2-21:監督
「なに、これ……」
それを見て、エフィは絶句した。
時刻は夜。ミラ以外の全員で、例の詐欺師を捕まえるために賭場を訪れていた。エフィは賭場に行ったことがなかったが、こそこそと賭け事をする裏社会文化のイメージだったので、路地裏にひっそりと佇む薄暗い屋内施設を想像していたのだが――
「すごいだろ。賭場は大人の社交場だからな」
ルーカスが笑う。
エフィの目の前に広がっていたのは、電飾でギラギラと彩られた扉と、その向こうに広がる豪華な大ホールだった。赤い絨毯にシャンデリアが煌めき、着飾った人々がグラスを片手に賭け事に興じている。
場所も大通り沿いにあり、誰でも入れるようになっていた。
「ここは星府公認なの。数少ない娯楽のひとつなのよ」
「予言があるのに、賭け事は成立するんだね」
「誰がどれだけ当てるか、なんてことまで記されてないからね」
アリステアがカジノ内で一喜一憂している客を見ながら呟く。
ナターシャは来たことがあるのか、慣れた様子で専用のコインを購入していた。色とりどりで可愛らしいデザインだ。
「はい、どうぞ。くれぐれも、目的を忘れて遊び倒さないようにね」
「なんで俺を見て言うんだよ」
ルーカスが言いつつ、ナターシャからコインを受け取る。
「固まっても仕方ないし、適当にバラけて探すか。あ、エフィは俺と行くか。こういうとこ、初めてだろ?」
「うん、よろしくね」
ルーカスに向かって頭を下げる。
「……エフィ、ルーカスがやり過ぎないように監督して」
アリステアがそんな一言だけを置いて、素早くエフィたちから離れていった。
「おいアリス! どういう意味だよ!」
ルーカスの声にも彼は振り返らない。ナターシャは笑いながら、アリステアとは別の方向へと向かっていった。
「エフィ、何か興味があるものはあるか?」
ルーカスの言葉に、エフィはきょろきょろと周囲を見回す。
「あれ、ルーレットだよね。私の故郷にもあったよ」
懐かしさに惹かれて、ルーレット台に近寄った。
魔法で動いているらしく、当たりのマスがキラキラと光るようになっていた。台の周囲で見守っていた客が、ゲームの結果にざわつく。
エフィたちが見守る中で、客が各々チップを賭け、新しいゲームが始まった。玉を投げたのはディーラーではなく、小さな人形だ。エフィは目を見開く。
「人形が動いた……!?」
「あ、エフィは自動人形を見るの、初めてなのか。ゼンマイで動いてるから、魔法じゃないぞ」
ルーカスが笑いながら説明してくれる。
「ディーラーによる不正対策として、ウィールは機械で制御してるから、機械の調子で当たりがある程度予測できたりするんだよな」
他の客に聞こえないように、ルーカスが耳元で囁いた。彼はルーレットを制御している機械をじっと観察し、それからコーナーにコインを5枚賭ける。彼が自信ありげなので、エフィも同じ所に賭けてみた。
ディーラーがゼンマイを巻き、自動人形が玉を投げる。かちん、と軽快な音を立てて玉が落ちた。エフィとルーカスが賭けたところだ。客がどよめく。
「ほらな」
ディーラーから随分と増えたチップを受け取り、ルーカスは得意げに唇の端を上げる。
「なるほど、アリステアの『監督しろ』ってこっちの意味だったんだ」
「ん? まさかエフィ、俺が大敗すると思ってたのか?」
ルーカスが眉尻を下げてこちらを見てきたので、微笑んで誤魔化しておく。
「ま、確実に不正だからあんまりやりたくないんだよな。それに今日の目的はコレじゃない」
彼はそう言って肩を竦めた。
ふたりで適当に賭け、勝ったり負けたりしながら周囲の客の様子を観察する。客は楽しそう、もしくは外して悔しそうにしていて、不審な様子はない。
(詐欺師って言うからには、人を騙して儲けようとするんだよね……?)
エフィたちのテーブルで、特別大きく勝っている者はいない。何ならエフィが一番勝っているくらいだ。ルーカスも同じことを思ったのか、腕を組み直した。
「なあ、ちょっとここにいてくれ。アリスに様子を聞いてくる」
そう言うが早いか、彼は席を立った。離れたテーブルでトランプゲームをしていたアリステアに声をかけ、ふたりでカジノの奥の方へと歩いていく。
(ナターシャさんはどうしてるかな)
気になって、カジノ内を見回す。ナターシャの姿はすぐに見つかった。
彼女は壁際にあるカウンター席で、優雅にグラスを傾けていた。すらりと長い脚に、女性らしい体つき。美しい顔も相まって、思わず見とれてしまう。
そんな彼女を周囲の男性が放っておくはずもなく、ナターシャは頻繁に話しかけられていた。彼女は嫌な顔ひとつせず、都度にこやかに対応している。
エフィは無意識のうちに、自分の胸元に視線を落とす。
(……ご、5年後! 5年後にはナターシャさんみたいに……)
そう思ってはみたが、何となく無理な気がして、小さくため息をついた。
エフィはひとりでルーレットを続けていたが、ある程度のところでチップを回収し、席を立った。
ルーカスが戻って来ない。
(何か、あったのかも)
そう思ったらじっとしていられなくて、エフィはルーカスが向かったカジノの奥へと歩を進めた。
カジノ内には、特別異変はないように感じる。ナターシャはまだカウンター席で男性たちと喋っている。ルーカスとアリステアの姿はない。
絵柄を合わせるゲームができるエリアまで歩いてきたが、やはりふたりは見つからない。ため息をつき、元の台に戻ろうかと悩み始めた時――
「……エフィ?」
後ろから声をかけられた。振り向くと、ルーカスが立っていた。
「どこ行ってたの?」
「それはこっちの台詞だぞ。エフィは可愛いからな、悪い男に連れ出されたかと思った」
「あのね、そんなにほいほい誰かに着いてったりしないよ」
エフィは彼の冗談を笑い飛ばす。ルーカスが笑い返した。その表情に、目を瞬かせる。
「それくらい心配したんだよ。エフィは妹みたいなものだし。ほら、行くぞ」
ルーカスがエフィの手を取って、元いたルーレット台の方へと歩き出す。エフィは彼の手をぎゅっと握り返した。
「お、おい?」
自分で握ってきたのに、彼は戸惑ったようにこちらを見た。照れているのかほんのりと赤くなっている彼の顔を、エフィはじっと見上げる。
その反応で、確信した。
「貴方、ルーカスじゃないでしょ」




