3-20:道の先にある運命
エフィは誘われるまま、アリステアと共に彼の部屋へと移動した。彼はエフィを椅子に座らせ、自分はベッドに座る。
ふたりは改めて向き合った。部屋の空気は体に纏わりつくように、重い。
「他の人には聞かれたくない話、なの?」
エフィの質問に、アリステアは首をゆるく横に振った。
「逆だよ。……君にしか、聞かれたくない」
その声色には、特別な相手に向けるような親密さは一切ない。静かで、それでいて力強い。
(……私が、運命を変えることができる存在だから?)
アリステアは以前から自分の死と予言を強く意識している言動があった。予言の本を白紙にするエフィを見て、彼は何を考えているのだろう。その無表情からは、内面が全く読み取れない。
アリステアの唇が動き出す。その些細な動きが、ひどくゆっくりしたものに感じられた。
「僕は、死ぬことになっている。そう遠い話じゃない」
まるで天気の話をするように、アリステアは声色ひとつ変えずにそう言った。最後の一言に、背筋が凍りつく。
「それは、いつ……なの?」
やっとのことで言葉を絞り出す。この場所が足元から崩れていくようで、気持ちが落ち着かない。
「今、手元に本がないから、正確にはわからない。でももうすぐその時は来る。……必ず」
付け足された一言が、非情に響く。膝の上で握り拳を作った。それは微かに震えている。
揺れるエフィとは対照的に、アリステアの瞳はどこまでも凪いでいた。
「僕が死ぬのは星府塔上層部、刻星機の前。そう決まっている」
その言葉に、息を呑んだ。
兄の地図に記されたその場所と、アリステアの予言が繋がっている。その意味は――
「まさか、私が……兄様を探すから……?」
声が掠れる。アリステアは否定も肯定もしなかった。
「探しても、探さなくても、結果は変わらない。君が現れる前から、僕の死は定められているから」
その言葉からは、なんの感情も読み取れない。
運命は、強制力を持って流れていく。彼はそれをただ告げただけ。
エフィにはわからない。死を受け入れてしまえる、このエルシオンの在り方が。それを何でもないように言える、彼の心が。
先ほど集まった仲間たちの顔が、順に浮かぶ。家族を失ったルーカスやミラなら、彼に何と言うだろうか。死の予言と向き合ったナターシャなら?
わからない。
言えるのは、ただひとつだけだった。
「死なないで……」
感情だけで吐き出された、頼りなく揺れた声。それはアリステアに届かない。彼は無表情で、こちらを見つめ続ける。
「私が、止める」
自分勝手な言葉がこぼれた。
あの夜と同じだ。合理的に判断するアリステアに対して、エフィは冷静さを保てない。予言だからと自分を切り捨てようとする彼を、見過ごすことができない。
「予言なんて、私が破ってみせるよ。今までみたいに!」
思いのままに叫ぶ。アリステアの青い瞳は揺るがない。
「君ならそう言ってくれると思っていた。そんな君だから、あえて言うよ」
聞きたくない。そう思うのに、口を閉ざしてアリステアを見つめてしまう。その一挙一動に、意識を集中させた。
「僕は、予言の通りに死にたいと思っているんだ」
躊躇いのない彼の声が、部屋に反響して――消えた。
耳が痛いほどの沈黙。その中で、アリステアの口元だけが僅かに上がっている。
『だから、邪魔しないで』
そんな幻聴が聞こえた気がした。
「と……」
自分の唇から漏れた声は、か細く震えていた。
「止めるよ、そんなの。言ったでしょ、私はアリステアに生きてて欲しいって!」
「無理だよ」
アリステアの微笑みが崩れない。その言葉に迷いはかけらもない。強く握られて、エフィのスカートの裾が揺れる。
「やってみなきゃ、わからない。今までだってそうしてきた、そうでしょ?」
アリステアの顔がもう見られない。エフィは目を伏せ、自分の膝だけを視界に入れた。
「結果はわかってるよ」
「止める。絶対」
「エフィ……」
アリステアが名前を呼ぶ。それと共に彼の手が伸びてきた。躊躇うように指が宙を掻いてから、握られたままのエフィの手に重なる。やわらかな指先とじわりと滲む熱。それらが彼が生きてここにいることを雄弁に物語っていた。
「僕は、君の力を信じている。ルーカスの運命を変えたときから、ずっと」
信じている。
合理的な彼らしくない発言が、心の中に落ちて、波紋のように広がる。
(どうして)
無理だと言いながら、信じるとも言う。
エフィに生きて欲しいと言いながら、自分の生は諦めている。
わからない。矛盾している。彼という人間が掴めなくて、エフィは彼の指をただ見つめた。
「君は、そのままでいて」
アリステアの声に熱が混ざる。ゆっくりと顔を上げた。作りもののような微笑みが微かに綻んでいる。
(アリステア……)
一度深呼吸をしてから、アリステアの手から抜け出し、逆にその手首を強く掴んだ。彼の表情が崩れる。代わりにエフィの顔に笑みが浮かんだ。
「なら、勝手に変えちゃうから」
腹の底から声を出す。アリステアが息を呑む。丸くなった青い瞳の奥に、笑顔のエフィが写っている。
「私は、アリステアに生きてて欲しい。私がそのままでいるってことは、そういうことだよ」
アリステアの唇が震えて、けれど何も言葉を紡がない。彼が揺らぐところを初めて見た。
「一緒に行こうよ」
エフィの言葉に、アリステアは返事をしない。握られているのと反対の手で、エフィの指をやんわりと引き剥がす。こちらの指先に視線を落とすアリステアの顔は、なぜか――泣き出しそうに見えた。
3章 完
兄とエフィが一緒に暮らしていた頃の幕間2話を挟んだ後、4章となります。




