4-4:紅茶と男心?
ルーカスの目の前で、通信テストは始まった時と同じく、唐突に途切れた。こちらから繋ぎ直すことも可能だが、通信口のエフィは声が固く、いつになく緊張している様子だったので、それも躊躇われる。
結果、ルーカスとアリステアはただ顔を見合わせることになった。
「今のエフィ、少し様子がおかしかったね」
「アリスも気付いてたか。なんだろうな」
エフィの声の後ろからは、街の喧騒やミラとナターシャの声が聞こえていた。恐らく何か問題があった訳ではないだろうと判断し、ルーカスは通信機を離れた。
「茶でも淹れるか」
いつもならエフィかミラがやってくれる仕事だ。ふたりに感謝しつつ、ルーカスはキッチンに立った。カップに手を伸ばしたところで、
「ルーカス」
アリステアに呼び止められた。
「なんだよ」
「君は蒸気機関を修理する時に、魔改造して妙な機能を付け加えたりはしない。そうだよね?」
「は? 当たり前だろ?」
「料理も一緒だよ。飲み物を淹れる時も」
アリステアの青い瞳に、珍しく焦りが浮かんでいる。いつもミラが「兄さん。レシピを無視した毒を調合しないで」と言っていることを思い出し、がっくりと肩を落とした。
「わかってる。一応」
アリステアは信用ならない、という目でルーカスを見ていた。こういうことに関しては、まったく信用がないらしい。
たどたどしい手つきでふたり分の紅茶を淹れ、ひとつをアリステアの前に置く。彼はまず色をじっくりと検分するように眺めてから、香りを嗅いでいた。それから口元を緩める。
「ちゃんとお茶だね。ありがとう」
「どういたしまして。……いや、ちゃんとお茶ってなんだよ。ちょっと失礼じゃないか?」
ルーカスがアリステアを睨むと、彼は笑みを僅かに深めた。やれやれと頭を振りつつ、テーブルに着く。
「ルーカス」
「今度はなんだよ」
今日はアリステアがやたらとよく話しかけてくる。いつもは大抵、ルーカスが話しかけてアリステアが聞き役なことが多いというのに。
紅茶を飲みながら、彼の言葉の続きを待つ。
「エフィのこと、君はどう思っている?」
「は!!?」
予想の斜め上をいく質問に、盛大にむせた。アリステアは大真面目な顔で、咳き込むこちらを見ている。
エフィのことをどう思っているか、なんて、そんなの――
(明るくて、がんばり屋で、いつもどうしてるか気になって、そう……俺にとってエフィはもう、家族みたいで……)
彼女と出会ってから、ここまで――色々なことが一瞬で頭を駆け巡った。
(いや、でも。エフィは……)
頭に浮かびそうになった彼女の顔を、咳に集中することでなんとか誤魔化す。息が苦しいのか、別の原因があるのか、よくわからない。
そうこうしているうちにようやく呼吸が整ってきたが、アリステアにどう答えるべきか迷う。彼は逃がすつもりはないとばかりに、ルーカスを見据えている。
一度深呼吸をしてから、口を開く。
「か、かわいい、よな……。でも、そういうのじゃなくて、なんていうか『妹』みたいで目が離せないんだよ!」
妹、を強調しつつアリステアに告げた。ルーカスとしてはいつもの軽口ではなく、かなり正直に打ち明けたつもりだ。
「……?」
しかしアリステアは首を傾げた。本気で訳がわからないという顔だ。
「だから、別に……そう、変なことなんて考えてない。……はずだ」
言い切れずについ逃げ道を作ってしまう。ルーカスの拙い発言を聞いて、アリステアは目を瞬かせた。
「……変なことって?」
「なっ! え、いや、それはその……というかそこを深掘りするな!」
「そもそも、君は何の話をしている? 僕はただ、エフィは予言を壊す立場の人間だけど、それを君がどう捉えているのか聞きたかっただけなんだけど」
「は?」
アリステアの言葉を聞いて、ルーカスは固まった。紅茶の香りと共に、リビングにはよくわからない沈黙が満ちる。
「そういうことかよ……」
ルーカスは絞り出すようにしてそう言ってから、椅子の背もたれに全身を預けた。背中に無駄に汗をかいてしまったし、どっと疲れたような気がする。
「そういうことも何も、僕は最初からそれを聞いているんだけど」
至って真面目な顔。いつもは頼りになるその表情も、こういう時は憎たらしく見えてくる。はぁ、と大きく息を吐いた。
「はいはい、お前ってそういうやつだよな……」
「そういうって? さっきから君は抽象的過ぎる。もっと具体的に言葉にして」
「あーもう、その話はやめろ! エフィのことだろ、そうだな……」
脳内を占拠していた色々なものを追い出して、紅茶のカップを無意味に揺らしながらルーカスは考える。
「俺としては、エフィのやりたいようにやればいいと思ってるよ」
アリステアは言葉の続きを促すように、こちらを見ながら口を閉ざしている。リビングが沈黙に包まれた。エフィたちがいれば、こんな風に静かな時間は流れないだろう――そんな気付きに、心が揺れた。
「そりゃエフィの魔法は予言を破れる。だけどな、あの子は英雄でも、革命を起こす者でもない。ただ兄さんを探してる普通の女の子なんだよ」
「……普通の女の子、か」
「エフィ以外には予言が破れない、と決まっている訳じゃないだろ。だから、エフィは特別なんかじゃない」
ルーカスはにっと笑う。
「……特別じゃない」
アリステアはこちらの言葉を繰り返す。言いながら、何故か彼は、自分の髪を結んでいる紐に手をやっていた。青紫色のそれは、彼がいつも使っているもの。それにどんな思い入れがあるのか、ルーカスは知らない。
「……そうだね」
そう言ったアリステアの声は、どこか柔らかさを帯びていた。彼の表情は、カップから立ち上る湯気でよく見えない。
会話が途切れたところで、ルーカスは今日の新聞に手を伸ばす。特別理由があった訳ではない。ただの日課だった。
大きな見出しがつけられた記事の下、小さなスペースに記された些細な文章に目がいく。
「……ん? これは……」
もう一度、上から下まで記事を読み直したルーカスは、思わず窓から覗く青い空を見上げた。




