幕間3:過ぎ去った時間 -後編-
「エフィのお兄さん、また新しい賞を取ったんだってね!」
学園に着くなり、エフィに気さくに話しかけてきた女子生徒がいた。ほんのりと頬を赤く染めている彼女は、特に熱心なエリアスのファンだ。
「うん。今度、王都で表彰式やるんだって」
エフィは微笑みで返す。
「それって王族の方も来るって話だよね!? いいなあ、あんなお兄さんがいて。エフィが羨ましいよ」
「……えーっと」
一瞬だけ、言葉に詰まった。
エリアスの本性――自室は散らかり放題で、スペース確保のために空中ベッドなんてやってのける残念男だなんて事実は、エフィしか知らない。もちろん良い兄なのだが、人様にオススメできる兄かと言われれば――まあ、まず間違いなく違うだろう。
「そうかもね……?」
結局、曖昧な答えしか返せなかった。
教室に入った後も、エフィはクラスメイトに取り囲まれることになった。話題はすべて、兄のこと。魔法学校の生徒たちなので、当然、天才魔法使いの名をほしいままにするエリアスへの関心は高い。
授業中にも、教師はエリアスの名前を出して、彼の功績を褒め称える。平民用の魔法学校なのに、王侯貴族以上に優秀な成績を収めた兄については、もはや学校全体が誇っているといってもいい。
(在学中はしょうもないいたずらして、頻繁に罰則喰らってたらしいのにね)
エリアスを持ち上げる教師に隠れて、エフィはひとりそんなことを思っていた。
「あのっ……俺と、付き合ってくれませんか!」
放課後、男子生徒に中庭に呼び出され、そう言われた時には驚いた。クラスメイトだから名前も知っているし、話したことも何度かある。しかし、特別親しい相手ではなかった。
(付き合う……か)
彼の表情は真剣そのもの。その顔が赤く見えるのは、夕陽のせいだけではないだろう。その手のことに疎いエフィでも、ここは真面目に返さなければいけないとわかっている。すっと背筋を伸ばす。
「……ごめんなさい」
それだけ言って、顔を伏せた。
「き、気にしないで! こっちこそ急に、ごめん……」
彼の語尾は、ほとんど聞き取ることができなかった。エフィは顔を上げて彼を見る。
明るく社交的で、成績もいい。女子生徒にそれなりに人気がある子で、学校の舞踏会の時などは、ひっきりなしに誰かに誘われている。
悪い人ではないと思う。しかし、エフィは彼のことをあまり知らなかった。少なくとも、個人的な話をしたことは、ほとんどないと思う。
「また明日からは、普通にクラスメイトとして話してくれたら……嬉しい」
付け足された言葉。
「うん。また明日ね」
エフィが微笑んで返すと、男子生徒の顔の赤みが増し、さっと走り去ってしまった。
「……逃げなくてもいいのに」
呟いた声は、誰にも届かない。
兄が研究機関から帰ってくる前に、夕食を作ったり掃除洗濯をしてしまわなければ。エフィはそう思って、小走りに家路を急ぐ。その途中――
「玉砕した」
そんな話を聞いてしまい、急停止する。通りのすぐ隣にある公園で、クラスメイトが何人か集まって話をしているようだった。
中には、先ほどエフィが振ってしまった男子生徒も混ざっている。
「ま、エフィは高嶺の花だから」
「そうそう魔法使いとしては普通だけど、あのエリアス様の妹だからな」
「男を見る目が厳しそうだよな〜」
そんなことを言い合いながら、明るく笑っていた。
(……ちょっと遠回りしよっと)
さすがにこの空気の中を突っ込んでいくことはできず、エフィは公園を避けて自宅に向かう。
(エリアス様の妹、か)
プラチナブロンドの髪を風になびかせながら、クラスメイトたちの言葉を反芻する。エリアスの妹という肩書きが嫌な訳では無いが、時々、疎外感を味わうことはある。
(男子を見る時に、無意識に兄様と比べてる……かも)
エフィにとって最も身近な男性なのだから仕方がないのだが、もしエフィが兄の妹でなければ、普通に誰かと恋をしたりするのだろうか――そんな『もしも』を考えてみる。
「いや、ないかも……。そもそも恋って、よくわからないし」
夢見がちな考えを一蹴して、家の扉を開ける。まだ誰も帰宅していない家は、普段よりも広く感じられた。
兄が帰ってきたのは、夜遅くなってからだった。
「いやあ、今、魔力で動く人形を作ってるんだけどさ。制御がイマイチで、爆発四散しちゃったんだよ。その後始末で遅くなった」
へらりと笑いながら、兄はエフィが用意した夕食を口にした。そのミートパイにも野菜が大量混入されているのだが、エリアスは何も知らずに美味しそうに食べている。エフィはそれを、微笑みながら見つめた。
「なんでニヤニヤしてるんだ? はっ、まさか彼氏ができたとか!? お兄ちゃんに魔法で勝てるヤツじゃないと、交際相手とは認めません!」
「そんな人、いるわけないよね」
「冗談だって。ま、せめて首席卒業くらいだろ」
「……過保護すぎ」
エフィはエリアスを睨むが、彼は涼しい顔をしていた。
「あ、そうだ。これ、エフィにやるよ」
ついでのような空気で、兄は机の上に花を模したバレッタを置いた。青紫色の小さな花弁を持つ花で、中央付近だけ白が入っている。鮮やかな色合いに目を引かれた。
「誕生日おめでとう」
エフィははっと顔を上げた。エリアスは得意げににっと笑う。
「覚えててくれたんだ……」
今日、はじめて言われた『おめでとう』に、胸がいっぱいになる。
「最愛の妹の誕生日だぞ? 何ならパーティーと舞踏会でも開いて、盛大に祝うか?」
「それはやめて」
ぴしゃりと言うと、エリアスはまた笑った。エフィはバレッタに手を伸ばし、髪に当ててみる。
「どう?」
「ん? いいんじゃね?」
「もー、適当過ぎ。そんなんだから恋人できないんじゃない?」
「ちょっとそれ、真面目に心に刺さるからやめてくれる!?」
兄が本気で泣きそうになっていたので、エフィは言葉を止めて、髪をいじり始めた。長い髪を後ろでひとつに編み込み、もらったバレッタで留める。
「ん、いいじゃん」
エリアスが口元を緩める。しかし青い瞳はエフィを、髪飾りを、じっと見つめていた。その奥に、何らかの陰りのようなものが揺らいでいる。
(……兄様?)
いつもエリアスと、雰囲気が違う。だから指摘できなくて、言いたいことを飲み込んだ。
「例え、俺がいなくても――エフィなら、切り抜けられるだろ?」
謎掛けのような問い。エフィは何と返していいかわからなくて、黙ったまま頷いた。
エルシオンに来てしまった今、振り返ると――
あの時から兄は、何らかの『予感』を持っていたのかもしれない。そんな風にも、思えた。




