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4-5:運命の船に揺られて


 アイスを食べ終えたエフィたちは、人々で賑わう飛行船の発着所を訪れていた。

 

 そう、飛行船だ。


「……本当に、これに乗るの?」


 エフィはひとりごとのように呟いて、すぐ近くに繋留されている乗り物を見上げた。


 遊覧用の飛行船は、名前の通り、人が乗る部分が海に浮かぶ船と同じ形状をしていた。

 上部にある、銅のフレームで補強された風船のような部分に目をやった。そこに空気よりも軽いガスを溜めることで、宙に浮かぶ仕組みなのだとミラには説明されたが、エフィは正直まだよくわかっていない。


(こんな巨大なものが、本当に人を乗せて浮かんだりするの? 落ちたりしない??)


 エフィとしては恐怖が勝るのだが、ミラは足取り軽くチケットを購入している。ナターシャはといえば、エフィよりも更に後ろにいて、身を小さくしていた。普段は物静かな彼女だが、今は落ち着きなく目線を彷徨わせている。


「ナターシャさんは飛行船に乗ったこと、あるんですか?」


「ええ……でも、良い思い出とは言い難いわ」


 ナターシャは青い顔で頷いた。それから、肩を抱くようにしてふるりと身を震わせる。


「飛行船はね、とても揺れるから。すぐに酔ってしまうのよ……」


「空に浮かぶ船でも、船酔いのような症状はあるんですね……。もし辛いなら、ここで待っていますか?」


 ナターシャは首をはっきりと横に振った。


「いいえ。ミラが楽しそうだもの、水を差したくないわ」


 そう言って、ナターシャはあたたかい眼差しをミラへと向ける。まるで、妹を見守る姉のようだ。


「お待たせ。行こう」


 戻ってきたミラに無邪気に手を引かれて、乗り場の列に並ぶ。


「……?」


 エフィはふと、周囲の人々がみんな一様に暗い顔をしていることに気が付いた。予言の本を胸に抱き、何かを祈るように空を見上げている。楽しげにしているのはミラと、ミラよりも幼い女の子だけ。チケットを確認する係員までもが、浮かない表情をしていた。


 疑問を覚えつつも、タラップを踏み、エフィは飛行船に乗り込んだ。エフィたち以外に数十人の観光客がいるが、船は十分に広いので混んでいるとは感じなかった。


「ほら、あれだよ」


 ミラが指差す先、船の後方部分に、真鍮の煌めきを持つ大きな蒸気機関があった。その回路部分に魔力の波動を感じて、いつだったか、ルーカスと時計塔から見た飛行船のことを思い出す。


「これ、魔力を動力にしてるの?」


「やっぱりエフィさんにはわかるんだね」


 ミラが蒸気機関を見上げた。


「今のエルシオンの技術でも飛行船は飛ばせるけど、魔法の力を借りて複合式にした方が安定するし、早く飛べる。蒸気機関より優秀なんだよ。だからお偉いさんたちは魔法技術の研究をしたがってる」


 改めて、エルシオンの蒸気機関のレベルの高さに驚く。きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回しているエフィの横で、ナターシャは引きつったような笑みを浮かべていた。


「エフィ、来るわよ……!」


 張り詰めたような声が響くのと同時に、船体が大きく揺れた。ミラとナターシャは身構えていたようで、少し体を揺らした程度で踏みとどまったが、エフィは予想外の衝撃にたたらを踏む。

 ナターシャが支えてくれたので、無様な転倒だけは免れることができた。


「大丈夫?」


「ありがとう……」


 こんなに人が大勢いるところで、恥を晒すところだった。エフィは心からナターシャに感謝する。

 風が吹くたびに、飛行船は大きく揺れた。ナターシャは目を閉じ、耐えるようにじっとしている。風の属性を持つ魔法使いがこのエルシオンにもいれば、安定して飛ぶ方法が見つかっただろうか――なんて考えが、浮かんでから消えた。


 視線を船の外へと向けると、エルシオンの建物が少しずつ船の陰に沈み、見えなくなっていくのがわかる。本当に浮いているのだろうか。揺れるばかりで、あまり実感がない。


「もう少し、近くに行ってみる?」


「うん」


 ミラに誘われて、エフィは前へと進み出た。ナターシャは血の気の失せた顔でゆるゆると首を横に振って、その場に留まると意思表示している。

 

 エフィは船縁に手をかけた。かなり高い場所まで上昇してきたようで、エルシオンの町並みが一望することができた。エフィたちと並ぶ高さに存在しているのは、星府塔しかない。心なしか、地上にいる時よりも空気がからりと乾燥していて、ゆるく吹き付ける風が心地いい。


 エフィは深呼吸をして心の準備をしてから、下を覗き込む。


「ほ、本当に飛んでるね……!」


 もう、落ちたら生存は絶望的なほどの高さまで飛行船は上昇していた。下に見える建物の屋上に吸い込まれるような感覚がして、手すりをぎゅっと握り直した。


「怖い?」


「…………ちょっとだけ」


 年下のミラにそう言ってしまって、エフィはそっと視線を逸らした。


「最初はそんなもの。そのうち慣れる人もいるよ」


(慣れる……かな?)


 エフィはいまひとつ自信が持てなかった。


「飛行船はね、もっと研究が進めば、遠くに移動する手段として主流になるんじゃないかって言われてる」


 ミラが楽しそうに喋っている。彼女は飛行船が好きなのだと、その態度や声色から伝わってきた。

 ルーカスも空の向こうに行きたいと、語っていたことを思い出した。この兄妹は、とてもよく似ている。

 

 エフィは視線を船の中へと巡らせる。ちょっとした壁と屋根で区切られた空間で、制服を着た男性が舵を握っているのが見えた。時々手元の機械を操作しているようで、忙しそうだ。


「操縦には、結構技術が必要なんだね」


「そう。さすがに兄さんにもできないと思う」


「そういう技術を披露する大会とか、あったら楽しそうだよね。ゴールまでたどり着く速さを競ったりとか」


 エフィが何気なく発した一言に、ミラは目を見開いた。


「……競う?」


 ミラが小さく呟いた言葉を聞いて、


「あ……」


 エフィは自分の発言がエルシオンらしくないことに気付いた。エルシオンは予言で全てが決まる街。競うことには、きっとなんの意味もない――


(それって、少し……寂しいかも)


 操縦士から視線を外した。最初から決まっていることで、争いや挫折といった出来事は起こらないのかもしれない。でもそれが『良い』とは、エフィにはどうしても思えなかった。


「エフィさん」


 ミラが名前を呼んだ。彼女は深緑の瞳でこちらを見つめながら、口を開く。


「予言って、すごいよね。エルシオンだけじゃなくて、世界中の人の未来が全部わかってる」


 淡々と言葉を紡ぐミラの背後には、広大な面積を持つ灰色の街が横たわっている。この街には、一体どれほどの人間が暮らしているのか、エフィには想像もできない。


「……でもね。予言の本に書かれていることって、本当に全部正しいこと、なのかな」


(……ミラ?)


 どことなく、いつもの彼女と雰囲気が違う気がした。

 飛行船に乗るときにはしゃいでいた無邪気さは完全に消え、凪いだ海のように静かな空気を纏っている。彼女の手が、腰から吊るしている予言の本に伸びて、触れる寸前に止まった。彼女は指をぎゅっと強く握りしめる。


「ティアの……わたしの双子の姉さんのこと、なんだけど」


 その声は消えてしまいそうなくらいか細い。ミラが振り返り、星府塔に視線を向けた。その背中からは、彼女の感情を読み取ることができない。


「もしかしたらね、……生きているかもしれないの」


 肩上で綺麗に切り揃えられたミラの髪が、風に揺れた。




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― 新着の感想 ―
にゃー!感想送り忘れてました、すいません!! 飛行船……意外と怖い乗り物なんですね。落ちることへの想像力が不足してる子どもくらいしか嬉しくないと、なるほどなるほど。 係員もいやってどんだけよ?(笑)…
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