2-24:絶対、嫌
数日後――
「これ、本当によくできた技術だぞ。あーもう、なんでこれを活かして技術者にならなかったんだ、あいつは!」
ルーカスはとある蒸気機関を前に、ひとりで目を輝かせたり怒ったりしていた。彼が見ているのはあの夜、詐欺師が捨てていった空を跳ぶための蒸気機関だ。
エフィとルーカスが逃走劇で酷使したため回路が焼ききれてしまい、今は使えなくなっている。彼はそれをどうにか修理しようと、ここ数日、悪戦苦闘していた。
「別に直らなくてもいいと思うけど……」
エフィは思わず呟く。ルーカスに抱えられて一緒に空を跳んだが、出力は不安定だし、多少の滑空しかできず墜落のリスクはあるし、正直生きた心地がしなかった。
「いやいや、この技術をもっと応用して安定して跳べるようにするんだよ」
ルーカスが顔を上げ、こちらに向かってにっと笑う。
「あの人、蒸気機関にも精通してるんだね。ほんと、あの技術をもっと違うことに使えば……って、予言で決められてたから、それも無理、なんだよね」
エフィは小さくため息をつく。
あの夜、0時まで賞金稼ぎたちを引きつけた後――
無事に逃げきったエフィとルーカスは、アリステアたちのところへ戻った。詐欺師は抵抗する素振りもなく、大人しくアリステアによる捕縛を受け入れていた。あの時の彼のすっきりした表情が、どうしても忘れられない。
「これ直すのに新型のパーツがいるな……」
呟いたルーカスが、ちらっとお財布係のミラを見た。彼女はといえば、更に隣に座っているアリステアに視線を向ける。
「だめ」
「だって。兄さん、諦めて」
アリステアとミラの言葉に、ルーカスががっくりと項垂れた。
結局、詐欺師を捕まえたのはアリステアだった。ついでに彼がカジノ内で捕縛した強盗グループについても彼に功績があると判断され、たった一晩で金貨4枚を稼いでみせたのだ。
なのでもはや、この家の経済のトップに立つのはミラではなく、アリステアになっていた。彼は当然、ミラよりも無駄な出費に厳しい。
「それよりこれ、見てくれる?」
ナターシャが読んでいた今朝の新聞をテーブルに置き、全員に見えるようにしてくれる。
「それよりって何だよ。えーと、先日捕縛された詐欺師が予言外の脱獄、ヤードと賞金稼ぎが行方を追っている……ってマジか!」
「やってくれたわね……。妙に素直だと思ったら、そういうことだったのね」
ナターシャがため息をつく。対して、目を輝かせたのはミラだ。
「……また捕まえて、お金もらう?」
「いや、あいつは変装の達人だからな。そうそう捕まえられないだろ」
そんな話をしていた時、突然玄関の外から、大きな物音が聞こえてきた。銃声にも似た、何かが爆発するような音だ。アリステアが目を細めてテーブルを立つ。
「見てくる」
彼は仕込み杖を片手に、素早く玄関扉へと向かう。エフィは彼の背を静かに見守った。
アリステアは、すぐに戻ってきた。手には仕込み杖の他、大きな布製の鞄を抱えている。
「もう誰もいなかったし、危険もない。時限式で爆発音が鳴る仕掛けがされてただけだった」
「へぇ! いいな、ちょっと見てくる」
ルーカスが弾んだ声と共に立ち上がり、アリステアと入れ替わるようにして玄関へと向かう。
アリステアは鞄をエフィの目の前に置いた。
「この鞄は?」
エフィが聞くと、彼は僅かに眉を寄せる。彼にしては珍しい表情だ。
「……エフィ宛。一応、中身は確認してある。危険はないよ」
「わ、わかった」
この家の住人以外に、仲の良い知り合いはいない。エフィは恐る恐る、鞄を開ける。
アリステアの言う通り、特別危険そうなものは入っていなかった。立派な装丁の本――予言の本と、男物の服、それからメッセージカードだ。服にとても見覚えがあり、エフィは目を瞬かせた。
「これ、兄さんの服と同じ」
ミラが服をつまみ上げる。それを見て、エフィは送り主を悟った。
「あの人だね」
エフィはメッセージカードを手に取り、読み上げる。
『親愛なる賞金稼ぎへ。あんたのお陰で無事、未来から逃れることができた。これから俺を縛るものはない。なるべく悪いことはせずに生きていくさ。ルーカスによろしく』
文面はそれだけで終わっている。
「なるべくってね……絶対にしてよ」
メッセージカードに向かってつい文句を言ってしまった。
エフィが読み上げている間に、ナターシャが本に手を伸ばしていた。ぱらぱらとページを捲る。本の中身は予想通り、全て白紙だった。
「おいエフィ見てくれよ!!」
叫びと共に、ルーカスが勢いよく玄関を開け、家の中に戻ってくる。彼は金属でできた何らかのパーツらしきものを見せつけてきたが、エフィには使用用途がさっぱりわからない。
「これ、俺が欲しかったパーツだ! アリスが言ってた仕掛けに使われてたんだよ……!」
「たぶん、彼なりのお礼なんじゃないかな」
エフィはルーカスにメッセージと服を見せた。彼は自分と同じ服を見て、すぐ送り主に気付いたらしい。
「げ、本当に俺とまるっきり一緒なんだな……そういや、エフィはどうやってあいつの変装を見破ったんだ?」
彼の質問に、エフィは言葉を詰まらせる。笑顔が違うから――なんて恥ずかしいことは、とても本人の前では語れない。
「えっと……何となく違和感があって」
詳細を語らずに誤魔化す。
「何となくってなんだよ。ま、いいか。パーツが手に入ったしな!!」
ルーカスは早口で言った。待ちきれないとばかりにそそくさと席に戻り、また蒸気機関と向き合い始めてしまった。そんな様子に、思わずくすっと笑みがこぼれる。
「本当に単純ね……」
ナターシャが頭を抱えている。
「なあエフィ、この蒸気機関を直したらさ」
ルーカスが顔を上げ、琥珀色の瞳でエフィを見た。
「また跳ぼうぜ」
彼のお誘いに、エフィは満面の笑みで応える。
「絶対、嫌」
2章 完




