2-22:看過と追跡
エフィは謎の男を見上げた。外見は非常にルーカスによく似ている。黒髪、しっかりとした体格、服装。何なら声も似ていて、最初に声をかけられた時は気付いていなかった。
「何言ってるんだよ。俺だぞ?」
逃がさないよう、彼の手を握る力を強める。
「ルーカスはもっと明るく笑うよ。貴方みたいに表面だけで笑ったりしない。それに、手を握ったくらいで照れたりしないし」
「そう言われても、俺は俺だとしか言えないんだが」
「まだ言うの? じゃあ、ひとつ質問するよ。貴方がルーカスなら、絶対答えられるから」
エフィは挑むように笑ってみせた。
「私の家はどこにあるでしょう?」
『ルーカスの家のリビング』なんて、普通の人には絶対に答えることはできない。
「何言ってるんだよ。ミラたちと一緒に暮らして――」
「その回答が出てくる時点で、貴方はルーカスじゃないよ。私たち、一緒に暮らしてるけど家は別だから」
男が硬直した。一瞬、沈黙が落ちる。男は笑みを消し、エフィを睨んだ。ルーカスそっくりの顔で睨まれるのは、なかなか新鮮な経験だ。
「なんだそれ。おかしいだろ」
吐き捨てるように言う。その声はもう、ルーカスとは全く違うものへと変わっていた。
「貴方が噂の詐欺師なんでしょ? 逃がさないから」
「ま、バレたなら仕方ないな」
詐欺師は首を竦めた。彼が逃げ出すかと思い、エフィは身構える。しかし彼はエフィの手を振りほどかず、空いている方の手で何かを取り出し、床に投げた。
たちどころに黒い煙が満ち、視界を奪う。間近で煙を食らったエフィは咳込んだ。気付いた客の誰かが悲鳴を上げ、それを契機に人々が大きくどよめく。
「火事だ!」
「こんなの、予言にあったか!?」
グラスが割れる音と共に、そんな声が響く。
「落ち着いて! 火は出ていないわ。窓を開けて換気しましょう」
ナターシャがどこかで声を張り上げている。
カジノ内の混乱に気を取られたエフィは、詐欺師に突き飛ばされ、床に転がった。絨毯の上だったためさほど痛みはないが、不明瞭な視界の中で詐欺師の姿を見失ってしまう。
「エフィ、どこだ?」
よく知った声が響く。焦っているように、その声色には余裕がない。
「ルーカス……?」
呼びかける声が疑問形になってしまった。警戒するエフィに向かって足音が近付いてきて、煙の向こうからルーカスが姿を現す。
「おい、大丈夫か!?」
倒れているエフィを見るなり、彼は絨毯に跪いた。ルーカスに助け起こされ、エフィは間近で彼の顔を見る。
(うん……ルーカスだ)
それを確かめて、思わずエフィは微笑んでいた。
「私は大丈夫。だけど詐欺師に逃げられちゃった」
エフィは立ち上がり、周囲の様子を確認する。誰かが窓を開けたのか、空気が循環して少しずつ黒煙は薄れてきていた。見る限りでは、ルーカスと似た姿をしている男はいない。
「会ったのか!?」
「うん。さっきはルーカスの姿だった。それにミラのことも知ってたし……相当、下調べしてると思う」
「そうか。厄介だな」
ルーカスが呟く。
カジノの客や従業員は、ナターシャの誘導に従って屋外へ避難する者もいれば、その場に留まり続ける者もいた。いずれにしても、人々の混乱は落ち着きつつある。
アリステアがこちらに気付き、早足で近付いてきた。
「……アリス、だよな?」
「そうだけど。何?」
無表情で、アリステアがルーカスを見据える。
「あー、これはアリスだな」
「うん。間違いないね」
ルーカスとふたりで笑い合う。アリステアだけが、納得いかなそうな顔でこちらを見ていた。
「……あれ」
ふと、気付く。カジノの客の中に、見覚えのある男性がいた。見た目は30代くらいだが、ややくたびれた印象があるため、実年齢はもっと下かもしれない。
エフィは魔法使いとしては光属性――目で見た光景を記憶に焼き付ける能力に優れているため、一度接点を持った人物の顔はそうそう忘れない。
(どこで見たんだっけ……あ、あの酒場で声をかけてきた人……!?)
それに気付いた瞬間、エフィはルーカスの服の裾を軽く引っ張った。
「あの壁際にいる人、酒場で声をかけてきた人だよ」
男から視線を逸らさず、エフィは小声でルーカスに伝える。ルーカスは周囲を確認するふりをして、男を視界に捉えていた。
「……なるほどな。詐欺師が俺のことを知っていたのは、あの時、接点があったからか!」
「うん。多分、あの時の会話を聞かれていたんだと思う」
「よし、声をかけてみるか」
ルーカスが態度の偽装をやめて、男に堂々と近付いていく。エフィとアリステアはその後を追った。
男は向かってくるエフィたちを、感情のない顔で迎える。
「なあ、お前――詐欺師だろ」
男はルーカスを見た。無言。無表情が崩れてにやっと笑ってから、男は踵を返す。
「あ、待てっ!」
ルーカスが追いかける。エフィは慌てて後を追った。逃げ出した男は上階へと続く階段に向かいながら、ぴっと指笛を吹く。
「お前ら、仕事だ!」
カジノの客が何人か、その声に即座に反応した。彼らが一斉にこちらに向かってくる。その手には剣が握られていた。人々から、再び悲鳴が上がる。
エフィは彼らの顔にもまた、見覚えがあった。
「金貨3枚の手配書の人たち!」
エフィが叫ぶと、すぐにアリステアが反応した。仕込み杖を抜き、手配書の男たちと向き合う。
「そっちは任せた」
アリステアが言い残し、剣を振るう。エフィの目では追いきれない速度の剣が、男たちへ迫る。男たちは剣を弾かれ、あるいは利き腕を負傷させられ、次々と戦線から脱落する。
1対複数とはいえ、素人目にもアリステアの方が優勢だとわかった。
「うん!」
エフィとルーカスは詐欺師を追って、階段を駆け上がる。詐欺師はフロアを素通りし、屋上へ出た。
地上5階分はある屋上には、強い風が吹いている。カジノはこの辺りで一際大きな建物なので、エルシオンの夜景がよく見えた。
それを背に、詐欺師はうっすらと笑っていた。非常階段や隣の建物へ移る橋などはないのに、彼は妙に自信ありげだ。そのことが、エフィの胸をざわつかせる。
「もう逃げられないぞ」
ルーカスが言い、一歩前へ出た。
「それはどうかな?」
詐欺師は笑う。躊躇うことなく手すりを乗り越え、外へ。エフィはルーカスとふたりで走る。
「貴方、飛び降りるつもり!?」
「当然だ。俺は『今日、捕まるが死なない』からな」
ふわりと、男の姿が宙へと跳んだ。その姿が下へと吸い込まれるように消える。強い風のような音が響く。
エフィは手すりから身を乗り出すようにして、地上を覗き込んだ。まず目に映ったのは白い蒸気。それをまとって、男は宙を滑空していた。
「はあ!?」
「空を、飛んでる!?」
男はマントの下に機械のようなものを背負っていて、それが勢いよく蒸気を噴き出していた。
「蒸気の力を推進量にして滑空してるのか……? そんなのアリかよ!」
「できるんだからアリだよ」
詐欺師は笑った。彼は隣の建物の屋上に着地したが、バランスを崩して倒れ込む。
「予言なんてクソ喰らえだ。俺は必ず逃げきってやる」
その言葉に、共感できるものがないとは言えなかった。しかしエフィは迷わない。
「でも、貴方は……ちゃんと罪を償うべきだよ」
そう言って、エフィも手すりを乗り越えて宙へと躍り出た。




