3-1:勘違い
ある日、エフィがリビングを訪れると、ルーカスがテーブルの上を占拠していた。机の天板が見えないくらい、様々な魔道具で埋め尽くされている。
蒸気機関だけでなく魔道具にも興味があるらしい彼は、こうして時々エフィの家の倉庫から物を持ち出し、分解して構造を調べている。
ルーカスは魔道具のひとつを手にして、じっと観察している様子だった。その隣ではミラが熱心に資料を眺めている。ナターシャはテーブルから避難し、リビングの端の方で優雅にお茶を飲んでいた。
物音に気付いたのか、ルーカスが顔を上げる。
「なあエフィ、これって誰でも使えるのか?」
ルーカスは手にしていた魔道具をエフィに差し出してくる。穴の開いた筒と、引き金と、持ち手部分。構造そのものは銃とよく似ている。思わず身を引いてしまった。
「それ、銃じゃない?」
「うん。魔力を撃ち出す銃みたい。エフィさんの家の物置で見つけた」
ミラの一言に目を瞬かせた。
「魔法を? そんなの初めて見たよ」
少なくともエフィは、故郷のイーリスでそんなものが出回っているとは聞いたことがなかった。
「そうなの? じゃ、使えない?」
ミラの声が明らかに沈む。エフィはルーカスに近寄って、彼から魔法銃を受け取った。見れば見るほど、この前使ったドミニクの銃とよく似ている。
じっくりと観察したエフィは、持ち手部分に魔石が埋め込まれていることに気付いた。他の魔道具と一緒なら、ここに魔力を充填すれば使えるようになるはずだ。
「いけるかも。ちょっと、やってみようか」
指先に魔力を集中させてから、魔石に触れる。呼応するように、それはきらっと光を放った。
「お、反応したってことはいけるんじゃね?」
ルーカスの喜色が滲む声に、反応したのはナターシャだった。
「私に試し撃ちさせてくれる?」
ナターシャがさっと立ち上がり、こちらに手を伸ばした。魔法銃を手渡すと、彼女は真面目な顔で、躊躇いなくルーカスの左胸に向けた。顔を引きつらせ、ルーカスが仰け反る。
「え、俺なんかした!?」
「冗談よ」
ナターシャはふっと笑って、銃をエフィの手に戻した。ルーカスは机に突っ伏すように脱力している。
「いやだから冗談に聞こえないって……」
「大丈夫、チャージできる魔力の量は少ないみたいだから、至近距離で撃たれても死なないと思うよ」
「なあエフィ、それフォローになってるか……?」
ルーカスの呻き声に、エフィはくすっと笑った。
試し撃ちのために、リビングにいた全員でエフィの家に移動した。裏口から庭に出る。ここなら魔法的な空間だから、誰かの迷惑にならずに実験できるはずだ。
裏庭には、先客がいた。彼は片隅に置かれたベンチに座り、分厚い本を読んでいる。
「あ、アリステア」
声をかけると、アリステアは本を閉じ、顔を上げた。エルシオンではありえない爽やかな風が吹いて、彼の髪を柔らかく揺らす。
「みんなでどうしたの?」
「魔法銃の試し撃ち。アリスも見るだろ?」
ルーカスはアリステアの返事を聞かずに、彼の腕を取って強制的にベンチから立たせる。アリステアは眉を寄せた。
「魔法銃? 銃が登場したのは、魔法文明が衰退してからのはずだけど」
「でも、実際ここにあるんだから、否定できないだろ?」
「それは……そうだけど」
アリステアが頷いて、興味深そうに魔法銃を眺めた。
エフィは魔法で光の壁を厚めに作り出す。そこに向かって、魔法銃を構えた。
「いくよ」
引き金を引く。キン、と高く乾いた音が響いた。閃光が走り、その軌跡が目に焼き付く。
光の弾が命中した結界は割れこそしなかったが、衝撃で大きく揺れていた。
反動でよろけたものの、以前撃ったドミニクの銃よりずっとマシだ。
「相手を吹き飛ばすくらいは威力が出そうだな」
ルーカスがこちらに近寄ってきて、しげしげと観察する。彼は銃身に手を触れると、顔をしかめてぱっと離した。
「あっつ! 連発すると暴発しそうだな」
「でも、エフィさんの護身用にちょうどいい。ね、改造してもっと威力出るようにしちゃう?」
「危ないからやめろ」
アリステアが家から水のたっぷり入った器を持ってきて、ルーカスに差し出す。ルーカスは器を受け取り、火傷した指を冷やしている。
「わかった。じゃあ、私が使わせてもらうね」
はい、とミラが魔法銃付属のものらしいホルスターを渡してくれた。エフィは銃をしまい、ホルスターを太腿に装着する。
「……ねえ、私にも使えそうな武器はないかしら?」
「ナターシャさんが?」
エフィは目を瞬かせた。
ナターシャは落ち着いた雰囲気の、淑やかな大人の女性だ。そんな雰囲気の彼女と荒事なんて、とても縁遠いもののように思える。
「ええ。この先、星府との戦いは避けられないでしょ?」
ナターシャの発言を誰も否定しなかった。急に風が冷たく感じ、エフィは身を竦める。
「……わかった。あまり筋力がいらない武器、考えてみる」
ミラが頷いた。
(戦いは避けられない、か)
ナターシャの言葉を反芻して、目を伏せる。エフィの存在は、いつの間にかこんなにも大きくなっている。ここにいるみんなを守るために一番貢献できるのは、唯一魔法が使えるエフィをおいて他ならない。
顔を上げて、アリステアを見た。
「あのね、アリステアにお願いがあるの」
「なに?」
「護身術を教えて欲しい。星府は私を無傷で捕らえたいんでしょ? なら、私自身が抵抗できれば、逃げ切れる可能性は高くなるよね?」
アリステアは青い瞳でじっとエフィを見下ろした。凪いだ瞳からは感情が読み取りにくいが、迷ったり、反対している訳ではなさそうだった。
その視線の意味が掴めないうちに、アリステアがこくりと頷く。
「わかった。やるからには手加減しない」
「もちろん! アリステアがそういう人だから、お願いしようと思ったんだよ」
エフィとアリステアのやり取りを眺めていたナターシャが、眉根を寄せる。それから、おずおずと口を開いた。
「……あの、ふたりは兄妹ではないの?」
しん、と沈黙が訪れる。仮想空間なのに、どこからか鳥の呑気な鳴き声が聞こえてきた。
「違う。あれは演技だった」
アリステアの発言で、ようやくエフィはナターシャが初対面の認識のままで過ごしていたことを知った。
(あの時、私の演技がだいぶ怪しかったけど、まだ信じてたんだ……!?)
理知的に見える彼女の意外な一面に、驚いてしまう。それと同時に、
(でも、親しみやすい人かなのかも)
そんな風にも思えて、エフィは自然と微笑んでいた。




