4-1:静かな戦い
アリステアの部屋で彼の運命について聞いてから、数日。
彼はあまりにもいつも通りだった。無表情で食事を摂り、リビングに居座って本を読む。
「病み上がりなのに活動してる奴がいるんだが、不死身か?」
とルーカスにからかわれても、
「エフィに治してもらったし、もう何ともないよ」
と真顔で返していた。死の運命を告白してきたことなど、まるで夢だったかのように。
「ぶっ倒れてエフィに看病してもらってたのに、ずいぶん偉そうだな」
「……それは感謝してる」
「さすがのアリスでも、エフィには頭が上がらないな」
ルーカスが笑って、アリステアが唇を引き結ぶ。
エフィだけが取り残されたように、いつも通りに振る舞えない。アリステアはそんなエフィを気にする素振りすらないのだから、相当ルーカスたちに運命のことを知られたくないのだとわかった。
(私に言ったのだって、釘を刺すため……だもんね)
その事実が胸に刺さる。
行く先――兄の手がかりを掴む道はきっと、アリステアの死の運命に繋がっている。エフィの魔法は運命を書き換えることができるといっても、かかっているのは彼自身の命だ。失敗は許されないし、彼がエフィ以外に話す気がない以上、ルーカスたちの助けも得られないかもしれない。
「……エフィさん?」
秘密を抱え、悶々とするエフィの表情に気付いたのはミラだった。ミラの言葉を皮切りに、全員が一斉にこちらに視線を向ける。
「顔色が悪いわ」
「アリスの世話で疲れたか?」
ルーカスの軽口に、アリステアは沈黙を保った。こういう時、彼は嘘をついたり取り繕ったりしない。あまりにも直線的な彼の態度に、小さく笑う。
「色々あって、疲れちゃったのかも」
「色々、なあ」
ルーカスがじっとアリステアに目をやった。彼の中ではアリステアが原因だと確定しているらしい。ルーカスに目線で責められたアリステアは、逃げるように顔を背けた。
「あ、その反応、心当たりあるやつだな」
「……エフィに負担をかけたのは申し訳ないと思ってる」
核心的なことは避けつつそう言って、彼はエフィを見た。眉尻が下がっているが、当然彼はこの前の発言を撤回したりはしないだろう。それはこちらも同じことだ。
「別にいいよ。私がしたくてすることだから」
含みを持たせて告げる。エフィとアリステアの視線が交わった。言葉の本当の意味がわかるのは、当事者であるふたりだけだ。
「エフィさんには、ちょっと気分転換が必要かも。……ってことで、はい」
ミラがアリステアに手の平を上にするようにして、右手を差し出した。彼は無表情でミラと空の手を見比べる。
「これは?」
「お小遣い。エフィさんと遊びに行くためだよ」
ミラの発言に、エフィは目を丸くした。
「え? そんなの――」
「わかった」
アリステアは席を立って、自室へと引っ込んでしまった。彼はすぐに戻ってきて、ミラの手の上に一枚の硬貨を乗せる。
「げ、アリスお前、どれだけエフィに迷惑かけてるんだ? というか、どこからそんな大金出てきた!?」
ミラの手の上で輝くのは、眩いばかりの金色の硬貨だった。ナターシャが手にしているカップを落としかけ、すんでのところで掴み取る。
エフィはまじまじと金貨を見つめる。それからバンッと机を叩いて立ち上がる。
「ちょっと、それ1枚でみんなで半月は余裕で暮らしていけるよね!?」
とてもお小遣いとは思えない額だ。
「そうだね」
アリステアは表情一つ変えずに言う。エフィの叫びは、彼には全く通じなかった。
「あー、アレだ、アリスは金銭感覚だいぶおかしいから……」
「実は兄さん以上におかしいよね。普段は収入と支出を見て判断できるのに、お小遣いに関しては判断基準が壊れる」
「小遣いを必要な時に使うのはおかしくない」
好き勝手に言うルーカスとミラに、アリステアは青い瞳を向けた。
「エフィにかけた迷惑はこんなものじゃ足りないし、そもそもお金で買うみたいなのは良くないとは思っている。でも、誠意は示すべきだ」
「真面目か」
ルーカスの突っ込みを無視して、アリステアはエフィに向かって微笑んだ。
「みんなで楽しんでくるといい」
「わかった!」
ミラが金貨を握りしめてにこにこしている。
「明日、女子会しよう。わたし、エフィさんを連れていきたいところがたくさんある。飛行船に乗ったりとかしたい」
「女子会……ということは、私も入っているのかしら」
「もちろん」
即答したミラに、ナターシャが頬を緩めた。顔にはっきりと「楽しみ」と書いてある。
「え、つまり俺は入ってないのか」
「当たり前。女子会だよ?」
「待て待て。もし何かあったらどうするつもりだ?」
「そういう時のために、これを作ったんでしょ」
ミラはリビングの片隅で鎮座していた蒸気機関らしきものを、びしっと指差した。てっきりルーカスが作った謎の機械だと思っていたが、よくよく見ると上部に魔石が取り付けられている。いつだったか、兄の部屋から出てきた通信魔法具の魔石を利用したのだろうと、すぐに見当がついた。
「通信魔法具を再現してみた。何かあったらこれで伝えるから、兄さんたちが光の速さで駆けつけてくれればいい」
「任せろ。責任重大だな」
ルーカスがアリステアを見た。彼も「わかってる」と言いたげに頷く。
「あれ、完成したんだ!」
ここに来たばかりの時からふたりが取り組んでいたことが実を結んだとわかり、エフィは顔を綻ばせる。しかしルーカスは眉根を寄せていた。
「……理論上はな。試してはいない上に、制約もある」
「制約って?」
「えっとね。動力に魔力を使うから、この機械とエフィさんとしか繋げられない」
ミラがもじもじしつつ説明してくれる。
「それでも凄いよ。だって、ふたりは魔法の知識なんてほとんどないでしょ?」
「ま、やりがいはあったな」
何てことないようにルーカスが笑う。
「じゃあ、明日は私たち3人で出掛けて、家に残るルーカスたちに魔法で通信を飛ばしてみる……ってことでいいかな?」
「うん」
「わかったわ」
ミラとナターシャがほとんど同時に頷いた。
(エルシオンに来て、遊びに行くなんて初めてだな……)
アリステアのことが完全に心から消えた訳ではないけれど、みんなの心遣いが嬉しかった。
「ありがとう」
そう言うと、アリステアがこちらを見た。青い瞳がじっとエフィを見る。それから彼は、僅かに唇の端を上げた。




