当なページを開いた。
以前見せてもらったルーカスのものと同様に、ページには文字――予言が記されている。
ティアは、役割を全うする。
その一言が、ページに何度も何度も繰り返し記載されている。エフィは息を呑み、次のページを捲る。
次も、その次も、内容はすべて一緒だった。念入りにチェックしてみたが、結局本が終わりになるまで、その一文が繰り返し綴られていた。
ティアは、からで始まる文章。それはつまり――
「……ねえ、これってもしかして、ティアの予言の本なんじゃない?」
恐る恐る、一番気になっていたことを質問した。飛行船が駆動する低い音が、やけに大きく聞こえる気がした。
ミラは暗い顔で俯き、それからこくりと頷く。
「これで、ティアが死んでないって考えたんだ」
ミラは本を吊るしていたベルトの端を握った。
「……うん」
長い沈黙の後、ミラはぽつりと言葉をこぼす。
「わたしとティアは生まれる前から一緒。だから運命も一緒なんじゃないかって、そんな下らないことを信じてた。だからね、本を……交換したの。まだ、字も読めない頃だった」
「ミラ……」
エフィはミラの肩に、そっと手を置いた。彼女の気持ちを完璧に理解することはできないが、想像することはできる。
きっと、ミラとティアはお互いをもうひとりの自分だと思っていたのではないか。そう、感じた。
「その後で、ティアはいなくなった」
「いなくなった?」
ミラはエフィが持っていた予言の本に手を伸ばした。慣れた手でページを戻し、今からちょうど4年ほど前の日付が記された一節を指差す。
9月29の日
ティアとミラは星詠み士と共に、星府塔へと向かう。ティアは双子の妹を守るために、自ら実験台へと志願する。その結果、『ティア』はこの世から失われる。
失われる。
死んだとも、存在の変質とも受け取れる。その言葉の曖昧さに、背筋がぞわりとした。
「わたしは眠らされて、気付いたら……星府塔の外に追い出されてた」
ミラは何度も瞬きを繰り返す。本を一度抱きしめてから、たどたどしい手つきで、腰へと戻した。
「死んじゃったら、本の残りのページは白紙になる。だけどティアの本は白紙じゃない……だから、だからっ」
俯き、声を詰まらせるミラに、胸がぎゅっと掴まれたように痛んだ。思わず手を伸ばし、彼女の体を抱き寄せた。あたたかく、小さな背中を撫でる。
エフィは冷たく君臨する星府塔を見た。
「ティアは、きっとあそこにいるんだね」
ミラの代わりに言葉を引き取る。腕の中で、彼女が微かに身動ぎした。
(みんな、あそこに繋がってる)
上層部の地図を残したエフィの兄。アリステアが死ぬ予言。生きているかもしれないティア。
すべてを内包して、星府塔はあの場所に存在し続けている。
(これは本当に偶然なの? それとも……)
恐ろしい予感に身を強張らせた、その時だった。
前触れなく、飛行船がぐらりと揺れた。床が傾き、エフィは慌てて船縁を掴んだ。片腕になっても、すぐ側にあるぬくもりは手放さない。
固定されていない荷物が、甲板を転がっていく。船首に向かって傾斜がついており、高度が少しずつ下がっているように感じられた。
周囲の客がざわつき始める。近くの物に掴まって耐える者もいれば、バランスを崩して床を転がる者もいる。ナターシャは先程と同じ場所で、しがみつくようにして柱に掴まっていた。
「ナターシャさん、大丈夫ですか?」
エフィが声を張り上げると、ナターシャは顔を上げた。
「ええ、なんとか……」
顔色は青を通り越して真っ白になっているが、喋ることはできるようだ。エフィはほっと胸を撫で下ろす。
揺れと傾きはまだ改善する気配がない。思わず、船縁を掴む手に力が入る。
「……何が起こったの?」
ミラが顔を上げる。少し腫れた目元で、異変を探しだそうと周囲を観察する。
「普通、こんな風に姿勢を崩したら操縦士がバラストを調整して、船体を安定させるはず」
ミラは操縦士を睨んだ。彼は険しい顔で舵を握ったまま動きを止めている。何かを操作しているような様子はない。
「どうして……」
ぽつりとミラが呟いた時、エフィの腕のブレスレットが微かに震えた。
『エフィ、聞こえるか!?』
ルーカスの声だ。それだけでほっとしてしまいそうになり、全身に力を入れ直す。
「うん、聞こえてる! 何かあったの?」
通信の向こうから、吐息のような音が聞こえてくる。
『……なあ、もしかして飛行船に乗ってる?』
「え? うん、そうだけど……」
わざわざ通信で確認されたことと、今の状況。乗船前に人々の表情が暗かったことを思い出し、エフィはひとつの予感にたどり着く。
(……まさか)
ミラも同じことを思ったのか、こちらに身を寄せてきた。
『落ち着いて聞いて』
次に耳に届いたのはアリステアの声だった。硬い声色。エフィは表情を引き締め、次の言葉を待つ。
『君たちが乗っている飛行船は、この後市街地に墜落する予言になっている。……乗船している人は、全員死ぬ』




