3-16:敗北、しかし
アリステアとミラを残した場所から少し離れた、寂れた空き地。その真ん中にエフィとルーカスは待機して、その時を待っていた。魔法の鍵は今、遮光ゴーグルを下ろしたルーカスの手の中にある。
代わりに、エフィは魔法銃を握っていた。
(予言の通りなら、彼らは必ず来る)
そう確信があった。運命が予言通りになるように『当ててくる』のなら、それを利用して鍵を追う二勢力をこの場に呼び寄せる――それが、エフィの目論見だった。
「逃げられないと踏んで、観念したか?」
予想通り、エフィたちが待機してすぐに金髪の男――反予言派のリーダーが部下を引き連れ、西側の路地からふらりと姿を現した。鍵を破壊するつもりがない彼らは、銃ではなく剣を携えている。
「……それはどうかな?」
あえて、挑むように笑ってみせた。リーダーの眉間に皺が寄る。
「貴方は、何のためにこの鍵を欲しているの?」
問いかけながら、エフィは周囲の様子を伺う。ドミニクたち、ヤードの姿はない。まだ時間を稼がなければ。
「決まってるだろ。星府は古代の魔法技術を独占してる。その知識を民間にも広めれば、もっと蒸気機関は発展する筈だ」
エフィはルーカスの手の中にある鍵に視線を向ける。
彼らはあくまで、魔力を秘めたアイテムとして鍵を欲しているらしい。彼が箱のことを知っている訳ではないと知り、こっそり息を吐いた。
「予言に反発することと関係あるの?」
「そこまで答えてやる義理はない。お前はそれを渡しさえすればいいんだ」
リーダーが号令を出し、部下たちがじり、と距離を詰めてくる。隣のルーカスが身構えた。エフィも、魔法銃を握る手に力が入る。
「大丈夫だ。一緒にミラたちのところに帰って、アリスの残りの傷を治してやらなきゃいけないだろ」
ルーカスが笑う。
こんな状況でも、隣に彼がいると思うと不思議と落ち着いていられる気がした。エフィは無言で頷く。
ふと、どこからか慌ただしい靴音が響いてきた。人数が多い。全身に緊張が走る。
「見つけたぞ」
反予言派とは反対側の路地から、低い声が響く。ドミニクは配下のヤードたちと共に、迷いなくルーカスへと銃を向けた。鍵を持つ逸脱者。狙わない理由はどこにもない。
ドミニクが撃鉄を上げる。
彼が立つ真横の建物の屋上で、朝陽を背負って人影が立った。
「貴方には、反予言派を相手にしてもらうわ」
ナターシャの声と共に、屋上から爆弾が投げ込まれた。ヤードたちの足元で爆発し、煙と音が広がる。ミラ特製の、非殺傷性を追い求めたものだ。爆弾というより、性質は花火に近い。
それに気を取られたドミニクの射撃は狙いを大きく外れ、ルーカスには当たらない。
ドミニクが屋上を見上げる。そこから既にナターシャは姿を消している。
「チッ、ヤードか」
銃声に気付いた反予言派のリーダーが舌打ちをした。対するドミニクは余裕の笑みを浮かべている。双方が睨み合い、緊張が走った。
――反予言派を追いかけたヤードと小競り合いを起こした時に、鍵は破損して失われる。
ドミニクが思う予言の通りに、事は進んでいる。エルシオンにおいて、物事は予言に従えば簡単に成すことができる。
エフィは魔法銃の引き金に手をかけながら、ルーカスにちらりと視線を向けた。
「いいのか?」
彼が短く確認する。もう、迷わない。
「うん!」
「わかった。……お前ら、お望み通りこれはくれてやるよっ!」
ルーカスは大きく振りかぶり、鍵を空中へと投げた。鍵は大きな放物線を描き、陽光を受けて鈍色に煌めく。その瞬間、その場の誰もが息を止め、鍵の行方を追っていた。
エフィも、照準から鍵を見つめる。指が震えそうになるのをぐっと堪えた。鍵が落下へと転じる、その直前。
(兄様、ごめんね……!)
ありったけの魔力を込めて、引き金を引いた。発射された魔力の弾は音もなく膨張し、光の帯となって空を貫く。鍵を飲み込み、強い魔力同士が反発し合う。
光が急速に膨れ上がる。目を開けていられず、エフィはぎゅっと瞼を閉ざす。
「エフィ!」
今度こそ全身から力が抜け、傾いだエフィをルーカスが支える。彼の肩越しに、鍵ごと光が爆発するのが見えた。爆風と圧倒的な眩さが周囲を襲う。ルーカスの体に守られ、それはエフィまで届かない。
「逃げるぞ」
返事を待たず、ルーカスが手を引いて走り出す。ゴーグルで遮光ができる彼は、この場で唯一正確にものを見ることができる。
視界を奪われ、ヤードも反予言派も慌てふためいているらしい。怒声が聞こえる。
「成功したんじゃないかしら」
軽い足音。ナターシャが脇道から合流し、ルーカスと並走した。彼女はミラから借り受けたゴーグルを着けている。
「ああ、『予言通り』に鍵は失われた。もうこの件で俺たちが追われることはない」
瞼の向こう側で、光が徐々に薄れていく。エフィはうっすらと目を開け、空き地の方に目を向ける。
(兄様……)
こっそりと、兄を想う。爆発した鍵はもう、この世のどこにも存在していない。
それでもいいと思った。目に見えるもの、形あるものが全てじゃない。それを教えてくれたルーカスとその妹に向けて、エフィは心の中で感謝した。




