1-4:『強制力』
エフィたちは外へと飛び出した。アリステアが言った通り、家の前には先程の衛兵たち――ヤードが、大勢集まっていた。
「ずいぶん熱烈な歓迎だな!」
こんな状況でも軽口を叩くルーカスに、勇気づけられる。
「大人しく逸脱者を引き渡せ」
ヤードたちは例の筒を構えながら、アリステアに向かって問いかける。恐らく、潜伏はとうの昔に知られていたのだろう。
(それも、予言の力なの?)
一瞬そう思ったが、ヤードの足元、石畳にうっすらと赤い靴跡があるのを見つけて、思わず唇を噛んだ。
(血痕……そんなことで見つかるなんて)
自分の詰めの甘さが、この事態を引き起こしている。焦りが募り、つい後先考えずに全力で魔法を放ってこの場から逃げ出したくなってしまう。
ふいに、アリステアが一歩だけ横に移動した。表情を歪めるエフィを庇うように、前へ。彼の広い背中が見える。
「生憎、そんなに素直な性分じゃない」
アリステアの涼しげな態度を見て、少しだけ冷静さを取り戻す。
(……焦っちゃ駄目。さっきみたいに、私にもできることがあるはず)
エフィは蒸気の立ち込める空気を吸い込み、気持ちを切り替えた。
「左から抜ける」
アリステアの囁き声が聞こえた。直後、ルーカスが真っ先に飛び出していく。
「なっ!」
この状況で抵抗してくるとは思わなかったのか、相手の顔に戸惑いの色が浮かぶ。
対するルーカスは躊躇わない。拳が、最も近くにいた男の腹部に叩き込まれた。吹き飛ばされたヤードには目もくれず、ルーカスはその隣に立っていた男も同じように昏倒させる。
アリステアは両手でステッキを構えた。彼が右手をスライドさせると、軽い音と共に銀色の刃が姿を現す。仕込み杖だ。細身の剣が翻る。
(速い!)
瞬く間に、彼の刃が立ちふさがったヤードの足を浅く切り裂く。血が流れたが、致命傷には程遠い。痛みに呻き、ヤードが体勢を崩す。
包囲が、崩れる。
エフィは全力で石畳を蹴った。倒れたヤードの横をすり抜けるようにして、包囲の外へ。息を乱しながら振り向く。ふたりが走ってくるのが見えた。
我に返ったヤードが金属の筒を構え、ルーカスへと向ける。
「危ない!」
一度足を止め、魔法を放つ。少し家で休んだからか、魔力はかなり回復していた。光の壁がルーカスとヤードを隔てる。範囲を狭くした代わりに、魔力の壁は先程よりも意図的に厚くした。
ふたりが、エフィを追い抜いて走っていく。
破裂音と共に、ヤードから遠距離攻撃が放たれる。飛来した弾は光の壁に傷をつけたのみで、弾かれて地面に落ちた。ヒビだらけになった壁が、光の粒子になって溶けるように消滅する。
「エフィ、助かった!」
エフィは頷き、先行するふたりの後を追った。
「ルーカスを逃がすな!」
背後から、慌ただしい足音が響いてくる。
エフィはふたりの後に続いて路地を逃げ回りながら、ふと違和感を覚えた。
ヤードたちは、滅多にあの筒状の武器を使ってこない。あれだけの威力と速度があるのだから、とにかく乱射すればこちらの足を止めることができるかもしれないのに――
(何か、理由がある?)
そう思い至り、隙を見て背後を振り返る。ヤードたちはホルスターに筒を納めており、構えてすらいない。筒の横にはルーカスと同じ、予言の本と思われるものを吊るしている。
予言。この街で、信じられているもの。
(……もしかして)
頭に、ひとつの閃きが浮かんだ。
答えを確かめるために、エフィは自分たちとヤードの間に薄い光の壁を形成した。彼らはすぐに筒状の武器で攻撃し、壁を割り始める。
その筒は今、どれも微妙にルーカスの方を向いていない。
(やっぱり!)
ひとつの確信が、胸に宿る。
「あのね!」
角を曲がり、射線が切れたところで、エフィは声を上げた。古そうな木箱がいくつか積んであったので、路地に散らかして、多少通りにくくしておく。
「もしかして、あの人たちは予言の通りにしか行動できないんじゃない?」
「そうだな。俺を捕まえに来てるはずだ」
ルーカスが肩を竦めつつ、素で返してくる。アリステアが横目でこちらを見た。
「――それだ」
彼が低く、しかしはっきりと呟く。
「目的は『ルーカスの捕縛』。ルーカスの殺害は『できない』んだ。おまけに運命を是とするから、不測の事態に弱く、思考に柔軟性はないだろうね」
「そういうことか! あー、予言があるのが当たり前過ぎて見落としてたな」
「不測の事態に弱い、か……」
アリステアの言葉を、エフィは反芻した。
(予言の裏を突いて、何とか逃げ切らないと)
何度目かの角を曲がる。視線の先に、明るく人々が行き交う大通りが見えた。
大通りの前にヤードが4人いて、こちらを見つけて例の筒を構えた。弾が放たれる黒い穴は、ひどく不気味で恐ろしいものに見える。追いかけてきている一団とは距離が稼げているとはいえ、このままでは挟み撃ちにされるかもしれない。
「突破は無理だな!」
ルーカスは咄嗟に別の路地へと身を滑り込ませた。エフィとアリステアも後に続く。封鎖していたヤードが追いかけてくることはなく、静まり返った路地には3人の足音だけが響いていた。
無言で走る。振り向いても、当然そこには誰もいない。先頭を行くアリステアが、走るスピードを落とし始める。
「……来ないね。撒いたかな」
アリステアの一声に、3人は足を止めた。エフィの呼吸は荒く乱れているものの、逃げ回った距離の割に疲労は感じていない。すぐに走り出せるよう、深呼吸をして息を整える。
「とはいえ、あいつらのしつこさは油汚れ並みだ。絶対また来るぞ」
ルーカスの言葉に、アリステアが腕を組んで考え込む。
(このまま逃げるんじゃ、きっとダメだよね)
そんなに簡単なことなら、予言について『外れた例を知らない』などと言わないはずだ。きっとまだ、ルーカス捕縛の予言は終わっていない。
「ちょっと、向こうの様子を見てくるね」
エフィはふたりをその場に残して、路地を引き返した。自分に目眩ましの魔法をかけ、なるべく足音を殺して慎重に移動する。
誰とも出くわすことなく、先程ヤードを見かけた地点まで引き返すことができた。曲がり角から頭だけをつき出すようにして、大通りの方を覗き込む。
ヤードはまだ、そこにいた。彼らは全員揃って路地側を眺めながら、警戒を続けている。
(……あれ、変じゃない?)
違和感を抱えたまま、観察を継続した。彼らは一切向きを変えず、路地だけを見張り続けている。まるで、大通りになど目を向ける必要はないとでも言いたげな態度。
(ヤードは、予言が絶対だと思っている。ということは、もしかして)
ひとつの仮説が浮かんだエフィは、静かにふたりのところへ戻った。目眩ましの魔法を解除する。
「さっきのヤード4人組は、持ち場っぽい場所から動いてなかったよ」
見たものをありのままに報告する。ルーカスとアリステアがそれぞれ頷く。
「それで思ったんだけど、ヤードの予言って、もしかして『ルーカスを路地で捕縛する』なんじゃないかな?」
エフィの言葉に、ふたりは揃って目を見開いた。




