3-9:立ちはだかる影
反予言派による襲撃の当日――エフィたち4人は、エルシオンの中心近くにある魔法研究所を訪れていた。
最寄りの曲がり角に姿を隠し、裏門を伺う。警備兵は2人。街灯に照らされる横顔には、どちらも緊張の色が見える。
予言で、今日この裏門が突破されることを知っているのだろう。エフィはそう思った。
「いくぞ」
ルーカスの合図で、全員で飛び出す。
「お前たちは!」
声を上げそうになった警備兵たちの鳩尾に、ルーカスとアリステアがそれぞれ一撃ずつ喰らわせる。動揺していた彼らはろくな抵抗もできないまま、気絶して地面に転がった。
「……ごめんなさい」
エフィは彼らに駆け寄って、両手を後ろで縛り上げる。念のため、一目につかないように門の陰に寝かせておいた。
「予定通り、僕はここで見張りと退路の確保をする。反予言派の侵入はなるべく阻止するつもり」
アリステアが倒れた警備兵の近く、門が作る影に身を潜める。彼は闇に溶け込むようで、気配すら感じさせない。
「頼んだぞ。女性陣のエスコートは任せろ」
ルーカスが唇の端を上げる。
「……あなたたち、手慣れすぎではないかしら」
ナターシャがアリステアと警備兵を見比べて、ぽつりと呟いた。
「ま、そうでもしないとヤードに捕まっておしまいだからな」
ルーカスが肩を竦めつつ、苦笑いを浮かべる。
エフィは研究所の裏口を開けようとノブに手を掛けた。
「エフィ」
アリステアに声をかけられて、エフィは振り向く。影から出てこない彼の表情は、暗闇の中でほとんど見えない。
「何があるかわからない。中のことは頼んだ」
「おーい。なんでエフィ個人に言うんだよ。俺は?」
「エフィが一番、機転が利きそうだから」
彼は淡々と答え、それから笑った気配がした。
「わかった」
エフィはアリステアにしっかりと頷いてみせてから、研究所の扉を慎重に開けた。
こちらの警戒とは裏腹に、廊下は人気がなく、ひっそりと闇の中に沈んでいる。ナターシャの言葉通り、今夜は警備が最小限しか置かれていないようだ。
「こっちよ」
元星府勤めだけあって、ナターシャは内部構造をよく知っている。明かりを持つ彼女に先導されるまま、エフィとルーカスは暗い廊下を走った。薬品を扱うこともあるのか、独特の香りが鼻を突く。
「本当に警備がいないんだな……」
「ええ。今回は反予言派に勝たせるつもりだから、余計な人員は割く必要がないのよ」
ルーカスとナターシャのやり取りに、すぐに同意することができなかった。
エルシオンでの暮らしは長くなってきたが、彼らの考え方に染み付いた『予言がある前提』は、まだまだエフィには馴染みが薄い。
その上、ルーカスやナターシャの運命を破った時のことを考えると、そうすんなり物事が動いてくれるとは到底思えなかった。アリステアの助言もある。
(不測の事態が起きたら、私が対処しなきゃ)
エフィは空いている方の手で、魔法銃の冷たい感触を確かめた。
人気のない廊下を駆け抜け、階段を登り、エフィたちはひとつの部屋の前にたどり着いていた。足を止める。響く音はこの場の3人の乱れた息遣いだけで、人がいる様子はない。
「鍵が保管されているのは、ここのはずよ」
ナターシャがそう言ってから、扉を慎重に押し開ける。
扉の向こうは、広く、無機質な部屋が広がっていた。中央にショーケースが置かれている以外、部屋の中には何もない。窓から差し込む月明かりが、ちょうどショーケースを――その中に飾られている古びた鍵を、青白く照らしていた。闇とのコントラストが、ひどく印象的だった。
「あれは……」
エフィは呟く。王冠を模した鍵は、間違いなく兄が持っていたものだった。鍵が発している魔力の気配も、兄とよく似ている。
「間違いない、兄様の鍵だよ。魔力を感じる」
エフィが告げると、ルーカスとナターシャが表情を緩める。
「よし、じゃ頂いていくとするか」
ルーカスが言って、部屋の中に一歩足を踏み入れる。
足音が響く。廊下の空気が揺れた。
エフィは反射的に魔法銃を抜いて、振り向き様に構える。
「よく気付いたな。さすが、俺の見込んだお嬢さんだ」
その男は、暗闇の中で唇の端を僅かに上げてみせた。彼の銃口はぴたりとエフィに向けられている。遅れて振り向いたルーカスの顔が強張り、ナターシャが息を呑む。
「ドミニク……!」
「覚えててくれたのか? そりゃ光栄だね」
刻星守護隊を率いるドミニクは、語り口こそ軽いものの、その目は笑っていない。魔法銃を握る指に汗が滲む。
「ドミニク……?」
問いかけるナターシャの声が震えている。ドミニクはちらりとナターシャに視線を向けた。
「あんたはこの前死んだはずの星詠み士じゃないか。全く、お嬢さんは色々やらかしてくれるね」
ナターシャは静かに首を横に振る。
「エフィじゃない。私が選んだのよ」
「だが、お嬢さんが原因なのは間違いないだろ?」
ドミニクは銃口をエフィへと向けたまま。誰も動くことができず、睨み合いが続く。
「なあ、ヤードのあんたが何でここにいる? 予言じゃ反予言派が鍵を手に入れることになってる。あんたがここにいる理由はないはずだろ」
固い声でルーカスが問いかけると、ドミニクの笑みが消えた。周囲の空気までが凍りつくような感覚。歯車の規則的な音だけが、無情に響く。
「だからこそ、だ。前回はまんまとしてやられたからな」
静まり返った廊下に、ドミニクの声がはっきりと響く。
「今回は俺の意思で、予言を成就させる」




