4-3:アイスクリームと乙女心 -後編-
エフィの動揺には気付かず、ミラは赤らんだ頬に手を添える。
「兄さんだったらもちろん嬉しいけど、でもアリステアさんは落ち着いてるし、大人だし、かっこいいよね。兄さん、勝ち目薄そう。アリステアさんは浮いた話に鈍感そうだから、そこと包容力は兄さんに軍配が上がるかな?」
ミラがいつになく饒舌だ。対するエフィは言葉の意味を呑み込むのに時間がかかり、彼女のトークに返事をするどころか、ついていくのすら怪しい。
硝子の器の中で、アイスがゆっくりと溶けていく。
「ね、ナターシャさんはどう思う?」
「え!?」
急に話を振られたナターシャが、うっかりアイスの器を落としかける。彼女は顔を真っ赤にして、そわそわと視線を彷徨わせた。
「わ、私はその……そういうことに詳しくなくて……ええと……」
「ナターシャさん、照れてる? 可愛い」
ミラがクスクスと笑った。
「み、ミラはそういう人、いないの?」
「いない」
苦し紛れに言ったエフィの言葉を、ミラが表情ひとつ変えずに一刀両断する。
「この街の人って、恋をしても予言で相手を選ぶんだよ。だから誰も、本気で恋なんかしない。恋愛は物語の中にある空想なの」
そう言ったミラはどこか寂しげだった。
「そうね。予言された相手を好きになることだって勿論あるけど、そうじゃないことの方が多いもの」
「だから、わたしはエフィさんの恋に興味がある」
話が戻ってきてしまった。ミラの気迫に負けて、エフィは一歩、後ずさる。喉がカラカラに乾いていた。
「私もとても気になるわ。エフィの故郷では予言がないから、恋愛が普通にあるのよね?」
ナターシャの目が、心なしか輝いているように見える。
「それはその、あるけど……」
視線が泳ぐ。
ふと思い出したのは、エフィに告白してくれたクラスメイトのこと。
誰かとそういう仲になったことは、故郷でも一度もない。気になる人もいなかった。だって、彼らはエフィをまず『エリート魔法使いの妹』として見てくるから。
そういう意味では、ルーカスとアリステアは――故郷の人々とは、決定的に違う。初めての、友達と言ってもいい相手だった。
(そんなふたりをどう見ているか、なんて……)
ブラウスの胸元をぎゅっと掴む。ミラたちは逡巡するエフィを、じっと観察し続けている。
逃げ場は、なかった。
(……もう、言うしかない……?)
それを悟ったエフィは、ふたりの期待に応える覚悟を決めた。
「わ、私は……」
今この瞬間、間違いなくエフィは人生の中で一番の緊張を覚えていた。唇の僅かな震えひとつまで、ミラとナターシャがじっくり観察している。
「ルーカスはすごく、安心できる人だと思う。いつも一生懸命で、明るくて。相談しやすいから、真っ先に頼っちゃう。アリステアはなんだかんだで皆のことを良く見てるし、いつも冷静。ええと、ちょっと無理をするところもあるけど……」
しどろもどろに答える。ふたりの顔が見られなくて、エフィは俯いた。途中から何を言っているのか、エフィ自身にもわからなくなってきた。
「つまり?」
ナターシャが首を傾げる。普段は落ち着いている大人のお姉さんといった雰囲気の彼女だが、今日ばかりは強い威圧感を放っている。
「えっと……ふたりとも、そういう目で見たことない……かな……」
語尾は消え入りそうなくらい小さくなってしまった。
彼らのことを異性として意識したことはない。それは確実なのに、なぜか気恥ずかしくて、顔が紅潮しているのが自分でもわかる。
「兄さん、ドンマイ」
「……え?」
ミラがにっと笑って、エフィの顔を覗き込んでくる。
「エフィさん、何がドンマイなのか……気になる?」
「えっと。黙秘します」
ミラのことを直視できなくて、顔を背けた。
「じゃあ、これから発展するのね。楽しみね」
ナターシャの声には、はっきりと期待が滲んでいる。エフィが顔を上げると、ナターシャは少女のように頬に手を添えていた。彼女の視線はエフィではなく、こちらを通り越してどこか遠くを見つめている。
「た、楽しみじゃないですよ」
「ええ、大丈夫。私が勝手に楽しむだけよ」
(何も大丈夫じゃない!?)
エフィの脳内はもはや爆発寸前だった。
「エフィさん、いいこと教えてあげる。通信魔法具のテストをしなきゃいけない」
ミラの発言を聞いて、エフィは全身から力が抜けそうになってしまった。通信魔法具のテストはつまり、家に残っているふたりと話をしなければいけない訳で――
「む、無理だよ」
「でもさ、いざって時に使えないと困るから、テストはして欲しい」
ミラは真面目なことを言いつつも、満面の笑みだ。
(絶対、わざとだ……)
そう確信しつつも、右手に着けていたブレスレットに視線を向けた。テストはテストだ。真剣にやらなければならない。
ミラとナターシャの邪念が宿った視線を受けながら、エフィはブレスレットの魔石に触れる。軽く魔力を籠め、魔力を読み取って通信したい相手を探す。昔、故郷で兄とやっていたのと同じ通信方法だ。
離れたところに、兄の魔力の気配を感じた。恐らくルーカスの家にある、あの魔石だろう。それと自分の魔力を繋ぎ、
「ええと……き、聞こえる?」
それに乗せて、声を飛ばす。緊張で声が固くなってしまった。固唾を飲んで、返事を待つ。
『……もしかして、エフィか?』
ややあって、ルーカスの声が聞こえた。頭に直接響くような感覚だが、いつも通りの優しい声色だった。強張っていた肩の力が、ふわっと抜ける。
「うん。よかった、聞こえてるね」
『そっちはどう? 問題ない?』
次に聞こえたのは、アリステアの声だ。
(問題……)
エフィの一挙一動を見張っているミラたちの視線を意識してしまい、背筋が自然と伸びる。
「だ、大丈夫」
エフィは曖昧に笑った。顔なんて、向こうには見えないのに。
「ええと、成功したから切るよ。またね」
ふたりの返事を待たず、慌てて通信を切った。はあ、と大きな息が漏れる。
「ね、どうだった?」
ミラが間髪いれずに声をかけてくる。明らかに通信テストのことを聞いている態度ではない。
「成功したよ。はい、もうこの話は終わり!」
エフィは一方的に宣言して、ふたりに背を向ける。
硝子の中のアイスは、もうとっくに溶けてしまっていた。




