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3-13:襲撃


「狙撃手は、恐らくもう屋上を降りているわ」


 戻ってきたナターシャが報告をくれる。


「ぐるりと回って裏口まで行ってみたけれど、撃ってくる気配はなかったの。恐らく、正面から出たことに気付かれたんでしょうね」


 建物の中にいたエフィに向けられたあの狙撃は、銃に疎くてもわかるほど、狙いが正確で迷いげなかった。かなりの実力者だとわかる。その狙撃手が今、屋上にいないということに、エフィはほっとした。あんな相手に上から狙われては、いつまでも逃げ切れる気がしない。


「おいおい、見に行ったのか? 危ないだろ」


 ルーカスが頭を掻く。ナターシャは淡く笑った。


「今さらよ。……だから、ここからは地上で追われることになるわ」


 会話が途切れる。エフィは思わず夜の風に耳を澄ませた。足音や銃声は聞こえない。それでも空気がぴんと張り詰めた気がして、全身に力が入る。


「なるほど、それは俺たちの得意分野だ。逃げきってやろうぜ」


 ルーカスがにやっと笑う。


「うん。みんな、ありがとう……!」


 エフィが言うと、ルーカスとナターシャが大きく頷いてくれる。アリステアはひとり後方で、静かな視線をこちらに向けていた。






 エフィたちは魔法研究所の門を飛び出して、夜の街を走った。エルシオンの外れにあるルーカスの家までは、まだ距離がある。


「いたぞ!」


 声と共に銃声が響く。当たりはしなかったが、足を鈍らせるには十分だった。咄嗟に振り向く。路地からヤードたちが現れ、銃を構えていた。彼らの狙いは当然、エフィの持つ鍵だ。


「おーい、お前ら街中でばかすか撃ちまくってるけどさ、予言にないやつが流れ弾で死んだらどうするんだ?」


 ルーカスの軽口に、ヤードが一瞬、ぎくりと動きを止める。アリステアはその隙を逃さず、仕込み杖を抜いて斬り込んだ。月光に銀の刃が閃く。腕を浅く斬られたヤードたちは、痛みに悶絶して銃を取り落とした。落ちた銃は、ルーカスが排水溝へと蹴り落として無力化する。

 

 それを見届けてから、エフィは街灯の頼りない明かりを利用して結界を織り上げる。ヤードたちが光の壁で隔絶された。

 暗闇の中で魔法を使うのは消耗が大きい。エフィは深く息を吐いた。


「エフィ、大丈夫?」


 ナターシャがエフィに寄り添ってくれる。呼吸を整えながら頷くので手一杯だった。


「まだ来るよ」

 

 アリステアの声が鋭く響いた。正面側からもヤードが複数名、こちらに向かって走ってくるのが見えた。腰のホルスターから銃を取りだそうとしている。


「ちょっと静かにしとけよ!」


 ルーカスが、ミラが調合した煙幕爆弾を投げつける。たちどころに黒いもやが広がった。視界を奪われ、ヤードの足音が止まる。 


「こっちに行きましょう!」


 ナターシャの先導で、商業区の通りを外れて工場が立ち並ぶ地区へと入り込む。障害物が多く、身を隠しやすい細い通路は逃げることに向いている。


「塞ぐね」


 エフィは短く宣言して、もう一度結界を作った。体の中の魔力が大きく削られ、眩暈を覚える。ふらついたエフィの肩に手を添えるようにして、ルーカスが支えてくれた。


「走れるか?」


 エフィは何回か瞬きをする。すぐに真っ直ぐ立てるようになり、ルーカスに頷いてみせた。


「まだ平気。行こう!」


 纏わりつくような蒸気に紛れて、エフィたちは走る。昼間は働く人々で賑やかだろう工業区も、夜はひっそりと闇に沈んでいる。


 ヤードも、反予言派も、気配はない。4人の足音だけが反響する。


 どれだけ走っただろうか。揃っていた足音が、ふいに乱れる。


「大丈夫か?」


 先頭を行くルーカスが振り返った。その視線はエフィを通り過ぎて、後ろのふたりに向けられている。


「ええ……なんとか……」


 ナターシャは肩で荒く息をしながら答えた。表情から、隠しきれない疲労が伺える。最後尾のアリステアは顔色ひとつ変えずに頷いた。


「僕は大丈夫」


「アリスのそれは、もう信用できないぞ」


 ルーカスが即指摘する。アリステアは不満げに視線を逸らした。

 喋りながらも走り続けていたが、エフィは明確にナターシャのペースが落ちていることに気付いた。前を走るルーカスの背を軽く叩く。


「かなり長く走ったから、少し休憩した方がいいかも」


「そうだな……」


 ルーカスが速度を落とし、やがて完全に足を止めた。エフィもそれに倣う。アリステアは周囲の様子を気にするように、ゆっくりと視線を巡らせた。


「追っ手の気配はないね。少しなら大丈夫」


 アリステアの報告を聞いて、ナターシャは壁に寄りかかるようにして目を閉じた。呼吸が荒い。


「……ごめん、なさい」


「いや、女性にこの強行軍はハードだよな。悪かった。エフィは大丈夫か?」


「私? 私は――」


 ルーカスに言われて、気付く。エフィはほとんど疲労していない。流石に呼吸は乱れているし、魔力はかなり削られているものの、体自体は軽い。


「まだいける、かな」


「体力あるな」


 ルーカスが感心したように笑った。その笑顔に空気が緩む。


「そんなに運動が得意な訳じゃないけどね」


「え、そうなのか? エフィは結構、戦闘のセンスあると思うぞ」


 彼は大真面目な顔をしていた。


「それ、ドミニクも言ってたけど、ほんとに嬉しくないから……」


「可愛いって言われた方がいいよな。悪かった」


「いや、冗談だってわかってるから、別にそれも嬉しくないよ」


 ルーカスがなぜか、少しだけ寂しそうな顔をする。


 エフィは空を見上げた。空はまだ暗いが、東側はうっすらと明るくなり始めている。

 

 ふと、どこかから漏れ聞こえていた蒸気の音が止む。静寂が辺りを包んだ。動くことも憚られるような雰囲気。エフィは無意識のうちに、息を殺した。


 瞬間、アリステアがはっと顔を上げる。


「伏せて」


 短い声に反応し、エフィがその場にしゃがみこむ。同時に、破裂音が夜空に響いた。

 弾丸はエフィのすぐ近くにある配管を貫く。高圧の蒸気が一気に吹き出し、エフィの体は衝撃で吹き飛ばされた。後方で、ナターシャの悲鳴が小さく響く。

 

 石畳に叩きつけられた勢いのまま、地面を転がった。鍵が手をすり抜けそうになり、強く握り直す。


「ふん、こちらに気付くとは、なかなかやるな」


 誰かの声が頭上から聞こえてきた。

 うつ伏せで倒れていたエフィは顔を上げる。建物の屋根から配管を伝うようにして、その男はすぐ側に降り立った。


「それを渡せ」


 威圧的な声が、路地に響いた。




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― 新着の感想 ―
ルーカスの可愛いを冗談で流すエフィ……(ˊ˘ˋ*) 素直に受け取ってもらえる日は来るのでしょうか。こんなシリアスな場面でも、そんなとこばかり気にしてしまいますが、とりあえずみんながこれ以上傷付きません…
兄様かなー、兄様だといいな。 んなわきゃないのは分かってるけど^_^; ルーカス、「予言にないやつが流れ弾で死んだらどうするんだ?」は、上手いというか、酷いというか。 さすが、地上戦は任せろというだ…
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