1-6:運命は手を伸ばす
3人は路地を避け、大通りを移動していた。ヤードの姿は見かけないとはいえ、追っ手との距離を少しでも稼いでおきたい。そんな気持ちが、全員の足を早めている。
土地勘がないエフィは、先行するアリステアの後をただ黙って追いかけていた。
この都市は、故郷よりもずっと規模が大きい。道行く人の数、建物の密集具合、すべてがそれを物語っている。
「……まずいね」
アリステアが不意に足を止め、通りの端に寄った。続くエフィたちもそれに倣う。
落ち着いて大通りを眺めてみて、ようやく行き交う人々の視線に気が付いた。彼らは時折、こちらに視線を向けてくる。そこには、異質なものを見る冷たさが宿っていた。
エフィは自分のローブに目を向ける。人々の服装とはまるで違い、色鮮やかで、金属の飾りなどは何もついていない。
逸脱。そんな言葉が脳裏を過る。
「私の服、目立つよね」
身を竦ませても、ローブすべては当然隠しきれない。
「だなぁ。最悪ヤードに通報されるかもしれない。服、買ってくるか?」
「ルーカスみたいな粗野な男が婦人服の店に行く方が目立つ」
アリステアがぴしゃりと言った。
路地にいた時は問題にならなかったが、こうして一目につく場所を移動する場合、エフィは目立ち、足手まといになる。その事実に、唇を噛んだ。
「これ」
アリステアが、言うが早いか突然フロックコートを脱ぎ始め、ふわりと羽織らせてきた。
「使って」
端的にそれだけ言って、アリステアは背を向けた。その拍子に、長めの赤茶の髪が舞う。彼の表情は伺えない。
「……ありがとう」
沈黙する背中に、そう声をかけた。男性用のフロックコートはエフィには大きく、ローブの裾までしっかり隠すことができた。
「お、いいな。アリスより似合ってる」
ルーカスがそう言って、屈託のない笑みを浮かべた。彼の明るさに、強張っていた気持ちがほんの僅かに和らぐ。
「それよりエフィ、走りっぱなしの強行軍だけど大丈夫か?」
「息は上がっているし、魔力もないけど、なんとか大丈夫かな」
不思議なことに、肉体的な疲労はあまり感じていなかった。こんな状況だからかもしれない。
(でも……)
視線を落とした。
故郷では、空気中の『マナ』を取り込むことですぐに魔力を回復できた。一方でこのエルシオンにはほとんどマナが存在せず、従って魔力もほとんど回復できずにいる。
エフィは空を見上げた。薄曇りの向こう側にある太陽を睨む。ルーカスが捕縛される予言の『今日』が終わるまでは、まだ長い。
(このままだと、逃げきれないかもしれない)
そんな不安が、じりじりと迫ってくる気がした。
「ふたりとも、なるべく自然に歩きだして」
アリステアの声に、エフィはさっと視線を走らせる。大通りの端に、黒い制服――ヤードの姿を認めた。まだ距離があるが、ヤードが何人か、街の人に話しかけている。話し声は当然、聞こえない。
咄嗟に、フロックコートの襟をかき合わせた。ルーカスが無言で横に立ってくれたので、体の大きな彼に隠れるようにして歩き始める。
「路地には逃げ込めない。このまま通りを真っ直ぐ――」
前を見ているアリステアの言葉が、不自然なところで途切れた。続けて耳をつんざくような大音量が響き渡り、一拍遅れて人々から悲鳴が上がる。
通りの先で、荷馬車が道を塞ぐように横転していた。運んでいた荷物だろうか、果物が地面に散乱している。野次馬が幾重にも馬車を取り囲み、中にはしゃがんで果物を拾い集めている者もいる。とてもじゃないが通行はできないだろう。無理に抜けようとすれば、ひどく目立つ。
引き返せば、追ってきているであろうヤードたちと鉢合わせることになる。時間的にも、魔力は温存しておきたい。
つまり、道の左右に広がる路地以外に、逃げ場はない。
「こんな時に……」
呟いてから、エフィは思い知った。
運命は決まっている。その言葉は、この街ではひどく重いものなのだと。
「仕方ない、南に向かって港に出るしかないか」
ルーカスが呟く。迂回しようとする人々に混ざって、3人は南の路地へと向かった。
エフィのフロックコートの裾が、たまたま、すぐ隣をすれ違った人の鞄に軽く引っ掛かった。引っ張られ、ふわりと広がる。一瞬だけ、色鮮やかなローブが顕になった。
「あっ……」
それを見て驚いた相手が、小さく声を上げる。
ただの偶然。
だがそれは、運命の手によって必然へと書き換わる。
「あの女、ルーカスと一緒にいた……!」
ヤードの一人がエフィの服を見咎めて、こちらに走ってくる。彼が張り上げた声に気付き、大通りで事故の収集に当たっていたらしいヤードまで、続々と集まってきた。
「おいおい、マジかよ」
ルーカスがぼやきながら、呆然と立ち止まってしまったエフィの手を取り、走り出す。
予言の通りに、路地へと追い込まれるように――
「そこの三人組、止まれ!」
ヤードが鞘から剣を抜き、構える。それを見た人が悲鳴を上げた。混乱や恐怖が波のように伝わり、周囲は一気にパニックへと陥る。
「ルーカス、エフィと行って」
アリステアが仕込み杖を抜き、路地の真ん中を陣取るようにして立ち塞がった。彼はこちらを見ない。
「……アリス」
ルーカスが呟く。手を握る力が、一瞬だけ強まった。
「わかった」
彼は躊躇わなかった。エフィの手を引き、路地を駆け抜ける。振り向くと、アリステアが先制でヤードの剣を叩き落としたところだった。別のヤードがアリステアの足を狙ったが、彼はそれを見切っているかのようにバックステップで回避する。
流水のような、無駄のない戦闘技術だと思った。それでも一対多の人数的不利は覆せない。
アリステアを相手にするのは無駄だと判断したのか、ヤードが一人、彼をすり抜けてこちらに走ってくるのが見えた。アリステアが振り向く。それを好機と見たのか、彼の背に残りのヤードが群がった。
「アリス、俺たちのことは気にするな!」
ルーカスが叫ぶ。
アリステアはこちらを見たまま頷いた。まるで背中にも目があるかのように、振り下ろされたヤードの一撃を横に跳んで軽々と回避。ヤードたちに剣を向け直した。その気迫に、彼らは一歩後退る。
ルーカスが近寄ってきたヤードの腹に、拳による一撃を加えた。
「本当にしつこいな!」
ぼやく声が路地に響く。悶絶したヤードを放置し、エフィはルーカスと共にその場を離れた。背後に聞こえていた剣戟の音が遠ざかる。
再び、路地を舞台にした逃亡劇が始まった。




