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3-5:返しきれないもの


 エフィとアリステアが診察室に戻った時、患者は微動だにせず、そこに座ったままだった。こちらを見て、微かに表情を緩める。

 アリステアは、患者の目の前の椅子に再び腰を下ろした。


「今、症状はありますか?」


「少し苦しいくらいですよ」


 アリステアは患者の脈を取りながら、彼の全身を観察していた。診察が始まったのだと気付き、邪魔にならないよう、自分の椅子をそっと後ろに引いてアリステアを見守る。

 

 エフィの視線の先で、アリステアは机の上に乗っていた謎の細いチューブのようなものを持ち上げた。医療器具だろうか。二股になっている端を自分の耳に入れ、反対側、ベル型の方を患者の胸に当てて、何かを確認しているようだった。


「少しお待ち下さい」


 チューブを机に戻したアリステアは立ち上がり、棚から粉末の入った瓶を取り出す。粉末を量っては、小さな紙の中央に盛り、丁寧に包んでから紙袋に入れる。それを何度か繰り返した後、今度は違う瓶に手を伸ばす。


(……薬かな?)


 エフィの予想は当たっていた。

 アリステアは席に戻ると、ふたつの大きさの違う紙袋を引き出しから取り出し、粉末を包んだ紙を入れていく。


「こちらは軽く苦しさを取る薬です。軽い分、効き目も薄い。もうひとつは、強力な鎮静剤です。苦しさをかなり緩和できますが、代わりにほとんど眠ったような状態になると思います」


 アリステアの説明を聞きながら、患者はふたつの袋をじっと見比べていた。


「どう飲めばいいですか?」


「……貴方が、選んで下さい」


 アリステアの言葉に、患者の息が止まった。彼は口を半開きにしたまま、アリステアを見つめる。


(選ぶ……)


 エフィは心の中だけで、アリステアの言葉を反芻する。エルシオンの人間ではなくても、それを言われた患者の衝撃がありありと想像できた。


「僕には、貴方の望みはわかりません。もしここで望みを伝えてもらったとしても、いざ死を前にした時にどう心が動くかは予想できません。だから」


 アリステアは言いながら、ふたつの紙袋を患者へと手渡した。患者はゆっくりと、それを受け取る。 


「どうか、残された日を貴方の思うように生きてくれませんか。……とても難しいことだと思いますが」


 アリステアの言葉に、患者は最初何も答えなかった。彼は、受け取ったふたつの紙袋を胸に抱える。紙が折れる乾いた音だけが、静かな診察室に響いた。


「……先生はひどく、難しいことを仰いますね」


 ややあって、彼はぽつりと口にした。

  

「そうですね。ですが、貴方は予言に反して、僕のところに来ることを選んだ。……貴方ならきっと、残された時間で自分の道を歩けるはずです」


 アリステアの声は、いつも通り淡々としていた。しかしそこには確かな温度がある。


「……はい。ありがとうございました」


 それが伝わったのか、患者はさっと立ち上がり、深々と頭を下げた。その顔色は、先ほどよりもずっと血色がよく見える。


「それから、助手の方も」


 会話の宛先が、息を殺してじってしていたエフィへと向かった。突然巻き込まれ、驚きのあまり、椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がってしまう。ぱちぱちと目を瞬かせるエフィに、患者は表情を緩ませた。


「え、私ですか? 何もしてませんよ」


「いいえ。先生に影響を与えたのは、貴女でしょう? ありがとうございます」


「それは……」


 そんなつもりではなかったのだが、結果としてエフィの行動がアリステアに影響を与えている。それを言い当てられて、ただ口ごもった。患者は穏やかに笑った。


「では失礼します。本当に、お世話になりました」


 彼は深々と一礼する。そのまま振り返らずに診療所の扉を開け、ゆっくりとした足取りで出ていった。

 木が軋む音と共に扉が完全に閉ざされる。彼の姿が見えなくなってから、アリステアは小さく息を吐いた。力を抜き、椅子の背もたれに身を預ける。


「……お疲れ様」


 エフィが声をかけると、アリステアが振り向いた。


「いや。君のお陰だ。ありがとう」 


 いつになく真っ直ぐな台詞で言われて、彼から僅かに視線を逸らした。なんとなく、彼のことを直視できなかった。

 

「……君でも照れたりするんだね」


「それくらいするよ!?」


「いつもルーカスの軽口は流してるよね」


「それはもう慣れたし、冗談だってわかってるから」


 思わず大きな声で反論してしまう。アリステアはそんなエフィを、いつも通りの真面目な顔で観察していた。

 ひとりで騒いでいる方が余程恥ずかしいと気付き、咳払いをしてから椅子に座り直す。


「実際、君がいなければ、きっと彼の話を聞くだけで終わっていた。……この街では、決まった死を受け入れることが当たり前だから」


「……うん。あのね、患者さん、他にもいるんだよね? もしアリステアが良ければ、またここに来てもいい?」


「それは、助かるけど……君に貸しを返しきれない」


 アリステアの言い分に、エフィは堪えきれずに笑ってしまった。


「いいよ、そんなの。だって、私はアリステアの助手なんでしょ?」


 アリステアが目を僅かに見開く。そうしていると、年齢よりもずっと幼く見えた。


「……わかった。これからもよろしく」


 アリステアは頷く。それから、彼は今日はじめての微笑みを、エフィだけに見せてくれた。



 

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― 新着の感想 ―
アリステアが選択させた?と思ったらエフィのアイデアでしたか。ナターシャを前に選ばせた彼女らしい、それでいて出来る範囲のことで、とてもいいアイデアだと思います。 伸ばせる救いの手は限られてるし、どこまで…
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