3-15:そんなの、わからない
反響する足音に、エフィは息を呑んだ。思わず魔法銃に手を伸ばす。
「いや、エフィ。この気配は――」
ルーカスの言葉が続く前に、その人物は姿を現した。小柄な体格に、ストロベリーブロンドの可愛らしい髪を持つ少女。
「ミラ!?」
エフィが名前を呼ぶと、少女――ミラはぺこりと頭を下げる。
「……心配で、見に来た」
ミラが小声で呟いて、ルーカスの側に寄った。兄の無事を確かめ、その表情がようやく和らぐ。
「だからって危ないだろ」
「大丈夫。わたしは予言で守られているから、ヤードは手を出せない。兄さんよりよっぽど安全」
「……それを言われると否定できないぞ……」
ミラは得意げだ。ルーカスが大きく息を吐く。兄妹の様子を微笑みながら見守っていたナターシャが、ふと真面目な顔になる。
「ねえ、ミラが持ってるそれって……」
言葉を受けて、ミラが手に持っていた箱を掲げてみせる。エフィは目を見開いた。王冠模様が彫り込まれた、兄の箱だ。
「持ってきちゃった」
ミラが明るく言う。彼女はルーカスの隣を離れて、今度はエフィに近付いた。
「開ける?」
箱を捧げ持つようにして、こちらへと向ける。エフィはその場にいる全員をぐるりと眺めた。
誰もが、エフィのことを待っている。
「……うん」
一度深呼吸をしてから、震える指で鍵を鍵穴に差し込んだ。思った通り、鍵は抵抗なく穴に入る。回す前にカチッと微かな音がして、魔力が霧散すると共に、箱の蓋がひとりでに開いた。
中に入っていたのは、青い魔石がついたブレスレットだった。鍵から感じるものよりも、ずっと強い兄の魔力を感じる。
「まだ何かあるぞ」
箱の底から、ルーカスが薄い何かを拾い上げた。黄ばみ、端が擦り切れている紙だ。四つ折にされているそれを、彼は壊さないように慎重な手つきで開く。
中にはいくつかの線が記されていた。それらが集まり、奇妙な図形のようなものを作り上げている。ミラが目を見開いた。
「……これ、地図じゃないかしら?」
ナターシャが呟く。かなり広い、どこかの、円形の建物の見取図のようだ。階段や扉の位置まで、精巧に描写されている。地図の中心部分に記されている部屋は一際大きく、意味ありげな正円が記されていた。
エフィの横から地図を覗き込んだアリステアが、息を呑んだ。
「これは……」
こぼれた彼の声は掠れている。
「アリステアは、これがどこの地図かわかるの?」
問いかけると、彼は青い顔で顎に手を当てた。唇を強く噛んでいる。
最初は考え込んでいるのだと思った。古い地図を眺めながらアリステアの返答を待つが、彼は何も言わない。時間だけが流れていく。
呼吸の乱れに気付き、エフィがアリステアを見る。彼は先ほどの姿勢のまま、目をぎゅっと閉じていた。
「大丈夫!?」
「……死にはしないよ」
力なく告げられた言葉。ずっと無理をさせていたことに気付き、エフィの胸が重くなる。
「そういう訳にはいかないよ」
エフィはアリステアに近付いた。鍵のおかげで魔力は多少回復している。夜も明けてきたし、今なら彼を治療するくらいはできるはずだ。
なのに、アリステアはさっと身を引いた。
「君の魔法は、運命を破るために使うべきだ」
彼の声は、いつになく小さい。
エフィは言葉に詰まる。研究所を出た時もそうだった。アリステアはいつも冷静に物事を見て、最も合理的な答えを出す。いつもは頼りになるそれが、今日はエフィの心をざわつかせる。
「『僕が死ぬのはここじゃない』、だっけ?」
口にすると、アリステアは淡く笑みを浮かべた。
(なんで、笑うの)
彼の態度に、心がささくれ立つ。
訳がわからない。頭の芯が痺れているように、うまく思考がまとまらない。衝動のままに、エフィは一度地図を箱に戻す。
「そんなの、わからないよ……」
言うべきじゃない、彼には彼の考え方がある。そう思うのに、エフィの唇は自分勝手な言葉を紡いで止まらない。
「私は予言なんか知らない。予言で死ぬなんて、そんなの理解できない。死なないから置いていくなんて、そんなことできないよ!」
叫ぶ声が、朝霧の立ち込める街に反響する。アリステアが青い瞳を丸くする。いつも冷静な彼から一本取れたようで、心のざらつきが少しだけ引っ込む。
彼に向けて手を伸ばす。治癒魔法の光が指先に宿り、アリステアの傷を癒していく。
「魔法は、いい……」
身動ぎして逃げようとしたアリステアの手を掴んで、壁に押し付けるようにして拘束する。普段の彼なら簡単に抜け出せるだろう。だけど今は、エフィの方が強い。
「逃げないで。貴方はここを生き残る。予言の通りに」
低い声で呟いて、魔法を続行する。
「そうでしょ?」
「エフィ……」
拘束から逃れようと暴れていた腕から、くたりと力が抜けた。至近距離で、青い瞳と目が合う。エフィ自身、くらりと眩暈を覚えつつも魔法をやめない。鍵と、ミラが持つ箱の中に収まっているブレスレットの魔力が、力強く支えてくれている――
「……君は、変わってるね」
アリステアの言葉に、エフィは笑顔を向けてやった。
「あのね、それはこっちの台詞なんですけど!」
ある程度のところで、エフィは魔法をやめた。逃げきるためには魔力を温存しておかなければならないというのも、正しい理屈だから。
アリステアの顔にはほんの僅かに赤みが戻っている。とはいえ、傷は塞がっても、失った血液までは戻せない。
「話は後だ。まずは、この状況をどう切り抜けるかだな」
ルーカスの提言に、全員が頷いた。アリステアが動けない状況そのものは変わらない。
「ミラを巻き込めないわ。アリステアと一緒にここに残って貰いましょう。ふたりは狙われる理由がないもの」
「待ってるだけなのは嫌。わたしも手伝いたい」
ミラが唇を尖らせた。
「それはダメだ」
彼女の頭を、ルーカスが強い力で撫でる。ミラは不満げに兄を見上げるが、すでにルーカスの視線は妹の元にはない。彼は真っ直ぐにエフィとナターシャを見ていた。
彼は理由を言葉にしない。形がなくても、その仕草にはルーカスの気持ちが籠っている。
エフィはミラの前に進み出て、箱から鍵を抜き取った。鍵の魔力は健在だ。兄の痕跡を刻み込むように、強く握った。
「ミラは、ここでアリステアが無茶をしないか見張っててくれる? とても大事な仕事だよ」
エフィの言葉に、ミラの視線が泳いだ。本当は、彼女は一緒に来たいのだろう。しかしミラは未だに辛そうなアリステアを見て、もう一度エフィを見上げる。
「……わかった。エフィさんはどうするの?」
「ひとつね、考えがあるの。……ルーカス、だいぶ危ないんだけど、手伝ってくれる?」
「任せろ」
ルーカスはエフィの肩を軽く叩く。詳細も聞かずに引き受けてくれる彼に、小さく笑顔を見せた。




