表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/105

3-19:兄の遺したもの


 機密とされている星府塔の内部構造が、兄の残した地図に記されている――


 その事実を、エフィははじめ、上手く呑み込むことができなかった。

 リビングに冷たい沈黙が落ちる。ルーカスが地図を一度じっくりと観察してから、アリステアを見た。


「なんでそう思う?」


「記されている階段が小さい。縮尺を考えると、かなり大きな建物だとわかる。それに円形と思われる外観。それを加味すると、当てはまる建物は星府塔以外にはない」


 アリステアはきっぱりと言いきった。ルーカスの視線がナターシャへと移ろう。彼女もまた、強張った顔で重々しく頷いてから、口を開く。


「つけ加えると、星府の上層部――刻星機がある中枢部の地図、だと思うわ。私も、一度しか入ったことがないから、断言はできないけれど……」


 ナターシャがほっそりとした指先で、地図の中央に記された正円をとん、と叩いた。


「この丸が刻星機なのか?」


「恐らく。元星詠み士とはいっても、実物は見たことがないのよ。刻星機は天球儀を模した、美しい円形の機械だと聞いているわ」


 ナターシャの言葉が、ゆっくりと心に落ちてくる。エフィは擦りきれた地図の端を、意味もなくなぞった。


「エルシオンの機密そのものであるこれを、エフィのお兄さんが持っていた……」


 ナターシャがそこで言葉を途切れさせる。


(兄様は、このエルシオンに深く関わっている)


 彼女の言葉の続きを、エフィは心の中で呟く。

 覚悟していたことだった。それでもはっきりと突きつけられると、心の揺れを抑えられない自分がいることに気付く。

 深く息を吸って、吐き出した。それすら震えて、不規則な呼吸となる。


「エフィ……」


 ルーカスが名前を読んだ。エフィは地図から顔を上げる。琥珀色の瞳と、気遣わしげな声色――いつも明るい彼に、こんな表情をさせたくなかった。


(これは、私の問題だから)

 

 指が白くなるくらい、強く握った。アリステアが地図から視線を外し、こちらを見る。


「ルーカス、私は大丈夫だよ。……その中枢って、ナターシャさんが入れないくらいだから、限られた人しか入れない。そういうことでいいんですよね?」


「ええ。少なくとも一般職員は入職時に軽く案内される程度で、入り口部分しか見ることはできないわ」


 ナターシャが顎に手を当て、考え込む。


「奥まで入れるとしたら、星府の高官か女王陛下、それから彼女を守る近衛騎士くらいでしょうね」


 彼女が挙げたのは、どれも兄とは直接繋がらなさそうな役職ばかり。エフィの知る兄は、明るくどこか抜けていて、でも頼りになる自慢の家族だったのに――


(兄様は、どこにいるの)


 地図に向かって問いかけても、答えはない。黄ばんだ紙がエフィの祈りを嘲笑う。


「近衛騎士? あんなの名誉職だろ?」


「下っ端はね。女王陛下に近い側には、実力も地位もあるよ」


 アリステアが淡々と返す。ナターシャは言葉なく、呆れたようにルーカスを見た。


「さすが、アリスは博識だな」


「常識だよ」


 アリステアの言葉に、ルーカスはにっと笑った。その笑顔を見て、アリステアが僅かに肩の力を抜く。


「とにかく、その中にエフィのお兄さんがいる可能性があるんじゃないかしら」


「どいつもこいつも接触しにくそうな奴ばっかりだな。ナターシャは星府塔でエフィに似た男を見なかったか?」


「……記憶の限りでは、覚えがないわ」


 だよなあ、と肩を落としているルーカス。その横で、ミラが食い入るように地図に視線を走らせているのに気が付いた。

 そういえば、彼女はこの話が始まってからずっと、口を閉ざしている。


「ミラ? どうしたの?」


 エフィが声をかけると、ミラは弾かれたように顔を上げる。全員の視線がミラに集中し、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「……あのね、この地図、何かを消した跡があるなって思った」


「消した跡?」


 ルーカスに示すように、ミラは地図の一点を指差す。中央にある刻星機と思われる正円、それが鎮座している空間と隣を通る廊下の間の壁に、うっすらとインクらしきものの跡が残っている。

 エフィはその跡をなぞるように触れた。何も書かれていない白紙の部分に比べ、そこは僅かに凹んでいる。


 アリステアとナターシャも、身を乗り出すようにして地図を凝視した。


「まさか、隠し通路か?」


「わからないけど、そうかも。この廊下と刻星機がある広い部屋を繋いでるみたいに見える」


「刻星機は星府にとって重要な蒸気機関なのに、こんな風に直接行ける通路なんて作るのかな……?」

 

 エフィの疑問に、アリステアが青い瞳を細めた。


「普通はないだろうね。……この地図を作った人間が意図的に用意したもの、なんじゃないかな」


「……それが兄様かもしれない、ってことだよね」


 誰も、返事をしなかった。アリステアとミラは地図を眺め、ルーカスとナターシャは心配そうにエフィを見つめている。

 彼らの沈黙こそが、何よりも肯定を表しているように思えた。


(兄様……)


 兄が何を考えていたのか、エフィにはまたわからなくなった。心は波打つようにざわめいている。

 

 それでもエフィは、努めて前を向く。


「みんな、ありがとう。おかげでひとつ、兄様のことを知ることができたよ」


 そう言って微笑む。兄のことがわからないのは怖い。それと同時に、この場にいるみんなに感謝しているのもまた、本当の気持ちだった。


「この地図はエフィが持っててくれ。かなり貴重なものだから、無くさないようにな」


 ルーカスが丁寧に地図を折り畳み、エフィに差し出してくれる。皺にならないよう、そっと胸に抱きしめた。






 ルーカスとミラが「ブレスレットの解析を続けるから」と言ってルーカスの部屋へと消え、ナターシャが「少し外の風に当たってくるわ」と出ていったので、リビングにはエフィとアリステアのふたりが残された。


 彼は椅子に座ったまま、固い表情で沈黙を守っている。顔色がいつもよりも悪い気がした。


「アリステア、体は大丈夫?」


 問いかけると、アリステアは無言で、しかしはっきりと頷いてみせた。

 彼は口を開かない。何をするでもなく机に視線を向け続けている。彼のことが気になって、エフィは席を立てなかった。どうにも落ち着かない。四つ折りにされた地図を、手の中で弄ぶ。


 そのまま、どれほどの時間が流れただろうか。


「エフィ」


 ふいにアリステアが名前を呼んだ。顔を上げると、彼の青い瞳と視線が交わった。彼は姿勢を正し、体ごとこちらを向いている。


「君に話しておきたいことがある」


 改まった態度。硬い声色。

 そこから感じる緊張に、エフィもまた彼の方に向き直る。


「僕の死について」


 彼の宣言が、静かにリビングにこだました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
起き抜けに読む話じゃなかったです(笑) もちろん前話から、かなり重要な地図とは分かってましたが、より重要になりましたね。 というか消し跡に気づくミラ、グッジョブです! そろそろあれですかね。忘れてた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ