3-10:予言の通りに
(この人は……)
エフィは魔法銃を構えながら、血の気が引くような感覚がしていた。この場にいる誰もが、時が止まったかのように動けずにいる。
(私たちがここに来るかもしれないと、自分で考えたんだ……)
柔軟な思考と、自らの過ちを正せる強さ。それを持ち合わせているドミニクに対して、下手な手は通用しない。相対しているドミニクを睨んだ。エフィに銃を向ける彼の気迫は、この前の軽さとは明らかに違う。
(この人は、本気でここに立っている)
そう、理解した。
「待って」
固い声で、ナターシャが沈黙を破る。
「エフィ――魔女には、捕縛命令が出ているはずよね。貴方はエフィを撃てないはず」
「本当にそう思うか?」
ナターシャの指摘を、ドミニクが一笑に付した。彼の態度は余裕ありげに見える。一対多とは思えない程に。
エフィは大きく息を吸った。冷たい夜の空気が肺に満ちる。
「……ううん。この人は、必要があれば私を撃てるよ」
迷いなく言いきると、ドミニクは器用に片眉だけを上げてみせた。ナターシャが青ざめた顔でエフィを見る。
「どういうこと?」
「ドミニクは今、星府の命令より予言の成就を優先してる。なら、予言を変える私を野放しにするとは思えない。でも、捕縛命令があるから撃ちたくはない。そうだよね?」
返事はないが、ドミニクの顔に一瞬だけ酷薄な笑みが浮かぶ。彼の指は、引き金に掛かったまま。それを見据えながら、言葉を続ける。
「こうやって私たちを足止めするのが、彼の狙いだよ」
「へえ。前も思ったがお嬢さん、あんた本当に面白いな。殺すのはあまりにも惜しい」
ドミニクが笑う。そう言いながらも、彼の狙いはぴたりとエフィに向いたまま。銃の先端にある黒い穴に、意識が釘付けになる。
雲が出てきたのか、差し込んでいた月光が翳る。明かりはナターシャが持つランプだけになった。
「――なら、エフィ」
近くでルーカスの声が聞こえた。眩しい陽光のように、その音がエフィを導く。
(ルーカスなら、状況を動かしてくれる!)
確信とともに、いつでも動けるようにエフィは全身に力を入れた。
「走れ!」
瞬間、ルーカスがナターシャの持っていたランプを蹴り上げた。ナターシャの悲鳴。光が宙を舞い、床に落下して掻き消えた。
暗闇の中、ドミニクが引き金を引けずにいる。
エフィは迷わない。ルーカスの言葉に後押しされて、足が動き出す。舌打ちと共に伸びてきた指が、服を僅かに掠めた。
それを強引に振り払い、兄の魔力を感じる鍵へと真っ直ぐに駆け抜ける。
(兄様……!)
薄明の中、魔法銃を構えた。同時に、背後で銃声。火薬の臭いが広がる。
背後のふたりは無事なのか。エフィの照準が揺れる。
「往生際が悪い、なっ!」
ルーカスの声と、揉み合うような物音が聞こえる。ナターシャが駆け込んできて、窓のカーテンを全開にしてくれた。
エフィの魔法に必要なだけの、最低限の光が差し込む。
もう振り向く必要はない。僅かな月光を集めてから、魔法銃の引き金を引く。
甲高い音。ショーケースの上部が砕けた。反動でたたらを踏むエフィの視線の先で、吹き飛んだ硝子の破片が煌めきながら落下していく。
間髪いれずに、鍵に手を伸ばす。
視界の隅にナターシャの後ろ姿が入り込んだ。長い髪を振り乱すように、彼女はエフィの方を向く。
「エフィ!」
切羽詰まったようなナターシャの呼び声。エフィは動きを止める。ほとんど勘だった。
遠くで銃声が聞こえる。同時に、窓ガラスが派手な音を立てて割れた。流星のように弾丸が飛び込んでくる。鉛弾は鍵とエフィの間を通過して、床にめり込んだ。
ぞっとした。ナターシャが声を上げなければ、腕が吹き飛んでいたかもしれない。
窓の外から銃声が立て続けに響く。ショーケースを避けるようにして、次々と床に着弾する。
ナターシャが窓の下にしゃがみこみ、体を小さくした。エフィが鍵に近寄ろうとするたびに、外からの狙撃が正確に牽制してくる。鍵に近付くことができない。銃撃を避けるために壁際の暗がりに伏せながら、強く唇を噛んだ。
(これ、ドミニクのやり方じゃない。つまり、反予言派が動いたってこと……?)
隙を見て、エフィは窓の外に目を向ける。通りを挟んだ向かいの建物の屋上から、こちらを伺う人影が見えた。月光を背負うように立っていて、何者かはまったくわからない。
「あんな距離から……!?」
ナターシャが絶句する。
ふいに、銃声が止む。
代わりに、廊下の方からふたり分の足音が聞こえた。足音は戦いを続けるルーカスとドミニクの横を通り過ぎ、すでに原型を留めていないショーケースに近付く。
「これが例の鍵か。悪いが、我々『記されざる者』が貰い受ける」
「記されざる者? ただのテロリスト風情が、何を格好つけてるんだ」
ドミニクの呆れたような声が響く。エフィの指先は届かない。反予言派が舌打ちをして、そのまま鍵をあっさりと掴み取った。
予言通りに。
「さて、ここからは俺の仕事だな」
ドミニクが笑って、劇鉄を起こして銃を構える。その照準は反予言派の男――その手の中にある、魔法の鍵に向けられていた。
「その鍵は、破壊させてもらうぞ」




