3-7:兄妹
「でも、魔法研究所なんて警備が厳重。どうやって忍び込む?」
ミラの疑問に、エフィは少し考え込んだ。
「ナターシャさん。反予言派が鍵を強奪する予言について、内容は詳しくわかりますか?」
「ええ。彼らは夜中に研究所を襲撃して、鍵を奪って逃走。反予言派を追いかけたヤードと小競り合いを起こした時に、鍵は破損して失われる」
ナターシャは淀みなく答えた。
「話を聞く限り、研究所襲撃の時はヤードと反予言派は戦わないのかな」
アリステアの推測を、ナターシャは首を縦に振りはっきりと肯定する。
「ええ。予言に記されていないから、当日の夜は警備を最低限しか配置しないことになっているわ」
「ならさ、襲撃当日に反予言派を出し抜くのが、一番リスクが少なく強奪できそうじゃないか?」
ルーカスの言葉に、エフィはテーブルの上、兄の木箱に視線を移した。みんなの声が、少しだけ遠退く。
(反予言派……)
エフィはつい先日、星府塔西口で出会った反予言派たちのことを思い返す。死傷するはずだった彼らの運命を書き換えた。負傷者はともかく、確実にひとり分、彼らの命を救っている。
(それが影響を与えることは、あるかもしれない)
それに思い至り、エフィは顔を上げた。
「あの、もしかしたら、反予言派が予言通りじゃない方法を取ってくるかもって思うんだけど、どう?」
「可能性はあるな。だけど、そう影響は大きくはならないんじゃないか?」
答えたのはルーカスだ。その隣でアリステアも頷いていた。青い瞳はいつだって冷静にエフィを、状況を見つめている。
「エフィが運命を変えたのは、組織の中のたった数人。それだけで予言をひっくり返すくらい大きな流れになれるなら、ルーカスとエフィがもっと色々やらかしてるよ」
「……なあ、それ誉めてる? 貶してる?」
ルーカスが苦笑いを浮かべる。アリステアはそれに答えるように僅かに目尻を下げた。
「ただ、不測の事態が起きる可能性は十分にある。そこは気を付けた方がいい。おまけに夜だ、エフィの魔法には頼れないかもしれない」
「そうだね……」
鍵を手に入れる準備が進んでいる。それ自体は嬉しいことだが――エフィの心は、どうしようもなく揺れていた。
兄の持ち物だった鍵がエルシオンに存在し、予言に記されている事実。それに、兄とエルシオンには関わりがあるのだと、否応なく突きつけられる。
もしかしたら、兄は自分の意思でここにエフィを置き去りにしたのかもしれない。そんな恐ろしい考えが浮かんで――エフィは足元がバラバラに崩れてしまったように、うまく踏みしめられずにいた。
(兄様……)
彼を追いかけたいと思う反面、本心を知ることが怖いと思う気持ちもある。立ち止まっていたら、何も進まないとも。
「ま、根を詰めても仕方ない。今日はそれぞれ休むとするか?」
ルーカスがそう言ってくれたので、エフィは真っ先に席を立った。兄の箱を胸に抱くようにして持ち上げる。
「じゃあ、そうさせてもらうね。おやすみ」
エフィは早口で言って、返事を聞く前に自宅へと駆け込んだ。2階にある自室までまっすぐに戻り、ベッドに身を投げ出す。カーテンが微かに揺れた。
月明かりの下、抱えたままの木箱を眺める。王冠の模様を指でなぞって、細く息を吐いた。
この状況で迷ってしまう自分を、誰にも見られたくなかった。
*
残されたルーカスたちは、エフィの家の玄関扉が閉まるのを、ただ黙って見守るしかなかった。
(……エフィ)
心の中だけで、名前を呼ぶ。去り際の彼女の寂しげな顔が、脳裏にこびりついて離れない。
(そんな顔、させたくないのに――)
胸の奥がざわざわと揺れる。
彼女の足音が遠くへと消えてから、ようやくルーカスは大きく息を吐くことができた。
「エフィ、顔色が悪かったわ。大丈夫かしら」
ナターシャがエフィが去っていった扉を見つめる。
「なあ、エフィの兄さんってさ――」
ルーカスは口にしかけてから、はっきり言っていいものか迷い、
「アレだよな、やっぱり」
結局、言葉を濁した。ミラが無言で視線を逸らす。
「過去の人間。もうこの世にはいない可能性が高いだろうね」
唯一、アリステアだけがきっぱりと言い切った。
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
「おい、そんなにはっきり言うなって」
絞り出すように、ルーカスが言う。指摘しても、アリステアの顔色はなにも変わらない。まっすぐな青い瞳を向けられた。
「本人がいないのに、気を遣っても仕方ないよ。大丈夫、エフィの前では言わない」
「おーいアリス。言わないだけじゃなくて、きっと生きてエルシオンにいるって前提で動くんだぞ」
「わかってる。エフィが数百年の時を越えてエルシオンにいるのだとしたら、兄も生きている可能性は……一応、ゼロじゃない」
アリステアはそう言ったが、つけ足された語尾は酷く小さかった。
彼は感情が読みにくいが、相手のことを見て、言葉や態度を選ぶことはできる。アリステアがそう言うのなら、エフィの前で迂闊なことは言わないだろう。ルーカスはそう信じた。
アリステアの発言を聞いて、ナターシャが眉根を寄せる。
「あの、聞きたいのだけれど……エフィとお兄さんは何者なの?」
「そういや、ナターシャには俺とエフィが知り合った経緯、詳しくは言ってなかったな」
ルーカスはざっと、エフィと出会ってから今までの経緯をナターシャに語る。話を聞いた彼女は、納得できたようで深く頷いてみせた。
「つまりエフィは魔法がある世界の出身で、でもその世界は、エルシオンと文化や言語で共通しているところがある。だから貴方たちはエフィも、お兄さんも、過去の……魔法時代に生きていた人間だと思っている。そういうことでいい?」
「うん、そう。わたしたちも、最初は全然別の場所から迷い込んだ人なのかなって思ってた」
「ま、普通時間を越えたかも、なんて考えないからな」
ルーカスが笑いながら言う。ふと視界に入ったアリステアの指先が、僅かに強張っているように見えた。何か考え事をしているのかもしれない。
(時間を越えた、か)
自分の発言を反芻する。ルーカスはエフィの兄のことを知らない。だけど、エフィは心から彼を慕っているように見える。
それはきっと、一方通行の思いじゃない。ルーカスも妹がいる立場だから、想像できる。もしルーカスがミラから離れなければならない状況になったら、必ず妹に何かを遺すだろう。それが、今回の鍵であればいい――
「兄さん」
ミラに声をかけられて、ルーカスは我に返った。
「絶対、鍵を奪って。エフィさんのために。……あとは、兄さんのためにも」
付け足された一言に、心が揺れる。
「……もちろん。任せとけ」
ルーカスの言葉に、ミラが微笑む。
その顔がミラの双子の姉と重なり、心臓が嫌な音を立てた。予言通りに失われてしまった最愛の妹。双子を見間違えたことなどないのに、どうして今になって。
(ま、今はエフィのことに集中しよう)
首を振って意識を切り替えてから、ルーカスは明るく笑ってみせた。




