3-6:魔法の鍵と兄の木箱
「魔力を持った遺物が見つかったんだってさ」
そんな話題を持ち込んだのは、目を輝かせて夕刊を読んでいたルーカスだった。いつになく声が弾んでいる。ミラがうるさそうに眉をひそめた。
「いやー、ロマンがあるよな! これが研究されれば、新しい蒸気機関が生み出せるかもしれないぞ!」
「そうなの? そういえば、蒸気機関には魔法の技術も使われているんだっけ」
エフィの問いに頷いたのは、向かいの席に座っているアリステアだった。話を振ってきた本人は新聞記事に夢中で、こちらの声は全く聞こえていない様子だ。
「強い魔力を帯びた遺物なら、ルーカスみたいな人間にとっては財宝だろうね」
「ええ。実際、星府も、積極的に魔法時代の遺物を集めて研究していたわ」
ナターシャがお茶を飲みながら、アリステアの発言を肯定する。大人の女性だけあって、何気ない動作ひとつとっても上品で美しい。エフィは思わず見とれてしまった。
「なあ、エフィならこれが何かわかるんじゃないか!?」
ルーカスがずいっと身を乗り出して、エフィに新聞記事を見せてきた。押し付けられた、という方が正しいかもしれない。その勢いのままに、記事を受け取る。
『貴族の館から、魔法時代の遺物が発見される!』という一際目を引く見出しの横に、白黒の挿し絵――写真が添えられていた。金属で造られている鍵のようで、王冠を模したような持ち手部分の中央に魔石が埋まっている。
エフィは息を呑む。粗く不鮮明な写真のため細部はよくわからないが、その特徴的な形状には見覚えがあった。力が入りすぎて、新聞の端がくしゃりと皺になる。
「エフィ? どうかしたか?」
食い入るように写真を凝視するエフィに、ルーカスが声をかけてくる。他の面々も、エフィの様子がおかしいことに気付き、視線を向けた。
「これ……」
エフィは青ざめた顔を上げる。絞り出した声は、頼りなく震えていた。
「兄様がいつも持ち歩いていた鍵……だと思う」
「お兄さんが?」
ルーカスが驚いたように声を上げる。
「なら、間違いなく魔法に関わる品ってことだな」
ミラが席を立ち、エフィの持つ新聞記事を覗き込んだ。少し考えてから、ひとりで頷く。
「これさ、多分、あれだと思う」
説明になっていない言葉を残し、ミラはエフィの家の扉を開け、そちらへと行ってしまう。
ミラはすぐに戻ってきた。彼女の小さな両手でちょうど抱えられる程度の木箱を持っている。それをテーブルの上に置き、正面がこちらに見えるよう、軽く向きを変えてくれた。
立派な意匠が、妙に存在感を引き立てているような箱だった。中身と鍵穴から、強い魔法の気配を感じる。
「お兄さんの部屋で見つけた箱。鍵がかかってる」
ミラが正面の鍵穴を指差す。鍵穴のすぐ上に、王冠のような模様が彫り込まれている。
「写真の鍵と、ここの模様が一緒」
「……そう見えるわね。これは本当に、お兄さんの持ち物かもしれないわ」
ミラとナターシャが頷き合う。ルーカスは箱を持ち上げ、底面を含めたすべての部分をじっくりと観察した。彼が軽く箱を振ると、カタカタと固く小さな音が響く。
「軽いけど、中に何か入ってるな」
「壊す?」
ミラが工具を取り出して、構える。
「やめとけ。この手の魔法錠は、正しい鍵を使わないと中身が吹き飛ぶぞ。エフィの兄さんの手掛かりがあるかもしれないが……」
ルーカスは箱をテーブルに戻し、ちらっと新聞に目をやった。箱の鍵と思われる遺物は、厳重な警備の元、魔法研究所に保管されているらしい。
「どうにか、譲ってもらえねーかなぁ」
ルーカスが腕を組んで考え込む。貴重な遺物だとされている以上、どう考えても譲ってもらえる訳がないのに、彼は考えることをやめようとはしない。
「ルーカス……」
約束通り、エフィの兄を探す協力をしてくれる――彼の誠実な姿勢に、心にあたたかいものが広がる。
その気持ちだけで十分、と伝えるために口を開くが、
「なら、奪ってしまえばいいんじゃないかしら」
先に沈黙を破ったのはナターシャだった。落ち着いた大人から放たれた衝撃の台詞に、全員の視線が釘付けになる。
「え、それは……え?」
ルーカスがエフィとナターシャの顔を交互に見比べた。
「私たちが動かなくても、この遺物は反予言派に奪われ、その後失われてしまう予言なの。……それなら、私たちが先に手に入れてしまってもいいわよね?」
彼女が蠱惑的な笑みを浮かべる。賞金首の時もそうだったが、ナターシャは案外、思い切りがいい。
「賛成」
同意したのはアリステアだ。
普段冷静なふたりが揃って『強奪』を選んだことに、ルーカスとミラは困惑の表情を浮かべていた。
「や、でもさ、それ犯罪じゃね?」
「今さら何を言っているの。予言を破るのは最も重い罪なのだから、私も貴方も重罪人よ。お揃いね?」
「びっくりするほど嬉しくないお揃いだな!」
ルーカスが肩を落とした。けれど顔は上げたまま、にっと笑う。
「ま、破損することがわかってる貴重品なら、俺たちの手で保護するのもやぶさかじゃないな。何より、俺はエフィの力になりたい」
「そうだね。エフィさんのためだし」
ミラが頷く。意見の揃った4人は、示し合わせたようにエフィを見た。
「なあ、エフィはどうする?」
ルーカスに問われて、目を閉じた。脳裏に、いたずらっぽく笑う兄の姿が浮かんでから、消える。
確信はない。ないが、兄だったら、エフィにこういう形でヒントを与えてくる。後ろ姿を追いかけろと言われている気がして――エフィは、こくんと頷いていた。
「……私も、そうしたい。兄様の手がかりだから、諦めたくないよ」
「決まりだな!」
ルーカスが一度、ぱんと手を叩いた。
「やつらから、鍵を掻っ攫ってやろうぜ」
「……さっきまで犯罪じゃね? って言っていた人とは思えない変わり身の早さね」
ナターシャがぼやきながら、息を吐いた。
「俺は、エフィみたいな可愛いお嬢さんには味方してやりたい紳士なんだよ」
「そういう下心は、隠しておいた方がかっこいいわよ」
ナターシャの辛辣な意見に、ルーカスがバツの悪そうな顔をした。




